日本各地には多くの湧水がありますが、その中で、何故か名水と呼ばれる水があります。ただ、美味しいというだけではなく、その水が、多くの恵みをもたらし、人々の命に深く関わり、生活を支えてきたからに他なりません。それぞれの名水からは、神秘の香りと響きが感じられます。

名水の由来を知ることは、即ち歴史を紐解くことであり、地域の文化を理解することでもあります。名水に触れ、名水を口にすれば、もしかすると、古の人々の想いに辿り着くことができるかもしれません。

歴史ある水を訪ね古都を歩きます。

皆さんは「水の都(みずのみやこ)」と聞いて何処を思い浮かべるでしょうか?

海外を含めれば「水の都」といえば、おそらくイタリアの“ヴェネツィア”をあげる人が多いことでしょう。日本に限定して「水の都」あるいは「水都」と尋ねられると、その意見は大きく別れることになると思います。それは「水の都」の定義や解釈によって連想する街も違ってくるからではないでしょうか。

一般的に「水の都」は、運河や河川、水路、堀などが、その都市の景観を成し、交通、生活に大きな役割を果たしている街を指す言葉として使用されています。

そうした「水の都」の定義や解釈からいたしますと、今回「古都の名水散策」で取り上げます街は、「水の都」のイメージから少し遠いのかもしれません。しかし、「湧水の多さ」と「水の美味しさ」という定義で「水の都」を選ぶとするならば、“伊予西条”は日本一の「水の都」といっても過言ではないと思います。

清流が流れる水の都西条の中心部は実に美しい

「全国利き水大会」において2年連続(平成7年・8年)全国一“おいしい水”の栄冠に輝き、江戸時代から陣屋町として栄えた古い歴史を持つ“伊予西条”へ、名水を訪ねることにしました。

市内には「うちぬき水」を汲み取る施設が数多くあり、多くの人で賑わう

雨の少ない瀬戸内海地方に、何故「水の都」は存在するのか?

降雨の少ない瀬戸内海地方の愛媛県と「水の都」という言葉を、なかなか結びつけることができませんでした。その理由は、以前に仕事で愛媛県の県庁所在地松山市に出張した折、水不足の影響でホテルのシャワーが使えなかったという経験から。それ以来、愛媛県は「水に恵まれない県」という誤った認識が刷り込まれてしまっていたからです。

伊予西条市が「水の都」と呼ばれている理由を調べてみると、その地形と環境によるところが大きいことがわかりました。地形的には、北には瀬戸内海が控え、南には西日本最高峰の石鎚山(標高1,982m)をはじめとする四国山脈が聳(そび)えています。

霊峰 石鎚山の遠景

西条の気候は、典型的な瀬戸内海式気候であるため、平野部の年間総雨量は1,400mm程度と少ない。それに対して、石鎚山系の平均年間降水量は熱帯雨林に匹敵する約2,500mmにも上ると言われてます。

その急峻な四国山脈の峰々に降った雨の多くは、石鎚山を源流とする加茂川と中山川へと流れ下るわけです。両河川の下流域には、その流れが作り出した西条平野と周桑(しゅうそう)平野という2つの複合扇状地が広がり、その地下には巨大な地下水の帯水層が存在するいいます。ある調査によると地下水の埋蔵量は推定で7.2億トンとも……。

地下水が豊富であることを示す具体的な指標があります。同市の上水道普及率は約50%程度。その上水道の水源もほとんど地下水、生活用水のほぼ100%が地下水で賄われている全国でも稀有な地域だそうです。

西条の歴史と“うちぬき文化”を探る

西条市のホームページには、同市の歴史について次のように紹介されています。

西条市内では、中国や朝鮮半島からの侵攻に備えて7世紀後半頃に築城された山城と推定される国史跡の「永納山城跡」や、古代の道路遺構が発掘されており、有史以来、この地域が環瀬戸内圏における交通の要衝であったことがうかがえます。

江戸時代に入り、寛永13年(1636年)には一柳直盛公が西条藩主に、また、一柳直頼公が小松藩主に封ぜられて陣屋町が開かれました。西条藩では寛文10年(1670年)に、八代将軍徳川吉宗公の叔父に当たる松平頼純公が藩主となりました。

その後、明治維新までの約200年間にわたり、西条藩は松平三万石、小松藩は一柳一万石の陣屋町として栄えました。

愛媛県西条市ホームページより

「陣屋」とは小藩の領主が構えたお城のようなもの。その「陣屋町」の風情が感じられる箇所を中心に名水散策を楽しんでみました。

西条藩陣屋であったことを説明する由緒書
かつてこの場所が西条藩陣屋であったことを説明する由緒書

これまで「古都の名水散策」で紹介してきました“名水”の多くが、単独の井戸や湧水でありました。しかし、西条市のように「湧水」が豊富で、「うちぬき」と呼ばれる自噴井が、現在確認されているだけでも約2,000箇所、湧出量にいたっては一日90,000立方メートルに達するというのですから驚きです。ほぼ全ての湧水が“名水”となると、何処をどの様にご紹介すべきか悩ましい限りです。

