
ライターI(以下I):大河ドラマ『豊臣兄弟!』で前半の山場、「本能寺の変」が描かれるタイミングで、脚本担当の八津弘幸さんの取材会が設定されました。今回は、私が参加しています。八津さんといえば、『半沢直樹』や『下町ロケット』『家政夫のミタゾノ』『陸王』『VIVANT』などのテレビドラマや、昨年話題になった映画『爆弾』など、大ヒット作品を手掛けたことで知られている超売れっ子脚本家です。
編集者A(以下A):まだ『豊臣兄弟!』後半戦の脚本執筆中という多忙な中でのインタビューです。当連載は、2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』から始まっていますが、この段階で脚本家のインタビューは初めてのことです。まず、大河ドラマの脚本家が受ける重圧について語った箇所を冒頭で紹介したいと思います。
大河ドラマという全体のことでいうと、後半にいくに従い、どんどん自分の余力も削られている感じです。でもなんとか走りきって、最後まで面白くしたいという思いで書いています。自分でもここまでキャパシティを超えているかもしれないと思ったことは今までなくて、やっぱり大河ドラマだな、と感じています。また、それを楽しみたいというか、噛みしめたいと思いながらやっております。
I:八津さんほどのベテランにして、この重圧。SNSの発展で、視聴者の感想が容易に目に触れるようになったご時世ということもあるのでしょうね。さて、八津さんのインタビューをお届けしようと思います。まずは、主人公の小一郎(演・仲野太賀)と、兄秀吉(演・池松壮亮)だけではなく、信長(演・小栗旬)と信勝(演・中沢元紀)や、信長と浅井長政(演・中島歩)兄弟、義兄弟の話でもあり、その因縁が「本能寺の変」の引き金にもなったわけですが、いつごろから兄弟を軸にしようと考えていたかという質問に答えてくれました。
信長の弟信勝とのことを豊臣兄弟の表裏として描いていこうと思ったのは、わりと初期の段階です。最初はぼやっとしたイメージでしたが、実際に具体的に書き始める中で、より歯車がいい方向にかみ合っていったなぁという感触はあります。
最初は勉強不足で、信澄(演・緒形敦)がどういう人物だったかということを知らなくて、プロットなどを書き進め、「本能寺の変」はどうしようかという段階で、スタッフの方から「実はこういう人もいますよ」ということを打ち合わせの中で出していただいたんです。その際に「ああ、それは新しいですね」ということを、たぶんその場にいた皆さんと共有して、そこを掘り下げていけたらより良いのではないかということで、本当になんだか導かれるように信澄の復讐劇を「本能寺の変」の背景にもっていくことができた感じです。
A:確かに信澄黒幕説というのは斬新でした。これまでの大河ドラマでは、江戸時代に創作されたエピソードをアレンジする形で展開することが多かったので、新たな説で展開される「本能寺の変」は、どういう流れになるのか興奮度が違ってきますよね。
I:新しいことをすると特に、SNSでは賛否ともにいろんな意見が出ます。それも注目の裏返しだと思います。取材会では、八津さんはそういった反響も覚悟はしていたのか問う質問も出ました。
そうですね。いろいろなご意見があるだろうなというのは想定していました。多かれ少なかれ、歴史を愛していてこだわっている方がたくさんいるので。でも、実際にそれを目の当たりにすると、ちょっと辛くはなりました。
脚本家のなかには、2回も3回も大河ドラマの脚本を手掛けている方もいらっしゃいますけど、一生に一回書ければ本当に幸せなこと。僕はこの一回に悔いは残したくないなと思います。いいと言ってくれている方々がたくさんいるのも分かっているので、それを励みに、最後まで頑張れたらいいなと思っています。
A:このくだりについてですが、おそらく第17回の「武田信玄(演・高嶋政伸)が餅を喉に詰まらせて亡くなった話」「市(演・宮崎あおい)が浅井長政の介錯をした設定」のことを語られていると思われます。「大河ドラマは脚本がすべて」という見方もあるのですが、実際問題、ドラマ制作は「チーム豊臣兄弟!」。演出、演者、美術、広報など、すべてがうまく絡み合うことで、いい作品が生まれていくものだと思います。SNSなどを中心に賛否が別れて、批判が多かったとしても、それがすべて脚本家のせいかといえば、そうではなくて、チーム全体に帰するべきものだと思います。
