長久手古戦場跡(2010年に撮影)。

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第35回では、小牧・長久手の戦いが描かれました。

編集者A(以下A):愛知県長久手市は、2005年の愛・地球博の主会場のひとつでした。長久手の古戦場跡に、今年4月に「長久手古戦場記念館」がオープンしました。本当は『豊臣兄弟!』で小牧・長久手の戦いが描かれる前に訪れたかったのですが、9月19日から企画展「森兄弟-戦国を生きた家族-」が始まるということを知り、そのタイミングで訪ねることにしました。

I:『豊臣兄弟!』の前半に信長(演・小栗旬)重臣として登場していた森可成(演・水橋研二)は、織田と朝倉・浅井の攻防戦のひとつ宇佐山城の戦い(1570年)で討ち死にしました。この時の合戦では信長弟の信治も討ち死にしています。森家は可成の嫡男可隆(よしたか)が金ヶ崎の戦いの前哨戦である天筒山の戦いで討ち死にしていたので、家督は弟の長可(ながよし)が継いでいました。

I:本能寺の変では、森長可の弟たち、森乱(演・市川團子)、森坊、森力が信長に殉じました。信長の天下統一戦線に参加した森一族の5人までが討ち死にしたのですね。

A:そして、小牧・長久手の戦いで森家から6人目の犠牲者が出ます。家督を継承していた森長可です。9月19日から「長久手古戦場記念館」で始まる企画展は、長久手で討ち死にした森長可と、森家の末弟で家督を継承した後に美作津山藩18万石の藩主となった森忠政をメインとした展示のようです。

I:それは楽しみですね。森家は、江戸時代の中期には、赤穂藩に転封されることになります。もろもろ感慨深いです。さて、長久手の戦いでは、織田信長とは乳兄弟で、「本能寺の変」の後には秀吉(演・池松壮亮)に味方していた池田恒興(池田勝入/演・堀井新太)も嫡男元助ともども討ち死にしています。その戦死地跡には「勝入塚」という塚があり、現在も篤く供養されています。

ものづくりニッポンの系譜

A:『豊臣兄弟!』で関心を持たれて、長久手古戦場と「長久手古戦場記念館」を訪ねて、往時を偲んだ後に、立ち寄っていただきたい場所があります。古戦場・勝入塚からは車で5分ほどしか離れていない「トヨタ博物館」です。世界に冠たるトヨタの自動車の歴史を概観できる博物館で、自動車黎明期からの自動車が数多く展示されています。名古屋市にある「トヨタ産業技術記念館」とともに「ものづくりニッポン」の歴史を概観するという意味で、小学生必見の場所だと思います。

I:私は愛知県三河の生まれですが、「トヨタ産業技術記念館」は、数年前にはじめて訪れ、世界のトヨタと呼ばれるまでに成長したこの大企業が地元にあることを誇らしく思ったものです。東海地方の小学生は多くが訪れているのではないでしょうか。

A:かなり脱線しますが、「ものづくり日本」を概観できる場所ということでいえば、長崎県対馬の金田城(かねだじょう、かねだのき)も必見の場です。対馬はなかなか行くのが難しい場所なのですが、金田城は、7世紀に中国で唐という巨大帝国が勃興して、白村江の戦いで日本は敗れました。その後、日本でも朝鮮式山城を築いて防衛しようと試みられた城です。教科書でも有名な防人(さきもり)たちが居住した跡もあります。登山道の一部は、日露戦争時に整備された軍事道路というのも、対馬が常に国防の最前線だったことを教えてくれます。金田城に残る石垣は、7世紀の日本にこれほどの土木技術があったのかと衝撃を覚えた記憶があります。日本の土木技術の歴史を識るということでいえば、前方後円墳もあるではないかという意見もあろうかと思いますが、金田城からの眺望は「居する所は絶島にして、方四百余里ばかり。土地は山険しく深林多し」と『魏志倭人伝』に記された情景そのもの。絶景です。

I:さすがに対馬の金田城は脱線しすぎですが、鎌倉時代に元が日本に攻めてきた元寇の際には真っ先に攻められたのが対馬だったということは知っています。

立志伝中人物の「実録大河」を

A:脱線ついでに言及しますが、「長久手の戦い→トヨタ博物館→大河ドラマ」と連想して思い浮かんだことがあります。4年後の2030年はトヨタのルーツである豊田自動織機を創業した豊田佐吉翁の没後100年の年になります。日本を代表する企業を興した豊田佐吉翁は、大工見習いから人生の歩みを始めた立志伝中の人物。大河ドラマの主人公として登場してもおかしくないと思います。

I:大工見習いからスタートしたということは、なんだか『太閤記』のような話になりそうですね。大河ドラマの素材としては十分かと思います。戦国時代は何十回も採用されていて、同じエピソードでもアレンジが必要になるわけですが、初出の人物伝ですと、変にアレンジする必要はないですしね。実録大河として重厚なストーリーになりそうです。豊富な史料が残されていた渋沢栄一の生涯を描いた2021年の『青天を衝け』も好評でしたし。

A:歴史上の人物で早くに自動車に乗った人物として、江戸幕府最後の将軍徳川慶喜の名前が浮かびます。大正元年(1912)には、ダイムラー製の自動車を入手したと伝えられています。日本の自動車黎明期は輸入車ばかりでしたが、トヨタが国産の量販乗用車「トヨダAA型乗用車」を製造したのは昭和11年(1936)。この時は、豊田佐吉翁はすでに鬼籍に入っていて、佐吉翁の長男喜一郎が陣頭指揮をとっていたので、実現したら「親子二代」の大河ドラマになるのでしょうか。

I:大河ドラマの歴史を振り返ると、「明治百年」にあたる1968年には『竜馬がゆく』が放送されていました。昭和も百年経過しているわけですから、明治、大正、昭和を素材にした大河ドラマを量産してもいい時期かなとは思います。1984年から1986年にかけて「近代化大河ドラマ3作」が放送されていますが、当時ではまだ早かったのかもしれないですね。

A:『豊臣兄弟!』で長久手の戦いを放送したタイミングで、長久手の古戦場近くにある「トヨタ博物館」の話題になり、そこから2030年の大河ドラマを勝手に提案する流れになってしまいました。これも長久手という地の「磁場」によるものでしょうか。大河ドラマの歴史の中で、最高平均視聴率を樹立したのは1987年の『独眼竜政宗』ですが、同作には「監修」として伊達家のご当主伊達泰宗氏がクレジットされていました。もし、大河ドラマ『豊田佐吉伝』が実現されるなら、一族の方に監修してもらえるといいなと思います。

I:「近代化大河3作」の時代には、水曜夜8時に、『真田太平記』『武蔵坊弁慶』などのドラマが制作されました。同枠は霧隠才蔵ら忍者が活躍する司馬遼太郎原作の時代劇『風神の門』なども放送された枠でもあります。日曜8時を「実録大河ドラマ」として、水曜夜8時を「戦国枠」にしたら歴史ファンも盛り上がりそうですね。

A:1980年に同枠で放送された『風神の門』は、司馬遼太郎さんの小説を原作としていますが、超ド級のアレンジが施された異色作でした。この枠なら思いっきりアレンジしても大丈夫ですからね。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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