台東区は日本の伝統技術が今も息づく街だ。中でも有名なのは、下町情緒が残る上野と浅草だろう。独自の情緒と喧騒に感性が刺激されるこのエリアは江戸期より栄えた歴史がある。そこには多くの職人が住み、現在もその技を伝えている。ここでは台東区に息づく「ものづくり」にスポットを当てる。その端正で華やかな世界を構築する“技”を実際に体験し、グルメや最新イベント情報とともに街の魅力を、実際に歩きながら紹介する。
【浅草コース】 江戸切子の匠の技を感じ、とんかつに舌つづみ
浅草寺があり、隅田川の水運もあり、江戸時代から多くの人で賑わってきた浅草には、現在も多くの職人の技が息づいている。浅草の街はエリアによって表情が異なる。世界中から観光客がやってきて、喧騒と活気で知られる、雷門・仲見世・浅草寺。明治維新後に興業街として栄え映画館や劇場がひしめいた、昭和の面影が残る六区。現在も花街が残り、しっとりとした情感がある観音裏。それぞれのエリアに残る情感を楽しみながら、職人技を体験する「小さな旅」を紹介する。想像力と美意識を十二分に使い、感性が刺激され、未知なる自分に出会えるはずだ。
10:00 『浅草おじま』で江戸切子体験
江戸切子は、1834(天保5)年に職人・加賀屋久兵衛が金剛砂を用いてガラスの表面に彫刻したことが起源と言われている。現在では、ガラスの表面に砥石などを使って、植物を図案化したものや、籠目、矢来、格子などの模様を彫刻していく。切子職人・尾島英治さんの指導のもと、切子体験ができるのが『浅草おじま』だ。
「まずは江戸切子の制作過程と歴史をまとめた動画を見ます。その後、透明なグラスにご自身の好きな絵や模様を描き、そこに合わせて、回転式のダイヤモンドホイールで削っていくだけです。初心者の方でも簡単にできますよ」(尾島英治さん)。
グラスは3種類から選ぶことができ、使い勝手がよさそうなウイスキーグラスを選んだ。実際にやってみるとなると、これがなかなか難しい。梅の花の模様を描いたのだが、丸く削るにはコツが必要で、削ってしまえばやり直しがきかないからだ。
柄を決めるのに30分、削るのに奮闘すること30分、頭と手先をフルに使い、なんとか梅柄のグラスが完成した。
「体験された方は、皆さん無言で集中し、終わった後は爽やかな表情をされています。何度もお見えになる方も多いですよ」(尾島さん)
実際にやってみると、最低でも5年は修行しないと一人前になれないという、江戸切子の職人技を感じられる。工房内にある、ため息が出るほど美しい作品に目が吸い寄せられるはずだ。
住所/東京都台東区浅草4-49-7
電話番号/03-4285-9664(工房)
体験問い合わせ受付時間/9:00~17:00(火~木・土)
定休日/日 (月・金 不定休)
費用/4860円(税込み)
申し込み方法/電話で体験3日以前に予約。所要時間は60分程度。
★プレゼント……浅草おじま「切子グラス」
11:30 『とんかつ弥生』でランチ
東京屈指のグルメタウン・浅草。蕎麦、天丼、洋食、お好み焼きと有名店がひしめいているが、訪ねたのは創業1940(昭和15)年の『とんかつ弥生』だ。現在、三代目である米林雄二郎さんと冴子さんのご夫妻で切り盛りしている。
「新鮮なラードを使い、しっとりと肉を揚げるレシピは先代から受け継いだものです。ほの甘くサラリとしているオリジナルソースほか、パン粉や卵なども先代のまま。私の故郷である石川県金沢市産のお米との相性もいいですよ」(米林雄二郎さん)。昼12時になると、地元の人や、ビジネスパーソンでほぼ満席状態。頭と手をフルに使った今、『ロースカツ 特上』(写真2000円・税込み)の肉の甘みとうま味が体にしみていった。
住所/東京都台東区浅草3-12-4
電話番号/03-3873-4743
営業時間/ランチ12:00~14:00、ディナー18:00~24:00(ランチは、水・木・金のみ)
不定休
13:00 全国の名産が楽しめるお店『ふるさと交流ショップ 台東』で買い物
千束通商店街にある『ふるさと交流ショップ 台東』は台東区の姉妹・友好都市をはじめ、全国各地の自治体が特産品の販売や観光情報の発信などを行う、情報発信基地のような存在だ。1週間に1回、登場する自治体が変わる。東京ではなかなか手に入らない各地の名産が並び、地方から来た店員さんが親切に教えてくれるので「行くたびに新しい発見がある」と地元の人からも支持されている。
スケジュールは下記サイトで随時更新。気になる自治体の日に尋ねたい。
住所/東京都台東区浅草4-36-5(千束通商店街内)
電話番号/03-3874-8827
営業時間/10:00~19:00
定休日/水・年末年始
15:00 『箱長』で江戸伝統技術・桐木目込み細工体験