市の方の介錯についていえば、まず第一義として、時代考証の先生方が体を張ってでも阻止すべきであったと思いますし、制作サイドがどうしてもやりたいというのであれば、『どうする家康』(2023年)の市(演・北川景子)同様に「武道の達人」設定しておけば、少しではありますが、批判も和らいだのではないかと思います。「武田信玄の餅事件」も、前段の演出でもう少し重々しい雰囲気を出していればと悔やまれてなりません。
I:脚本のせいだけではないということがいいたいのですね。そりゃそうですよね。さて、八津さんは、『豊臣兄弟!』での織田信長像についても語ってくれました。
織田信長は、すごく人気のあるキャラクターですから、当初は、僕なりの信長を描こうという気持ちがすごく強かったんです。「すごく涙もろい信長はどうなんだろう」とか、いろいろ思考がぐるぐるぐるぐる回っていたんですよ。でも、小栗旬さんが信長を演じると決まった時点で、小栗さんが演じる信長だったら、ストレートに描けばいいんじゃないかと思えました。今回の信長は人間味があると言っていただいて、とてもありがたいんですけど、特別に何か仕掛けとしてやっているわけではなくて、自然に信長という人を掘り下げていたらこうなりました。
愛される信長にしたいというのはもちろんありました。「本能寺の変」に関して言うと、結構早い段階から、「本能寺で、最後、もう疲れ果てた信長みたいなものをやってみたいんです」と小栗さんからも相談を受けまして。そういうふうに描いていけたらいいなという思いがありました。
一方で、僕の中で、信長が戦うのは、「対光秀」だけじゃなくて、「自分の過去とも戦う」というイメージがすごくありました。小栗さんから「もうやっちゃおうよ」「僕が一緒に背負って死ぬから、本当に思いっきりやりたいことをやろう」ということをいってもらったんですね。なので、僕もある種の覚悟を持って書いていたし、すべてを出し切れたなという気はしております。
所詮、脚本は活字なんです。だから、あの映像を見た時は、一視聴者としてちょっと鳥肌が立ちましたよね。すごいものを作っていただいて、本当にありがとうございます、みたいな感じです。
I:さすが、小栗旬さん。すでに信長を演じた過去(『信長協奏曲(のぶながコンツェルト)』2014年テレビドラマ・2016年映画)があるだけに、その人物像への造詣の深さが半端ないってことです。小栗旬さんの取材会でも、「本能寺の変」での信長像について語ってくれていましたので、このあたりは相当話し合われたのでしょう。
A:そして、さまざまなアレンジが施されてきた『豊臣兄弟!』ですが、「古典本能寺」ともいうべき「敵は本能寺にあり!」の台詞もしっかり挿入され、絶妙なバランスの展開になりました。八津さんの裏話は胸熱でした。どうぞ。
「敵は本能寺にあり」に関していうと、いろんなパターンがあると思うんですけど、「光秀は本能寺にいなかった」ということがここ最近の研究で明らかになっていると言われているんです。そうか、光秀が本能寺にいないということは、どうやって光秀(演・要潤)を立たせようかな、みたいなことを考えました。やっぱりあのセリフはいわせたかったし、制作統括の松川(博敬)さんからも絶対にいわせてほしいと頼まれていたので、やっぱりここぞというか、どう光秀の気持ちを高ぶらせ、あのセリフをいわせるかというのは、すごく思い悩みました。
「本能寺の変」の全体の仕掛けの流れの中で、足利義昭(演・尾上右近)という人の存在が光秀にとってどんなものだったのかということも含めて、「義昭の偽御内書」を用意しました。あれは偽物だと光秀はわかっているけど、心のどこかでずっと本物だと信じたかったという光秀の思いをセリフに込めたら面白いんじゃないかなと思ったんです。「これは上意である」という言葉も付け足して、ああいうセリフにさせていただきました。僕は、やりたいことは全部やらせていただいたという感じです。
I:あの偽書状は、おもしろい仕掛けでしたね。
