約500年前の大航海時代が繁栄をもたらしたマカオ。2005年にユネスコの世界文化遺産となり、2017年には同じくユネスコの食文化創造都市に登録された。
そんな大航海時代以来の東西文明の出合いが生んだ、世界に比類なきマカオの味覚を、イタリア料理店『アル・ケッチァーノ』シェフ奥田政行さんが訪ねた。
新鮮な魚介、南方のスパイス、漢方。
庶民の台所に息づく大航海時代の記憶
2017年10月、ユネスコが認定する「創造都市ネットワーク」の食文化分野で登録されたマカオ。この分野での登録は世界でもわずかに26しかなく、日本では唯一、山形県鶴岡市が選ばれている。そこで鶴岡市に拠点を置き、庄内地方(山形の日本海沿岸地域)の食を広める活動をしている奥田政行さんが、マカオに降り立った。
そもそもマカオの食文化とはどのようなものなのだろうか。その鍵は16世紀に始まる大航海時代にある。
ポルトガルとスペインの二大強国による覇権争いのなか、マカオをはじめとするアジア進出を図ったポルトガル人は船でアフリカの喜望峰を回り、インド、東南アジアを経てマカオさらには日本に至った。このとき商人たちに交じりキリスト教布教のために船に乗り込んだのが、宣教師のフランシスコ・ザビエルだ。その骨の一部がマカオに安置されている。
大航海時代以来、東洋と西洋を結ぶ貿易港として栄えたマカオでは、ポルトガル人が持ち込んだポルトガル料理をもとに、船の寄港地の食材や香辛料、そして華南(中国南部)の調味料や食材、調理法を融合した独自のマカオ料理が生み出された。その典型が鶏肉に香辛料やココナツミルクなどで作ったソースを絡めた「アフリカンチキン」だ。
食用として船で飼われた鶏と、インドのターメリックなどの香辛料、マレーシアのココナツが溶け込んだ料理は、大航海時代の歴史が刻み込まれた味といえる。
市民の営みが見える市場、
入手容易なポルトガル食材
まず奥田さんと訪れたのは市民の台所、赤い煉瓦で築かれた公共市場「紅街市(ホンガイスイ)」、通称レッドマーケットだ。市場内では魚介類、肉、野菜などほぼすべての食材が扱われ、買い物客で活気に満ちている。
肉と野菜は中国本土からのものだが、目を見張るのは魚介類の多さだ。マナガツオやイトヨリ、甘鯛、舌鮃(したびらめ)、太刀魚(たちうお)など多種多様。活魚もあり、アサリや蛤(はまぐり)、海老、蟹など馴染みのあるものが並ぶ。「これほど豊富な食材がどのような料理に仕上がるのか、興味が尽きませんね」と奥田さん。
市場の周辺にも様々な店舗があり、さながらかつての築地市場場内と場外の雰囲気だ。そのなかで立ち寄ったのが漢方茶と香辛料の店。数種類の漢方を組み合わせた涼茶(リヤンチヤ)のスタンドでは、客の健康状態を舌を見て判断し、適切な配合のお茶を提供。身近な医食同源といえる。
奥田さんの診断は消化器系が弱り少し風邪気味とのこと。供されたお茶を飲み、ひと言。「八角やシナモン、ニッキの味がします。とても苦いですが、身体の奥からポカポカしてきました」
安価で入手できる香辛料も豊富だ。中国由来のホワジャオ(花椒)をはじめターメリックや唐辛子、丁子(ちょうじ)などの香辛料が並ぶ。
さらにポルトガルで親しまれるバカリャウ( 塩蔵の鱈)や鰯の缶詰、ポルトガルワインもスーパーで普通に見かける。マカオの街の端々に「大航海時代」の記憶が根付き、中国語が飛び交うなかでポルトガルを感じることができるのだ。
ポルトガルと中国・広東、
1万1000㎞を超えて融け合う美味
「マカオ料理は中国の食文化とポルトガル人がもたらした食文化の融合といいますが、もっと複雑なもののような気がします。その味覚を確かめてみたいですね」
奥田さんの言葉を受け、訪れたのは2007年に開業したポルトガル料理店『Antonio(アントニオ)』である。ポルトガル北部出身の店主・アントニオさん(70歳)は話す。「バカリャウと鰯は最も代表的な食材で、バカリャウは焼く、蒸す、揚げるなどの料理法でソースを替えれば365日違うレシピができるほどです」
●Antonio(アントニオ)/マカオを代表するポルトガル料理店。趣のある一軒家で、古い街並みが残るタイパビレッジにある。住所:澳門舊城區木鐸街7號、電話+853・2888・8668
マカオで広く浸透する広東料理。中国の南方系の料理はあっさりした味付けだ。しかし次に訪ねた広東料理店ではポルトガルの影響か、唐辛子や大蒜(にんにく)を多用している。「広東なのに唐辛子を使ったスパイシーな海鮮は面白いですね」と、奥田さん。ほかにも最新の広東料理店などを巡り、感慨深げだ。
●禮記魚翅海鮮酒家(ライケイユーチーホイシンジヤオカー)/聖ポール天主堂跡の南西にある繁華街で常に賑にぎわう店。生簀(いけす)があり、蝦蛄(しゃこ)などの海鮮料理も楽しめる。1945年創業。住所:新馬路營地大街135-137號、電話+853・2857・3117
マカエンセが生み出す新しいマカオ料理
マカオでポルトガル系の家に生まれた人を“マカエンセ”と呼ぶ。彼らが代々受け継いできた家庭料理がマカオ料理の基本といえる。マカエンセのサンドラさんが営むカフェ『SAB8(サブエイト)』を訪ねた。
品書きにはバカリャウを使ったタルト、インド料理の軽食・サモサ、アフリカ・モザンビークのパプリカを使う鶏料理など、国境を超えた混然一体の料理だ。
「長年育はぐくまれたマカオ料理に、新しい味、新しい組み合わせで個性を出しています」(サンドラさん)
「唯一無二のマカオ料理を知り、世界の人々を迎える日本料理のあるべき姿を考えさせられました。また庄内も北前船によって関西の食文化が持ち込まれ、庄内の食材と結び付きました。マカオとの共通点ですね」と、精力的に美味を堪能した奥田さんが言葉を締めた。
●SAB8/聖ポール天主堂跡から徒歩3分、赤い傘などで装飾された洒落た路地にある。スイーツが豊富なカフェだが料理の味も評判がいい。住所:澳門俊秀里10号地下A、電話+853・2835・8191
香港との海上橋の完成でより近くなるマカオ
マカオの魅力をひとことで語るのは難しいが、あえて言えば「新旧の混在と東西の融合」だろう。街を歩くと、ポルトガル領だった頃の面影を残す教会や商館などがあり、これらの多くが「マカオ歴史市街地区」としてユネスコの世界遺産に登録されている。
新しいマカオの顔は統合型リゾート(IR)のエンターテイメントだ。埋立地であるコタイ地区には豪華なリゾートホテルが次々と開業。巨大なショッピングモールやレストラン、プールがあり、老若男女が楽しめるパフォーマンスやライブなどが、昼夜を問わず繰り広げられている。
そして2018年10月24日、「港珠澳大橋」が開通した。これにより香港国際空港からは車で約30分の移動となり、マカオ再訪が気軽に叶うことだろう。
問い合わせ先/マカオ政府観光局 電話03・5275・2537