桐木目込み細工は、1874(明治7)年に浅草の『箱長』が考案した技法だ。
「桐の表面に鈴や瓢箪、トンボ、扇などの縁起物の図案を施していきます。職人は数十種類の彫刻刀を使って図案を彫り、和紙で裏打した正絹の着物地を貼り、それを図案に合わせて貼り込むように作り上げていきます」(宮田健司さん)
その、美しく華やかな工芸品は、世界中の著名人を魅了。この世界を楽しめるのが、『桐木目込み細工体験教室』だ。
「あらかじめ彫刻をした桐箱を用意しています。ここに好きな布を選んで、木目込みをしていきます。モチーフは扇とひょうたん。いずれも縁起物ですよ」(宮田さん)
布が張られた木箱を指でなぞると、滑らかな凹凸が心地いい。比較的簡単なのに達成感がある。この成功体験から、継続的に教室に通う人も多いというのも納得だ。
住所/東京都台東区浅草1-4-5
電話番号/03-3843-8731(本社)
体験問い合わせ受付時間/10:00~18:00(平日のみ)
体験費用/3000円(税込み)
日時/月1回木曜日に開催。
申し込み方法/電話かサイトから開催日を確認し予約。所要時間は60分程度。
★プレゼント……箱長「桐のまな板(小・サイズ:42㎝×23.5㎝×2cm))」
浅草エリアには、ほかにもものづくりを体験できる工房がある。『手作り工房マップ』をチェックしたい。
17:00 レトロ喫茶「ロッジ赤石」でホッと一息
夜の街へと表情を変える浅草を楽しむ観音裏。そこで、1963(昭和48)年創業の名喫茶『ロッジ赤石』へと向かう。ここは通に知られた昭和喫茶。カウンターで淹れられるコーヒーの香り、壁に飾られた振り子時計が、落ち着いた気分にさせてくれる。
店内にはゆったりとテーブルとソファが配さており、窓際に座る。香ばしく優しい甘さの『アーモンドオレ』(写真650円・税込み)を味わいながら窓の外を見ると、芸者さんらしき着物姿の女性が歩いていたり、岡持ちを持った自転車が行き交っていたり、懐かしい風景が広がる。この風景もまた、ごちそうなのだ。
住所/東京都台東区浅草3-8-4
電話/03-3875-1688
営業時間/9:00~翌3:00、日・祝~翌1:00
定休日/月
【上野コース】 職人の技が現代に生きる、その最新形を体験
上野は多様な町だ。1873(明治8)年に作られた日本最初の公園のひとつ上野恩賜公園から徒歩圏内に、世界文化遺産(国立西洋美術館)、東京藝術大学、徳川幕府の菩提寺・寛永寺、『江戸名所図会』にも紹介される不忍池など、屈指の観光名所がある。また歴史の舞台も多い。例えば幕末の1868(明治元)年、新政府軍と彰義隊が激しく戦った上野の山。太平洋戦争後の混乱の時代の面影が残るアメ横などはその代表格だろう。江戸、昭和、そして令和へとつながっていく歴史を感じながら巡れば、きっとこの散歩が「時間旅行」になるはずだ。
11:00 『タマ美容化学』でルームフレグランスを作る
1955(昭和30)年創業、美容院向けのパーマ液の製造メーカーとして知られてきた『タマ美容化学』の直営店では、アロマオイルを使用したシャンプーとルームフレグランスのワークショップを開催している。
「30種類以上あるアロマオイルの中から、好みの香りを3つ選び、ブレンドして作ります。簡単に作れますので、通りかかったら声をかけてくださいね」(企画開発部主任・玉暉智美さん)
店内は商品も豊富だ。シニア世代の髪の悩みに寄り添う、海苔のエキスを使用した『PICA髪SAMAシリーズ 海苔シャンプー』(写真2035円 税込み)や、『海苔トリートメント(しっとり)』(写真2475円 税込み)にリピーターが多いという。
アロマオイルの香りに癒され、お店を出るころにはすがすがしい気分になっていた。
住所/東京都台東区小島2-18-14
電話/03-3851-8707
営業時間/11:00~19:00 不定休
体験費用/シャンプー825円(税込み)、ルームフレグランス1650円(税込み)
申し込み方法/火~金15:00~19:00開催。事前予約で別途日時も調整可能。所要時間は15分~。
★プレゼント……タマ美容化学「海苔トリートメント」と「トラベルセット」
11:45 『寿司 百万石』で絶品寿司に舌つづみ
東京グルメと言えば、江戸前鮨だ。上野で鮨をたのしむなら、創業50年の『鮨 百万石』。寿司職人自ら、豊洲で買い付ける魚介は、カウンター奥の木製冷蔵庫で管理。氷を使って冷やしているので、ネタが乾かず冷えすぎず、最良の状態で供されるのだ。
選んだのは、寿司に茶碗蒸し、味噌汁、小鉢、アイスコーヒーがついた『にぎり1人前』(写真1500円・税込み)。広いカウンターと、絨毯式の格調高い空間で、舌も心も満たされた。
住所/東京都台東区東上野2-11-5
電話/03-3835-0487
