上空から見たライアテア島の東岸。白波の陸地側はサンゴが成長して浅瀬だが、川から流れる真水の影響で沿岸部はサンゴが育たない。

今年7月、南太平洋に新たな世界文化遺産が登録された。フランス領ポリネシア、ライアテア島の宗教遺跡群である。

フランス領ポリネシアは5つの諸島群、118の島々で成り立ち、すべてを合わせて通称タヒチと呼ばれている。ライアテア島は西側の主島で、面積はイースター島と同じ程度だ。熱帯のため日中の日差しは強い。島は緑に覆われ、沿岸にはサンゴが美しく育っている。

今回は、イースター島とあわせて訪れたい、ポリネシア人の心の故郷をご紹介しよう。

*  *  *

ポリネシア人たちがタヒチに移り住んだのは、紀元800年から1000年頃だ。その後、ハワイ、ニュージーランド、イースター島へと拡散していった。

新天地に移った人々の間には、祖先の地はライアテア島だと代々伝えられ、この島は、ハヴァイイと呼ばれるようになっていった。「故郷」「理想郷」の意味だ。

やがて、島の南部タプタプアテアに守護神を祀る祭祀場が作られた。中央ポリネシア最大の祭祀場である。ここには、ポリネシアの島々に分散した多くの人々が自分たちの島からカヌーで巡礼にやってきた。中央ポリネシアの信仰の中心、人々の心の故郷だったのだ。

そして今年(2017年)、タプタプアテアの祭祀場を中心に、後方の山や前方のラグーン(礁湖)を含めた範囲が世界文化遺産に登録された。

マラエ・タプタプアテア。今回の世界文化遺産登録では、この祭祀場だけではなく、多くの遺跡がある背後の山、北側のラグーン、そこにある小島も含め、広い範囲が「タプタプアテア」として構成資産になった。

タヒチの祭祀場は「マラエ」と呼ばれ、石畳の上にアフという祭壇が設けられる。イースター島の祭壇の原型だ。ところが、18世紀以降、キリスト教への改宗が続くと、マラエが放置されていく。やがて、多くの人が詣でた中央ポリネシア最大の祭祀場も、石垣は崩れ、藪に埋もれていった。

マラエ・タプタプアテアの海側には、ふたつのマラエがある。ガジュマルの巨木が生える写真のものはマラエ・タウアイツである。

忘れられていたマラエ・タプタプアテアの復元事業が始まったのは、1968年。総指揮を執ったのは、イースター島の考古学調査にも活躍した、ハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦さん(93歳)である。

篠遠喜彦さん。大正13年、東京生まれ。30歳
でハワイ大学留学。卒業後はビショップ博物館に勤務。人類学部長を務めた後、その功績から永年上席研究員となる。

世界文化遺産登録に向けた準備の際、篠遠さんは地元住民に次のような言葉を投げかけた。

「今後、この祭祀場が傷んでも、直すときには絶対に重機を使わないようにしてください。昔のよう
に人力だけで直せば、みなさんの祖先がいかに苦労して祭祀場を建てたかがわかるはずです」

聖地だけあって、普段は静寂に包まれている。だが、時折ポリネシア人たちが集って古式ゆかしい催事が行なわれる。そんな日にこそ、訪ねてみたい。

ガイドのマーマさんの運転で、タハア島中央部の山岳地帯から南西の入り江を望む。沿岸には黒真珠の養殖場が点在する

タヒチの島々は、誕生以来、少しずつ沈降して今の形になった。ライアテア島の北には、数kmしか離れずにタハア島がある。2島はかつてひとつの島だったが、沈降の結果、分かれたのである。

タハア島の面積はライアテア島の半分ほどだ。昔ながらの景観を色濃く残し、初期の探検家たちを魅了したタヒチの豊かな自然に浸るには絶好の島だ。ここで生まれ育ったガイドのイヴァン・マーマさんは、島の魅力をこう語る。

「タヒチの島々の中には、行き過ぎた観光開発が行なわれてしまったところもあります。幸いタハア島は、それほど開発されませんでした。約5300人の島民のほとんどが沿岸部に暮らしています。内陸は、ほぼ手付かずの山々です。今となっては、貴重な存在ではないでしょうか」

樹木に覆われた山々の中腹には、わずかだが耕作地もある。タハア島は「バニラ・アイランド」とも呼ばれている。フランス領ポリネシアの特産であるバニラの7割ほどが、この島で取られるのだ。

バニラはラン科の蔓性植物で、油分をたっぷり含んだ種子鞘を乾燥、発酵させると、甘い香りを放つ香料になる。タハア島では有機農法のバニラ農家も多く、高級香料として島の経済を支えている。

バニラ農園の作業場からは、濃密な甘い香りが漂っていた。種子鞘は、天日干しの後に暗所で発酵させ、手で揉みほぐしていく。

タヒチには、古くからラグーンの浅瀬に基礎柱を打って建てた住居や集会場があった。熱帯の島の観光地でよく見る水上バンガローの原型で、この形式の宿泊施設が世界で最初にできたのはタヒチだった。今年は水上バンガローが初めて生まれてから50周年だという。

タハアにも、この形式をもった宿泊施設がある。『ル タハア アイランド リゾート&スパ』で、北側のラグーンにある小島に建てられた隠れ家のようなホテルだ。

『ル タハア アイランド リゾート&スパ』は2002年に創業した。水上バンガロー45棟を含む全57棟。レストランは3つ。1室1泊約12万円〜。Motu Tautau BP67 Patio,98733, French Polynesia 電話:+689・40・60・84・00

『ル タハア アイランド リゾート&スパ』
では、要望すれば特製バニラ・ソースで魚料理を味わえる。写真はタハア島産のアジのソテー。写真奥はランギロア島産のワイン。

日本出身のサツキ・ホカフウさんは、マルケサス出身の男性との結婚を機に、このホテルに勤め始めた。

「今、ホテルの沿岸で、サンゴの保護と増殖を進めています。やはり豊かな自然が、この地の最大の魅力ですからね。料理には、ライアテア島とタハア島に水揚げされる魚を使います。マグロ、カツオ、シイラ、アジなど。料理長はフランス人ですが、和食に造詣が深く、日本人好みの味付けをするのです」

ポリネシアの人類史を物語る世界文化遺産をじっくり堪能したら、こうした安心できるホテルで休み、命の洗濯をしたい。

ホテル内のレストランではポリネシアの舞踊が演じられる。写真はマルケサス諸島の伝統舞踊に現代的な演出も加えたものだ。

国際空港はタヒチ島にある。ライアテア島にはタヒチ第2の都市ウトゥロアに国内線の空港があり、タヒチ島から約45分だ。

ポリネシアへ旅するなら、中央ポリネシアのタヒチに本拠を置く「エア タヒチ ヌイ」が圧倒的に便利だ。成田国際空港からタヒチ島のパペーテまで、毎週月曜と土曜に、定期便が就航している。

「エア タヒチ ヌイ」はエアバス社のA340-300という信頼性の高い機種を使用する。座席は2つのクラスに分かれ、計296席。

直行便の所要時間は、約11時間。タヒチのどこまでもぬけるような青い海と、浜辺に響く波音、夜には満天の星。そして何より心優しいタヒチ人と、その背景にある壮大な文化があなたを歓迎してくれるはずだ。

取材・文/藍野裕之 撮影/小倉雄一郎(本誌)

取材協力/タヒチ観光局 http://www.tahiti-tourisme.jp/

協力/エア タヒチ ヌイ
https://www.airtahitinui.com/jp-ja

※この記事は『サライ』本誌2017年11月号より転載しました。

 

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