そこで、西条観光交流センターで入手した「西条水めぐりマップ(歩きコース)」に従い、歴史探索もしながらモデルコースを辿ってみることにいたしました。

西条水めぐり散策コースの起点を示す案内

うちぬき名水を巡り、名水の恵みを味わう

「西条水めぐりマップ」を片手に、JR伊予西条駅前を起点とする「アクアトピア水系」約2.6Kmの名水散歩を楽しむことしました。

最初の名水ポイントは、市の総合文化会館前に在る「うちぬき水の利き水」という取水場所。多くの市民、近隣の人たちが汲み取りにくる人気の場所とのことなので、持参のペットボトルで汲み取り飲んでみました。口当たりが円やかで柔らか、癖のない味でした。コーヒーにぴったりとの評判の水だそうです。

総合文化会館前に在る「うちぬき水の利き水」という取水場所

「うちぬき水の利き水」から次の名水ポイントである「観音水」へ向けて新町川を少し遡ります。「観音水」の場所は新町川の水源。名前の由来は、近くにある禎祥寺の観音堂が起こりで、境内は藤棚の名所と聞きます。新町川を右に左にと見ながら整備された遊歩道を下ると「西條奉書・伊予柾発祥の地」と書かれた石碑の前に着きました。江戸時代は、豊富な伏流水を利用した手漉き和紙の生産が盛んであったそうで、歌麿の浮世絵にも使用されたとの説があります。

「西條奉書・伊予柾発祥の地」には、現在、西条市総合福祉センターが建っている

散策コースのちょっとした見所となるのが石作りの「掛樋(懸樋:かけひ)」。「掛樋」は、用水を川や谷を渡す場合に架けるもので、水道橋の一種です。掛渡井(かけとい)ともいいます。西条市内でもこの場所にしか残っておらず、水道が発達した現在では全国的にも貴重なものだそうです。

現在では非常に珍しい石造りの「掛樋」

この散策コースのハイライトとも言えるのが、1640年頃に築かれた西条藩主一柳家の陣屋跡。当時の歴史的な遺構(大手門、石垣、堀、北御門など)が、数多く残っています。大手門は、西条高校の正門として使用されています。

お城などの“お堀”というと、たいがい濁っていて汚いイメージがありますが、陣屋跡のお堀は澄み切った水を満々とたたえ、水の都西条を実感することができました。

西条高校の正門として使用されている大手門
西条高校の正門として使用されている大手門

そして、今回の名水散策の最終目的地とも言えるのが「うちぬき広場」。この場所に湧く水が「全国利き水大会」において過去2年連続(平成7年・8年)全国一“おいしい水”に輝いた水であります。ここでも持参のペットボトルに水を汲み取り日本一「美味しい水」を味わいました。

のんびりと1時間余りの名水散策を楽しませていただきましたが、ルートにある川や堀、側溝に至るまで、いずれの流れも澄み切った“水”が流れておりました。

このことこそが「うちぬき文化」「水の都」と呼ばれ、昭和60(1985)年には環境庁(現環境省)から「名水百選」に選ばれた所以であろうかと深く感じ入りました。

西条市市役所近くにある「名水百選」の碑とうちぬき水の湧き出し口

おすすめのスポット

●JA西条ときめき水都市『みのりちゃん市場』

「西条水めぐりマップ(歩きコース)」でも紹介されているJA西条が運営する地元産品を販売しているお店です。地元農家の方々が作った季節の野菜や果物が所狭しと並んでいます。また、地場産品で作ったお惣菜なども販売されていました。

隣には「あぐり工房」が併設され、米粉パンやその場で作る野菜や果物のフレッシュジュースやソフトクリームが美味しく大変な人気だとか。

今回、散策のエネルギー補給にと買い求めたシャインマスカットが大変甘くて美味しゅうございました。

JA西条が運営する「ときめき水都市・みのりちゃん市場」で販売されていたシャインマスカット

所在地・最寄り駅、交通手段

住所・所在地:〒793-0030 愛媛県西条市大町 周辺
アクセス:JR四国 予讃線伊予西条駅 下車
     松山自動車道 いよ西条ICから車で約30分

取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
イントロ・ナレーション:和泉 透司
京都メディアライン:https://kyotomedialine.com
Facebook:https://www.facebook.com/kyotomedialine/

 

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