文/印南敦史

朝刊を取りに玄関を出たら、隣にできた単身者向けマンションの外廊下を掃除する男性と目が合った。思わず会釈してしまったが、掃除会社のユニフォームを着たその人は、70代後半くらいに見えた。
働きたいから働いているのか、必要に迫られて働いているのか、それはわからない。だが、そういう光景を目にする機会は今後さらに増えていくのだろう。
いや、定年無関係のフリーランスである私も、似た立場ではあるわけだが。
ともあれ、『定年後の超・働き方改革 「楽しい仕事」が長寿に導く!』(和田秀樹 著、光文社)の著者である精神科医の和田秀樹さんも、シニア世代が働き続けることには大賛成であるようだ。
働けばやりがいを感じることになるだろうし、脳を活性化させ、認知症を予防する効果が期待できるからである。
働いている間は、たとえデスクワークの方でも通勤や外出で体を使います。しかし、退職後に家に引きこもると、70代の場合は約1カ月もすれば運動機能が低下します。
また、働くと知的活動やコミュニケーション、さまざまな出来事に遭遇しますが、家で過ごすだけでは脳の活動が低下し、認知症のリスクが高まるのです。(本書「はじめに」より)
そのため、可能であるなら定年退職前から“退職後になにをするか”について考え、準備しておくべきだという。
重要なのが、「新しいことに挑戦し続ける」ことだ。仕事を続ければ、新たな問題や課題に日々直面することになる。それが、意外な出来事や想定外の状況に直面したときの対応力を持つ前頭葉を活性化させるのである。
ただし、苦手な分野に挑戦しろということではない。短所ではなく、自分にしかない長所を伸ばしていくことに意味があるのだ。そうすれば自然と自信がつき、人生が充実していくからである。
ちなみに同じことは健康管理にもあてはまるようで、多少の異常値があったとしても、若くいきいきとしているほうが長生きできることが多いという。
たしかに日本では、健康診断の結果で示される血圧や血糖値、中性脂肪、コレステロールなど、さまざまな基準値が厳しめに設定されており、多くの医師は数値を下げることの重要性を強調する。
そのため私たちは不安に苛まれるわけだが、実際のところ、それほど下げなくても死亡率には大きな影響がないケースが多いのだそうだ。
医療が「健康モデル」ではなく「病気モデル」を前提としているため、基準値を厳しく管理し、少しでもマイナスの部分を改善しようとする風潮が強いのです。(本書28ページより)
こうした傾向は“過剰な健康管理”につながりかねないと指摘する和田さんは、むしろ「健康モデル」のほうに目を向けるべきだと主張する。そもそも万能な人間など存在しないのだし、歳をとってどこかに不具合が出てくるのは自然なことなのだ。
そのため、すべての数値を完璧にするためにあれこれと制限を設けるのではなく、自分の体と心が本当に求めているものに耳を傾け、ムリのない範囲で健全な生活を送る姿勢が重要です。(本書29ページより)
この、「姿勢」という部分がポイントなのではないだろうか。具体的にいえば「やりがい」や「自己肯定感」を持つことが重要であり、そこには“数値的な健康”よりも大きな意味があるわけだ。
そして、仕事にもそれがあてはまる。前向きに働くことによって、(漠然とした焦燥感など)多くの問題を解消することができるからである。
定年後に仕事をしようという場合、どんな仕事を選ぶかで悩むことにもなるかもしれない。「採用されたものの、年収が大きく下がった」「慣れない仕事で疲れがたまる」などの問題に直面する可能性も否定できないわけだ。
しかし、「慣れない仕事」や「短所を補わなければならない仕事」を選ぶからそうなってしまうのではないだろうか。「新たな世界に足を踏み入れる」といえば聞こえはいいが、慣れない仕事がうまくいかないのはむしろ当然の話だ。
では、どうすればいいのか?
簡単なことだ。先述のとおり、長所を生かせる仕事=自分の強みを生かせる仕事を選べばいいのである。幸いなことに私たちは、ここに至るまでの人生においてそれぞれのキャリアを積み上げてきている。それは間違いなく、自分の強みだ。そして、自分の強みを生かせる仕事を選べば、充実感は得やすいわけである。
報酬の多寡は別の問題として、長所を発揮できる場で楽しく働くことが精神と肉体の健康、さらには長寿へとつながるのです。(本書30ページより)
長く続けてきた仕事の現場から離れると、すべてを失ってしまったかのような気持ちになってしまいがちかもしれない。しかし私たちには、それぞれ培ってきたスキルや実績がある。
だからこそ、自身の原点というべきその部分に焦点を当て、「さて、ここからなにができるか」と前向きな視点を持つことが重要なのだろう。

「楽しい仕事」が長寿に導く!』
和田秀樹 著
1870円
光文社
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。











