今も残る丹波亀山城の本丸石垣。光秀はここから本能寺に向けて出陣した。

2002年の大河ドラマ『利家とまつ 加賀百万石物語』(以下『利家とまつ』)は、加賀藩祖前田利家(演・唐沢寿明)の正室まつ(演・松嶋菜々子)を主人公にした大河ドラマです。物語は利家とまつ、羽柴秀吉(演・香川照之)とおね(演・酒井法子)、佐々成政(演・山口祐一郎)とその妻はる(演・天海祐希)の3組の夫婦を物語の軸として展開されました。織田信長を反町隆史さん、明智光秀を萩原健一さん、森蘭丸はウエンツ瑛士さんが演じました。

「戦国ホームドラマ」を標榜して好評でしたが、本作の「信長トピックス」は、反町隆史さん演じる信長の口癖、「であるか」「であるの」。本能寺の変の際にも、この口癖が頻発します。

「織田信長様を神と崇めよ」

織田信長の5月の誕生日に安土城の近接地に創建した摠見寺に参拝するよう信長が命じたエピソードは、1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』が大河ドラマでは初見でしたが、本作でも採用されました。

5月12日、信長の誕生日。

ウエンツ瑛士さん演じる森蘭丸が「本日より信長様の誕生日5月12日を聖なる日と定める。摠見寺に参拝をいたせ。今日より織田信長様を神と崇めよ」と高らかに宣言します。

居並ぶ公家らが「ははー」と平伏します。主人公のまつもこの場に居合わせますが、ナレーションがこう説明します。「まつは、神という信長に危惧を感じた。本当の神様の怒りに触れるような気がした」

八上城の攻防

1981年の『おんな太閤記』、1996年の『秀吉』で描かれたのが、丹波の八上城の波多野三兄弟との攻防です。光秀が実母を人質として八上城に送り込み、波多野三兄弟は降伏するために安土城に赴きます。『おんな太閤記』『秀吉』ともに信長が容赦なく波多野三兄弟を処刑してしまい、その報復で光秀の母も磔刑に処されたというエピソードです。『利家とまつ』では、反町隆史さん演じる信長と萩原健一さん演じる光秀のやり取りから始まります。

信長「明智光秀ともあろうものがいつまで丹波に手こずっておるのだ」

光秀「御館様はまことに短気でございまするな」

信長「すぐに八上城を明け渡さねば人質の波多野を斬るぞ……」

光秀「それではわたしの母も八上城で殺されることになりましょう」

信長「母親の命まことに惜しければ城を落とせ」

光秀「……」

信長「聞いておるのか。城を落とせというておるのじゃ」

光秀「かしこまりました」

しかし、八上城は容易に落ちません。業を煮やした信長は、波多野三兄弟を斬ってしまうのです。

信長「いっこうに八上城は落ちず、ついに波多野の人質を斬る羽目になったわ。光秀、貴様の不徳じゃ」

光秀「申し訳ござりません。御館様はお疑いかと存じまするが、何度も申し上げるように、八上城に入れたは私のまことの母にて、いずれ土岐明智家再興のために懸命に私を育ててくれた母よしにござりまするゆえ、ゆめゆめお疑いくださりませぬよう、光秀この通りお願い申し上げます」

法華寺での暴行事件

天正10年(1582)、武田勝頼を滅ぼした織田軍が、諏訪の法華寺で軍議を開きます。その席上、武田遺臣を召し抱えようとしている徳川家康(演・髙嶋政宏)を光秀が批判します。

光秀「武田の軍勢は一兵残らず、根絶やしにいたさねばなりません。武田が滅びるまでの、われらの苦労は並大抵ではなかった」

これを聞いていた信長の顔色が変わります。

信長「光秀! そちがどのような苦労をしたのだ。申してみよ」

この日の信長は南蛮の洋装でしたが、席を立って扇子を床にたたきつけ、さらに光秀を蹴り倒すのです。諏訪法華寺の場面は1973年の『国盗り物語』でも描かれました。この時、信長(演・高橋英樹)は光秀(演・近藤正臣)の首根っこを抑えて欄干に激しく打ち付けましたが、本作では蹴り上げるという描写になりました。それでも萩原健一さん演じる光秀は目を見開き、信長の目を見据えながら、

光秀「足利義昭様をお迎えし、御館様のご上洛をお手伝いし、また畿内を安定させ、丹波も御館様にお収めしましたっ」

と、真正面から反論します。当然、信長の怒りに油を注ぎ、「恩着せがましい!」と怒鳴った信長は、光秀の首をつかんで床に押し付けるのです。そして、秀吉の中国地方での活躍ぶりを例に挙げて、光秀を難詰。「たとえ一言でも、自分が苦労したなどというな!」と、間髪を入れずに光秀の顔面にパンチをお見舞いするのです。本作の光秀は、ここからさらに信長に反論します。

光秀「恐れながら申し上げます! 天下人が、このようなお振舞いをなされてはなりません。これこそ、御館様が仰せになられる天の道、天道にかなわぬお振舞いかと存じ上げます!」

