今年7月、南太平洋に新たな世界文化遺産が登録された。フランス領ポリネシア、ライアテア島の宗教遺跡群である。
フランス領ポリネシアは5つの諸島群、118の島々で成り立ち、すべてを合わせて通称タヒチと呼ばれている。ライアテア島は西側の主島で、面積はイースター島と同じ程度だ。熱帯のため日中の日差しは強い。島は緑に覆われ、沿岸にはサンゴが美しく育っている。
今回は、イースター島とあわせて訪れたい、ポリネシア人の心の故郷をご紹介しよう。
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ポリネシア人たちがタヒチに移り住んだのは、紀元800年から1000年頃だ。その後、ハワイ、ニュージーランド、イースター島へと拡散していった。
新天地に移った人々の間には、祖先の地はライアテア島だと代々伝えられ、この島は、ハヴァイイと呼ばれるようになっていった。「故郷」「理想郷」の意味だ。
やがて、島の南部タプタプアテアに守護神を祀る祭祀場が作られた。中央ポリネシア最大の祭祀場である。ここには、ポリネシアの島々に分散した多くの人々が自分たちの島からカヌーで巡礼にやってきた。中央ポリネシアの信仰の中心、人々の心の故郷だったのだ。
そして今年(2017年)、タプタプアテアの祭祀場を中心に、後方の山や前方のラグーン(礁湖)を含めた範囲が世界文化遺産に登録された。
タヒチの祭祀場は「マラエ」と呼ばれ、石畳の上にアフという祭壇が設けられる。イースター島の祭壇の原型だ。ところが、18世紀以降、キリスト教への改宗が続くと、マラエが放置されていく。やがて、多くの人が詣でた中央ポリネシア最大の祭祀場も、石垣は崩れ、藪に埋もれていった。
忘れられていたマラエ・タプタプアテアの復元事業が始まったのは、1968年。総指揮を執ったのは、イースター島の考古学調査にも活躍した、ハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦さん(93歳)である。
世界文化遺産登録に向けた準備の際、篠遠さんは地元住民に次のような言葉を投げかけた。
「今後、この祭祀場が傷んでも、直すときには絶対に重機を使わないようにしてください。昔のよう
に人力だけで直せば、みなさんの祖先がいかに苦労して祭祀場を建てたかがわかるはずです」
聖地だけあって、普段は静寂に包まれている。だが、時折ポリネシア人たちが集って古式ゆかしい催事が行なわれる。そんな日にこそ、訪ねてみたい。
タヒチの島々は、誕生以来、少しずつ沈降して今の形になった。ライアテア島の北には、数kmしか離れずにタハア島がある。2島はかつてひとつの島だったが、沈降の結果、分かれたのである。
タハア島の面積はライアテア島の半分ほどだ。昔ながらの景観を色濃く残し、初期の探検家たちを魅了したタヒチの豊かな自然に浸るには絶好の島だ。ここで生まれ育ったガイドのイヴァン・マーマさんは、島の魅力をこう語る。
「タヒチの島々の中には、行き過ぎた観光開発が行なわれてしまったところもあります。幸いタハア島は、それほど開発されませんでした。約5300人の島民のほとんどが沿岸部に暮らしています。内陸は、ほぼ手付かずの山々です。今となっては、貴重な存在ではないでしょうか」
樹木に覆われた山々の中腹には、わずかだが耕作地もある。タハア島は「バニラ・アイランド」とも呼ばれている。フランス領ポリネシアの特産であるバニラの7割ほどが、この島で取られるのだ。
バニラはラン科の蔓性植物で、油分をたっぷり含んだ種子鞘を乾燥、発酵させると、甘い香りを放つ香料になる。タハア島では有機農法のバニラ農家も多く、高級香料として島の経済を支えている。
タヒチには、古くからラグーンの浅瀬に基礎柱を打って建てた住居や集会場があった。熱帯の島の観光地でよく見る水上バンガローの原型で、この形式の宿泊施設が世界で最初にできたのはタヒチだった。今年は水上バンガローが初めて生まれてから50周年だという。
タハアにも、この形式をもった宿泊施設がある。『ル タハア アイランド リゾート&スパ』で、北側のラグーンにある小島に建てられた隠れ家のようなホテルだ。
日本出身のサツキ・ホカフウさんは、マルケサス出身の男性との結婚を機に、このホテルに勤め始めた。
「今、ホテルの沿岸で、サンゴの保護と増殖を進めています。やはり豊かな自然が、この地の最大の魅力ですからね。料理には、ライアテア島とタハア島に水揚げされる魚を使います。マグロ、カツオ、シイラ、アジなど。料理長はフランス人ですが、和食に造詣が深く、日本人好みの味付けをするのです」
ポリネシアの人類史を物語る世界文化遺産をじっくり堪能したら、こうした安心できるホテルで休み、命の洗濯をしたい。
ポリネシアへ旅するなら、中央ポリネシアのタヒチに本拠を置く「エア タヒチ ヌイ」が圧倒的に便利だ。成田国際空港からタヒチ島のパペーテまで、毎週月曜と土曜に、定期便が就航している。
直行便の所要時間は、約11時間。タヒチのどこまでもぬけるような青い海と、浜辺に響く波音、夜には満天の星。そして何より心優しいタヒチ人と、その背景にある壮大な文化があなたを歓迎してくれるはずだ。
取材・文/藍野裕之 撮影/小倉雄一郎(本誌)
取材協力/タヒチ観光局 http://www.tahiti-tourisme.jp/
協力/エア タヒチ ヌイ
https://www.airtahitinui.com/jp-ja
※この記事は『サライ』本誌2017年11月号より転載しました。