A:当欄では、「本能寺の変」を扱った過去の大河ドラマ作品を振り返ってきましたが、明智光秀が発した「敵は本能寺にあり!」、光秀謀叛を知った信長の「是非に及ばず(是非もなし)」、そして「人間五十年~」で知られる幸若舞の「敦盛」を「本能寺の変3点セット」と称しました。『豊臣兄弟!』では「敦盛」以外は採用された形になりました。
I:そして、当欄では、主に江戸時代に創作された二次史料中心で展開されてきた過去の大河ドラマ作品とはうってかわって、「織田信澄が黒幕!?」という独自の説を駆使した『豊臣兄弟!』を絶賛しています。
A:確かに、新たな説を展開してきたことには拍手喝采です。とってもうれしいことでした。ただ、私は、足利義昭が「もうわしに構うな」と光秀に返答したことが納得できないでいます。「そんなはずはない」と。
I:Aさんのように、多くの歴史ファンが一家言持っているのが「大河ドラマ」。すべての方を満足させることは不可能なんですから、脚本は、脚本家が書きたいように書いていただきたいと思います。「これはおかしいですよ」と「炎上」を阻止するのは、時代考証の先生方など「チーム豊臣兄弟!」の職務です。「いや、そこまで権限はないんですよ」という話はよく耳にしますが、作品をより良いものにするために戦うべきところは戦ってほしいと思います。
A:さて、八津さんの話はさらに続きます。「本能寺の変」という重大事件を経て、信長と光秀が退場をしていくわけですが、羽柴家のコミカルな部分や小一郎・秀吉のキャラ設定などは今後も継続していくのかどうか、それともキャラ設定が変わってくるとかいったことは、今後あるのでしょうか? という質問に対する答えです。
長い大河ドラマの中で、やはり「本能寺の変」はひとつの象徴的な出来事としてあって、それを経てちょっとずつ変化する部分は描かざるを得ないなと思っています。小一郎にしても秀吉にしても、シフトチェンジは絶対にあるんですけど、でも、根っこの部分はやっぱりずっと同じでいてほしいなぁという思いがあります。切っても切れない絆というものはあると思うので、そこを大事に描いていきたいですね。
どんな人でも、白か黒かだけで割り切っていろんなことをやれる人っていないような気がしているんですね。白になりたいと思っていても黒に染まることもあるじゃないですか。それでも気持ちはやっぱり白でいたいとか、その逆もまたしかりであるような気がするんです。そういうことをドラマの中にうまく落とし込みながら、結果としては小一郎たちは織田家を乗っ取ってしまうんですけれども、そこには小一郎や秀吉のピュアな思いが根っこにあるというふうに見せていけたらいいなと思っています。
I:今後のトピックスとしては、織田家の後継者を決める「清須会議」。柴田勝家(演・山口馬木也)と雌雄を決する「賤ヶ岳の戦い」。ここで「秀吉チルドレン」の活躍は描かれるのでしょうか。そして、兄弟が慕った「市の死」。徳川家康(演・松下洸平)と争った「小牧長久手の戦い」、そして、「妹あさひ(演・倉沢杏菜)と徳川家康の縁談」と目白押しです。インタビュー中、八津さんは、「家康に関して言うと、実は今回、僕の中ではあの家康のキャラクターは面白く書けていると思っているんです」と語っていたのが印象的でした。
A:私も本作での徳川家康のキャラは好きです。家康は、江戸時代に「神君」に祭りあげられて、その実像が正しく伝承されていないと感じています。八津弘幸さんが、新たな「人間家康像」をどのように描いてくるのかめちゃくちゃ楽しみですし、小一郎・秀吉兄弟がその家康にどのように対峙していくのか――。コミックモードの兄弟を重々しく受け止めてくれた信長も、光秀も退場する中で、制作陣の力量が問われる後半戦が始まろうとしています。
I:今後もますます注目ですね。
※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」
※高嶋政伸の「高」は正しくは「はしごだか」
【放送情報】
大河ドラマ「豊臣兄弟!」
NHK総合 毎週日曜 20時~ほか
※NHK ONEで同時・見逃し配信中
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