その場の雰囲気は瞬時に凍り付きます。信長は怒りと困惑の表情を浮かべながら部屋を立ち去るのです。

「魚が臭いな」と言い出した家康家臣・本多忠勝

法華寺の場面から2か月後、物語は安土城での徳川家康饗応の場に転じます。接待役は明智光秀です。繰り返し大河ドラマで描かれてきた「安土城での家康饗応」ですが、本作では家康家臣団の発言をきっかけに、光秀は窮地に陥ります。近童弐吉さん演じる本多平八郎忠勝が火を付けます。そのやり取りはこんな感じです。

忠勝が「魚が臭いな」とぼやくと、光秀はギロッと忠勝を睨みます。

忠勝「しかし、いささか匂いがきつい」

光秀「天下一の琵琶湖のふな、お口に合いませぬか」

忠勝「三河の魚はイキが良いゆえ、におわぬので、明智殿の魚をにおうと正直に申し上げた。正直は三河者の気質でござる」

こうしたやり取りが交わされる中で、おもむろに信長が膳を下げよと命じます。ところが、光秀のケアレスミスで信長に膳をぶちまけてしまいます。数秒の沈黙の後に信長は「で、あるか」とつぶやきます。「決して意図したわけでは」と場の雰囲気は重たいのですが、コントかとも受け取れる印象深い場面です。

ここで、信長から「五郎左。このわしに文句があるらしい。聞こう」と下問を受けた丹羽長秀(演・梅沢富美男)が、「光秀の取り成しでうまくいった四国の長宗我部元親との約束を秀吉の口車に乗り破棄したは、この五郎左、いささか納得がいきません」と唐突に「四国問題」に言及します。1989年の『春日局』で初めて大河ドラマで言及された「四国問題」が『利家とまつ』で、簡潔に説明されました。

「四国問題」は1990年代以降に研究者間の議論も以前に比べて活発になっていた背景があり、「三職推任」問題などにも触れられていくようになります。

丹羽長秀の発言に対し信長は、ここでも「で、あるか」と応じて、光秀に対して「光秀、そちも秀吉が妬ましいか」と話を向けます。光秀は「さようなことは申せません。秀吉殿は秀吉殿。拙者は拙者でございまする」と応えるのですが、この光秀の態度に丹羽五郎左長秀が「本心を申せ。そういうとこがはたから見るとイライラするわ」と怒りをあらわにします。

信長はこの場で、秀吉から備中攻めの援軍を求められていることを告げ、その援軍として光秀に出陣するように命じます。接待役を途中で「解任」しての出陣ということになります。

一見、光秀に好意的な発言をしたかのような丹羽長秀ですが、直後に信長が光秀領国の「丹波、近江」を召し上げて、「石見・出雲」に国替えされるという情報を光秀に伝えます。このような重大事を非公式に伝えられるのは、昔も今も衝撃的なことでしょう。光秀は深く傷つき、沈痛の面持ちで廊下を渡るのです。

大河ドラマ4作目の「愛宕百韻」

備中への出陣準備のために亀山城に戻った明智光秀は、愛宕山で連歌の会を開きます。大河ドラマで連歌の会が描かれるのは『国盗り物語』、『春日局』、『秀吉』に次いで4作目となりました。

時は今 あめがしたしるさつきかな

光秀が発句を詠むと、雷鳴がとどろき、光秀の顔がクローズアップされます。いやがおうにも本能寺の変への「期待」が高まります。

光秀が愛宕山で詠んだ連歌の発句は、すぐさま備中高松城を水攻め中の秀吉にもたらされました。「何か意味があるのか?」と秀吉が尋ねると、原田龍二さん演じる石田三成が、時は土岐一族、つまり光秀のことで、光秀が天下をおさめる時がきたと言っているのだ、と説明します。

愛宕山での光秀のエピソードとして、連歌のほかに、籤をひく、というものも定型パターンとして大河ドラマでよく描かれています。『利家とまつ』でも、光秀は何度も籤をひきます。何度ひいても、ひきあてるのは「凶」。その都度、光秀は焦燥感に駆られた表情で籤を振りますが、ついには「大凶」が出てしまいます。「大凶」の文字を見た光秀は、少し考えて籤を神前に戻し、立ち上がり去ろうとしますが、一瞬、振り返ると、御神体の鏡に自身の顔が映し出されているのが見えるのです。

語りつくせぬ恨みあれども

6月1日、本能寺では、信長が自慢の茶道具を披露して、公家衆を前に「天下布武とは、武士が天下をほしいままにすることだ。天下のこと、すべてこのわしの手中にあり、天下布武こそ、天の道なり」と宣言します。居並ぶ面々が揃って「祝着至極にございます!」と平伏します。

いっぽう、丹波亀山では、光秀の軍勢が揃っています。その数、1万3000。

光秀が「直ちに、1万3000の兵に伝令いたせ。これより京に向かう」と発すると、家臣たちは「京にございますか」と騒然となります。光秀は声を裏返らせながら演説をぶちます。

