文/池上信次

前回までジャズの流行の指標としてシングル盤のチャートを紹介しましたが、日本では昔から、ジャズは圧倒的にアルバムで聴かれています。ジャズのシングル盤(日本盤)が作られるということ自体が少なく、シングルとアルバムはそもそも土俵が違うということですね。シングルは全ジャンル内での人気の指標であり、ジャズというジャンル内ではアルバムの動向が人気の指標といえるものでしょう。というわけで、今回はジャズのアルバム・チャートを見てみましょう。

まず気になるところで、マイルス・デイヴィスのアルバム・チャート動向から。データの資料は『オリコンチャートブックLP編 昭和45年〜平成1年』(オリジナルコンフィデンス/1990年発行)によります。ここには1970年から89年までのLPレコードの週間チャートが集計されています。この期間をマイルスのキャリアに当てはめると、『ビッチェズ・ブリュー』国内発売前年から、活動停止と復帰、そして死去の前年までということになります。では、まず最高位ランキングから。

●最高順位によるランキング
1 『スター・ピープル』29位(1983年5月発売)
2 『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』31位(1981年7月発売)
3 『カインド・オブ・ブルー』40位(1981年6月発売)
4 『ユア・アンダー・アレスト』45位(1985年6発売)
5 『デコイ』48位(1984年7月発売)

意外なことに、新譜は復帰(81年)後のものばかり。復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の31位は、当時のマイルスへの大きな期待を物語っていますね。そして『スター・ピープル』は来日公演もあってマイルス絶好調の時期でした。81年の『カインド・オブ・ブルー』は何度目かの再発売です。このときはマイルスの旧譜25枚が一挙に廉価盤でリリースされましたが、これだけが新譜に負けないほどのダントツの売れ行きだったんですね。さすがに(現在では)全世界で累計1000万枚のロングセラーになっているだけのことはあります。

●登場週数によるランキング
1 『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』14週(1981年7月発売)
2 『ビッチェズ・ブリュー』10週(1970年5月発売)
3 『マイルス・イン・トーキョー』7週(1969年9月発売)
3 『アガルタの凱歌』7週(1975年6月発売)
3 『デコイ』7週(1984年7月発売)

『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』強し。同資料によれば、チャートイン期間内の売上もこのアルバムがトップです。さすがジャズの帝王。ちなみにその年の春から秋にかけては、『臨月/中島みゆき』『リフレクションズ/寺尾 聰』『ステレオ太陽族/サザンオールスターズ』といったアルバムがヒット(いずれも第1位)していました。そこでのマイルスの、最高31位・14週チャートインは「ジャズ」に収まらないヒットといっていいものでしょう。

『ビッチェズ・ブリュー』は、最高位ではベスト5には入らなかったものの(49位)、10週のチャートインは当時話題作だったことを裏付けます。『マイルス・イン・トーキョー』は64年の来日ライヴですが、初発売はこのとき、『ビッチェズ・ブリュー』前年の69年でした。新譜はエレクトリックでも、アコースティックも変わらぬ人気ということですね。なお、『ビッチェズ・ブリュー』は72年にも再発盤が66位に入っています。

ヒット・チャートは、まさに時代を映す鏡なのです。

(ちなみに、マイルス・デイヴィスのアメリカでのLPチャート動向は第67回(https://serai.jp/hobby/1003694)で紹介しています)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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