史料が語る、歴史の真実
『日本史の宝箱 史料をめぐる52の秘話』東京大学史料編纂所編

歴史の解釈や人物の造形が、たったひとつの「史料」によって、がらっと変わる。
そんな歴史資料のよみときの醍醐味を教えてくれるのが、本書『日本史の宝箱』だ。
編者は、東京大学史料編纂所。同所は、国学者・塙保己一が寛政5年(1793)に開設した「和学講談所」を源流とし、現在は東大付属機関として、古代から明治維新期までの史料の収集・保全・研究と史料集の編纂にあたる。
ここ最近はデジタル化も進み、研究者が史料にアクセスしやすくなった。史料が人目に多く触れるということは、それだけ新たな「発見」も増えるということである。本書は、そうした研究者の発見の「発表会」ともいえよう。52の驚くべき事実を、堪能いただきたい。
この中に収録された「歴史秘話」をひとつ、紹介しよう。
北条泰時は、鎌倉幕府第3代執権として「御成敗式目」を定めるなど、幕府の基礎を固めた人物だ。有力御家人の反乱・和田合戦の際、当時30歳の泰時は、二日酔いで役に立たなかったといい、以後、深酒を慎んだという恥ずかしいエピソードが残っている。実は史書『吾妻鏡』にある話なのだが、今まで虚実が定かでなかった。『日本史の宝箱』によれば、それが他の史料から裏付けされてしまったのだというから興味深い。
この泰時、名執権として知られるが、相当に緻密で生真面目な人間だったらしい。史料から、泰時が幕府に届けられた訴訟書類すべてに目を通していたことがわかったのだ。実際の評定(裁判)も、泰時抜きでは始まらなかったらしく、審理が泰時の病気で止まったことなどが史料に残っている。
若き頃の酒の過ちといい、晩年の何から何まで抱え込む細かさといい、史料から浮かびあがってくるのは、名執権というより、人間くさいひとりの男の姿である。
せっかちな信長の姿
史料編纂の最新のトピックは、なんといってもデジタル技術との融合だろう。
例えば「影写」。写真以前の、史料原本を薄紙に敷き写す方法だ。質より量が求められ、ひたすら史料を写したのである。
これがデジタル化によって、突然進化した。原本の料紙を忠実に復元した和紙を用い、当時の用筆・筆法・執筆姿勢、さらには封をする際の所作も考慮した再現度の高い複本作成が進んでいるのだ。
そのうちのひとつが、織田信長の自筆書状だ。穂先がすり減った筆を使い、急いで畳み、雑に封じられたことが判明したというのだ。せっかちな信長の姿が、史料×デジタル技術で現代に蘇ったのだ。
史料はなんと雄弁なことか。
恋愛少女マンガは日本社会を映し出す
『恋愛少女マンガ全史 ラブコメと若者文化の変遷を探る』 長山靖生著

マンガ史は数あれど、「恋愛少女マンガ」と限定したところに(しかも“全史”とうたったところに)本書の意気込みと特徴が出ている。なぜ「恋愛」かつ「少女」かといえば、恋愛こそ社会の中で大きく変わったことのひとつであり、それをリードしていたのは女性だったから。たとえば戦前は、恋愛を描くこと自体がタブーであり、マンガにキスシーンが登場したのも戦後4年目、手塚治虫が嚆矢だ。しかも手塚は世間の批判に晒され、脅迫状まで届いたというから大ごとだ。同性愛を取り上げたり、歴史と恋愛を絡めたりしたのも「恋愛少女マンガ」だ。社会の価値観への挑戦であり続けたのだ。日本社会の変遷や女性像の変化がここに描かれていたのである。
一度も会ったことのない父親を求めて
『「まぶたの父」を探す旅 お笑い芸人、イタリアへ飛ぶ』 武内剛著

著者は、日本人の母とカメルーン人(黒人)の父との間に生まれ、「ぶらっくさむらい」の名で活動するお笑い芸人だ。彼は生まれてこの方、父親に会ったことがない。結婚できないことを承知で母がひとりで産み育てたからだった。著者は42歳で突如、「父探し」を決意する。きっかけは母の認知症発症とコロナだった。突然襲ってきた数々の不安に、自分という存在が揺らぎ始めたのだ。自分のルーツを知りたい。著者は、父と母が出会ったイタリアに向かう。しかも手がかりは父の名前と若い頃の写真だけ。捜索可能な期間はたった10日。いったい父と会えるのか。「父探し」のドキュメンタリー、意外な展開と深い愛に静かな感動を覚える。
選・文/角山祥道 ※文中、敬称略。
※『サライ』2026年9月号より