光秀「よいか! みなの者に伝える! 今こそこの光秀、天下を変える! 天下布武と唱え、民草を安寧に導くための戦といいながら、数限りなく人々を殺し、宗門を虐げ、武田が滅びると自らを神と称し、誕生の日を聖なる日となした! そして! 帝を自らの指揮下に置かんとする所業、許し難し! 天と神々に代わり、この惟任日向守光秀が成敗いたす!」

首をもたげ、目を見開く光秀が下知を発します。

光秀「みなの者! 敵は本能寺にあり!」

場面は転じて、本能寺の静かな夜。遠くからかすかに馬のいななきのような音が聞こえてきて、信長が目を覚まします。すぐに毛利新介(演・川崎一馬)が信長の側に控えます。彼は、桶狭間の合戦の際に今川義元の首級を挙げたことで知られる信長家臣です。

外で誰か喧嘩しているのではないかということで、新介が「叱ってまいりましょうか」というと、信長は笑顔で「であるの」と応えます。が、すぐに鉄炮のような音が鳴り響き、信長はさっと立ち上がり、蘭丸を呼びます。蘭丸が夜討ちであることを告げると、信長は、こんな時まで「であるか」と応じます。

蘭丸は続けて、明智勢と見受けられると報告。信長は一瞬、信じられないという驚きの表情を浮かべ「で、あるか」とつぶやくのです。

ずかずかと渡り廊下に出て、弓矢で敵を射る信長。敵が鉄炮を無数に発砲してきているのを受けて、すぐに「鉄炮!」といって鉄炮に持ち変えます。

信長が「鉄炮!」ということを予知していたかのように、すぐさま火縄に点火した鉄炮を渡せる信長小姓陣の手際良さが強調される場面です。大河ドラマの「本能寺の変」史上初めて、信長が鉄炮で応戦する場面になったのです。

本作では、本能寺から離れた妙覚寺に滞在していた信長嫡男信忠の混乱ぶりも描かれました。信忠は、「父上のお命をお救い申すのじゃ!」と騒ぎますが、村井貞勝(演・苅谷俊介)に止められます。

槍で応戦する信長ですが、鉄炮で撃たれそうになり、髪がざんばらになりました。この鉄炮による攻撃で毛利新介が落命します。

ここで、大河ドラマの「本能寺の変」史上初めてとなる場面が挿入されました。大将の明智光秀が、「皆の者、静まれ!」というと、みな手を止め、信長も声の方を見ました。大河ドラマの「本能寺の変」史上、初めて光秀と信長の直接のやり取りが交わされるのです。まずは、光秀の口上です。

光秀「御大将にもの申す。武田攻めでのご折檻、徳川様接待不首尾のお叱り、また、近江坂本、丹波両地を召し上げ、出雲・石見を切り取れと冷たい御沙汰。今また丹波で足の不自由な母を見殺しされた仕打ちなど、語りつくせぬ恨みあれども、此度の戦、決して私心にあらず。天下国家のために織田信長の首をとることこそ天の道!」

信長「であるか、光秀」

光秀「そうじゃ! 貴様の首じゃ!」

信長「光秀、わしは死なぬぞ!」

不敵な笑みを浮かべる信長は、槍で応戦しますが、これ以上の抵抗は無理とわかって、「是非に及ばず!」と言い放ち、槍を投げ捨てて奥殿に入っていきます。敵を蹴散らしながら信長を守る森蘭丸。「信長の首じゃ!」と叫ぶ光秀。

奥の間で信長が「新介は!」というと、蘭丸が新介は討ち死にしたと伝えます。「わしの首、いや、姿骨まで決して残すな!」と蘭丸に厳命する信長。部屋の外では炎が燃え上がり、障子にも火がつきました。片膝をついていた信長は立ち上がって、炎を見て、刀を抜きます。刀の刃に移る自分に向かって「いね!(去れ)」と発します。

剣舞のように刀をふって、「人間五十年、下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり」と謡いながら舞う信長。「ひとたび生を受け」で力尽きたようにがくっと膝をつくのです。刀を床に刺し「滅せぬ者のあるべきか」といって、はっと横を向きます。

この間、魚津で戦う利家の映像が何度か差し込まれます。刀の刃には前田の姿が映し出されます。そして、いよいよ信長が自刃するという時、「であえ、又左衛門!」という信長の声が北陸の魚津城で戦っている前田利家の耳に届くのです。

信長は炎の中を進んで、振り返り「さらばじゃ!」といって、白い歯を見せます。そして、炎の中に消えていくのです。

信長自刃の際に、主人公である前田利家に思いを馳せる信長の姿が描かれました。この手法は、2009年の『天地人』で上杉謙信(演・阿部寛)の「霊」と対峙する展開に発展し、2011年の『江 姫たちの戦国』では、信長自刃の際にまだ幼い姪の江(演・上野樹里)の幻影と対話する信長が登場するまで「進化」を遂げるのです。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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