文/濱田浩一郎

秀吉の妻・寧の母はなぜ娘の結婚に反対したのか?
織田信長に仕えた秀吉が結婚したのは、永禄4年(1561)、25歳の頃と言われています。お相手は、杉原定利の娘で、浅野長勝の養女・寧(14歳)でした。寧は天文17年(1548)、尾張国愛知郡朝日村で生まれたとされます。秀吉より11歳年下でした。江戸時代中期にまとめられた『平姓杉原氏御系図附言』(以下『系図』と略記)には、秀吉と寧の出会いや結婚について記されています。
そこには「或説」としつつ、次のような意外なことが書かれているのです。「政所」(寧)が秀吉に嫁したのは「実は野合」であったと。「野合」というのは、正式の手続きによらず、夫婦になることを言います。つまり、当初は事実婚状態だったというのです。そのような状態を、寧の母「朝日君」は良しとしませんでした。朝日君が秀吉と寧の結婚を良しとしなかったのは、事実婚状態にあったということだけでなく、『系図』によると、秀吉の出身が「卑賤」だったことが大きいようです。卑賤を嫌い結婚を許可しなかったというのです。
この状況を見兼ねたのが「七曲君」という女性でした。七曲殿の姉は、朝日君。朝日君と七曲殿は姉妹だったのです。ちなみに、七曲殿は信長に仕えていた浅野長勝に嫁いでいました。姉の朝日君が寧と秀吉の結婚に反対しているのを見た七曲殿は夫・長勝と共に朝日君を説得します。「秀吉は卑賤ではありますが、聡明でその勇智は凡人の及ぶところではありません。英雄の素質を持っております。よって、久しく下位にいるような人ではない。程なく立身するでしょう」と言い、寧を長勝の養女にして、秀吉と結婚させることを提案するのです。結果的に寧は長勝の養女となります。朝日君は渋々これを許容したとされます。
一説によると、このような経緯があり、秀吉と朝日君はずっと不仲だったとのことです。さて『武功夜話』(尾張国の土豪・前野家の動向を記した覚書、軍記。史料的価値には疑義が呈されている)にも秀吉と寧の出会いについて触れられています。同書には「木下藤吉郎様、百人組頭と相成るに及び一家を興するに、又右衛門養女於祢殿に日夜御執心あり」とあります。秀吉のほうが寧に強く惹かれていたことが記載されているのです。とは言え、これらは後世の史料であり、確かなことはわかりません。『系図』の中の「(秀吉は)程なく立身するでしょう」との一文も後付けのように感じます。それはさておき、秀吉と寧の間に子供はありませんでした。秀吉の子供というと、淀殿との間に生まれた鶴松や秀頼が有名ですが、伝承によると、長浜城主時代に側室との間に子がいたようです。その子の名は秀勝とされます。しかし残念ながら、夭折してしまいます。
秀長の大和豊臣家はなぜ断絶したのか?
ここで秀吉の弟・秀長の妻について述べておきましょう。本当ならば、秀長の妻(正室)について詳しく述べたいのですが、詳しいことは不明です。『森家先代実録』(赤穂藩主森家が編纂した森家の家史)巻第6には、秀長の養女である智勝院(森忠政の妻)の養母として「智雲院」と記されています。この智雲院が秀長の正室と考えられますが、実名は不明です。智雲院と秀長の間には、一男二女が生まれたと思われますが、男子は幼少時に亡くなったようです。よって、秀長は養子を迎えます。それが、秀保でした。秀保は秀吉の姉(とも)の子です。秀長は天正19年(1591)に亡くなりますが、秀長が亡くなると、秀保がその後継となります。大和郡山城主となったのです。
ところが、秀保は文禄4年(1595)、病となります。『多聞院日記』(奈良・興福寺の塔頭・多聞院において書き継がれた日記)には、同年4月12日「中納言(秀保)トツ(十津)川へ入煩」とあります。病となった秀保のために方々で祈祷が行われたようですが、残念ながら、その甲斐なく、秀保は同月16日に亡くなってしまうのです。17歳の若さでした。秀保は結婚していましたが子女がなかったため、これにより大和豊臣家は断絶してしまいます。
【主要参考文献一覧】
・渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社、2013年)
・柴裕之編著『豊臣秀長』(戎光祥出版、2024年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)
文/濱田浩一郎(はまだ・こういちろう)

兵庫県相生市出身。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師、大阪観光大学観光学研究所客員研究員を歴任。現在、武蔵野学院大学日本総合研究所スペシャルアカデミックフェロー。
著書『播磨赤松一族』(新人物往来社)、『あの名将たちの狂気の謎』(中経の文庫)、『超口語訳 方丈記』(東京書籍のち彩図社文庫)、『中学生からの超口語訳 信長公記』(ベストブック)、『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社)その他多数。