営業時間/11:00~14:00、16:00~22:00
定休日/日・祝
13:00 『真多呂人形館』で木目込み細工のマグネットを作成
気品あり、ふっくらとした優しい表情のひな人形で知られる『真多呂人形』。木製の型に布を貼る、木目込み人形の老舗だ。この技術は江戸元文年間(1730年代後半)に京都・上賀茂神社で生まれた。初代・金林真多呂は1919(大正8)年にこの地に創業。「木目込みの技法の唯一の正統伝承者」として認定を受けた。人形作りにおいて、多くの素材が海外産になる中、全て日本の国産素材で、現在も制作されている。この技を体験できるのが、体験プログラムだ。
「外国人観光客の方にも人気です。地元の小・中学校、修学旅行生の方も集中して作業されていますよ」(人形学院事業部・小林秀雄さん)
布を木目込んで貼り付けたら、モチーフの輪郭などに金糸を配していく。作品が仕上がっていく手ごたえがあるのも魅力だ。
「他にも、お母様がお子様のためにひな人形を作るコースなどもあります。親子で制作される方も多いですよ」(小林さん)
住所/東京都台東区上野5-15-13
電話/03-3833-9663
体験問い合わせ受付時間/9:00~17:30(平日のみ)
費用/2750円(税込み)
申し込み方法/電話かサイトから開催日を確認し予約。所要時間は60分程度。
15:00 『道明古式糸組法教処』で組紐体験
帯締めなどに使われる組紐は、日本独特の伝統工芸だ。『道明古式糸組法教処』は、創業360年の組紐店『有識組紐 道明』が主催する教室で、50年の歴史がある。
「教室では、自社職人による手染の糸を、伝統的な道具を使って組み上げていきます。色とりどりの絹糸を、少しずつ組み上げていくことに、達成感を覚える人も多いです」(道明葵一郎さん)。
不忍の池を望む教室では、『丸台』の木の優しい音が響く。台には、糸が巻いてある『玉』が下がっている。この玉を交差させるようにして、組紐を組んでいく。
「映画『君の名は。』で知られるようになり、多くの人が組紐を体験しています。初めのうちは少ない玉数で行います。流れを知り、コツを押さえれば簡単です」(道明さん)
挑戦するのは、携帯ストラップやブレスレットとなる、玉数8、長さ20cm程度の組紐。1時間ほどかけて組んでいくが、組みあがる頃には手がすっかり手順を覚えてしまっていた。
住所/東京都台東区上野2-12-18 池之端ヒロハイツ3階
電話/03-3837-1499
体験問い合わせ受付時間/10:00~18:30(平日のみ)
費用/4000円(税込み)
申し込み方法/電話で予約。所要時間は60分程度。
上野エリアには、ほかにもものづくりを体験できる工房がある。『手作り工房マップ』をチェックしたい。
17:00 『珈琲処ボナール』でひと時を過ごす
手先と頭を駆使すると、甘いものが欲しくなる。できれば静かな空間で、ゆっくりくつろぎたい……そこで、『喫茶処ボナール』に来た。注文後に豆を挽き、1杯ずつ淹れるコーヒーで知られる喫茶店だ。
「最高の豆を粗挽きにし、たっぷり使用しています。軽やかで、香り高く、まろやかな味のコーヒーは、まずはそのまま1口飲んでいただきアロマをお楽しみください。それから生クリームやお砂糖でアレンジされるのが、おすすめの味わい方です」(若井侑さん)。
ケーキはモンブラン、チーズケーキ、ミルクレープがあるが、さっぱりとしていて、コーヒーにも合うという『林檎と桃のケーキ』を選び、『ケーキセット』(写真1300円・税込み)にした。
店内は、水出しコーヒーのサイフォンが、1滴ずつ抽出している様子が見える。そこに時の流れと、蓄積されていく伝統を静かに感じながら、馥郁たる香りのコーヒーを口に含み、目を閉じた。
住所/東京都台東区上野1-18-11
電話/03-6895-0056
営業時間 /11:00〜22:00(平日・土)、〜20:00(日・祝)
定休日/正月のみ
文化芸術イベント情報が盛りだくさん!「たいとう文化マルシェ」をチェック!
上野・浅草をはじめとした台東区内の体験型ワークショップや展覧会など、文化芸術イベント情報を掲載するサイト。
直近では「歌舞伎文字 勘亭流書道体験」などを掲載。気になるイベントが見つかる。
プレゼント応募方法
【プレゼント】
ご紹介した「切子グラス」「まな板」「海苔トリートメント」「トラベルセット」ひとつを、抽選でプレゼント(各5名様)いたします。以下の台東区のサイトのプレゼント応募フォームより、お申し込みください。
※当選賞品は、大変申し訳ございませんが、選ぶことはできません。
応募締め切りは、3月8日(日)までです。当選者の発表は商品の発送をもって替えさせていただきます。
撮影/フカヤマノリユキ 地図製作/タナカデザイン 取材・文/前川亜紀