40代で認知症になった夫｜「ご主人の様子がおかしいと会社から連絡が…」【１】

取材・文／坂口鈴香

中道美佳子さん（仮名・52）に初めて会ったのは、「若年性認知症の家族会」の集まりだった。初参加だった中道さんは自己紹介のなかで、若年性認知症の当事者である夫のことを話しながら、涙で言葉が詰まる場面もあった。これまで一人で抱えてきた思いがあふれたのだろう。周囲の家族（若年性認知症当事者の配偶者がほとんどだ）が、夫や妻の病気を受け入れて、少なくとも表面上は穏やかに過ごしている様子なのとは対照的だった。

中道さんも、「あまりにほかのご家族と自分の環境が違っているようで、かえって落ち込みます。私のつらさがほかの方に伝わっていないんじゃないかとさえ思います」と、ため息をつく。

確かに中道さんと、夫の伸一さん（仮名・55）を取り巻く状況は、ほかの若年性認知症の当事者や家族とはかなり状況が違っているように思えた。

そもそも伸一さんが発症したのは若年性認知症ではない。そして伸一さん自身、自分が病気であることを認めていないという。

顔がひきつる。目が見えない

伸一さんに異変が現れたのは10年前。「顔がひきつるので、食べ物が口から出てしまう」と中道さんに訴えた。外見からはまったくわからなかったが、次第に中道さんから見ても食べ物がはみ出るようになった。ブロック注射やハリ治療を行い、伸一さんも「効いているようだ」と言ったので、高価な治療を数十回続けていたという。

ところが今度は、「目が見えない」と言って会社を早退してきた。さまざまな医療機関を回った結果、ようやく「多発性硬化症」の疑いがあると伝えられた。耳の後ろには腫瘍もできているという。

「でも、どの病院を当たっても手術を引き受けてくれないんです。自分で脳外科を探してくださいと言われて、ネットで探した評判の良い脳外科医がいる大学病院を受診し、ようやく手術をしてもらうことができました」

手術は成功し、腫瘍は摘出できた。それが顔面マヒの原因だったことがわかったが、すでに神経がマヒしてしまっていたため、顔面の片側は垂れ下がっていった。

「技術職だった夫はプレッシャーもあり、ストレスも大きかったんだと思います。お酒の量が増えていたし、飲むたびに私を怒鳴るようになっていました」

「ご主人の様子がおかしい」部下からもクレームが

これで何とか落ち着いたとホッとしたのもつかの間、手術から２年後、今度は「記憶がおかしい」と言い出したため、手術を受けた大学病院の老年科を受診した。

「長谷川式テストでは『認知症グレーゾーン』と言われたのですが、その後再度テストを受けると『回復しています』と言われて、その旨の診断書も出ました。それまで夫は自分がおかしいと思っていたのに、治ったという診断が出たことで、本当に治ったと思い込んでしまったんです」

夫は決して治ったわけではなかった。しばらくして勤務する会社から「ご主人の様子がおかしい」と連絡が来た。部下からのクレームも入った。会社が再検査の費用を出してくれるというので、再検査したところ、多発性硬化症の診断が確定した。それにより高次脳機能障害が引き起こされ、加えて脳も萎縮していることから認知症も発症していることが判明したのだ。医師は「会社に行けているのが奇跡です」と驚いていたという。

「検査入院したときも、トイレに行ったあと自分の部屋に戻れなくなるくらいでした。着替えを用意しているのに、『着替えがない』と言って自分で洗濯したり、何日も同じものを着ていたり……。せん妄もひどくて、数分置きに私に電話してきていました。だから、先生が『会社に行けているのが奇跡』と言うのはその通りなんです。多分、ルーティンになっていたから通勤できているんだと思います」

40代で認知症になった夫｜「いっそ暴力を振るわれれば離れられるのに」【２】に続きます。

取材・文／坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。