賑わう京都市街からわずか20分。宇治の優美な景色と文化に心が安らぐ
京都駅からJR奈良線「みやこ路快速」で18分、煌びやかな鳳凰堂が鎮座する平等院で知られる宇治に到着する。宇治といえば日本のお茶文化を支えてきた宇治茶のふるさとでもある。宇治橋通りを歩けば、多くの茶問屋や茶農家の店舗からは香しいお茶の香りが漂い、何とも心を穏やかにしてくれる。
15世紀、宇治茶は足利将軍家から高く評価され、その後茶人・千利休や天下人の庇護を受け、抹茶としてのブランドが確立。さらに煎茶や玉露が編み出され、上質なお茶の産地として不動の地位を得ている。2015年にはこうした宇治茶の歴史と文化、美しい茶畑の景観を通じたストーリーが「日本茶800年の歴史散歩」として日本遺産第1号に認定され、現在ユネスコの世界文化遺産登録を目指す取り組みも行なわれている。私たちの暮らしに最も身近な飲料であるお茶。いつもの京都旅とはひと味異なる「お茶の京都」を訪ねたい。
良質な煎茶の原点を体感。「福寿園宇治茶工房」で手もみ茶づくり
まず向かったのは、「福寿園宇治茶工房」である。寛政2年(1790)、茶商として創業した福寿園は、初代当主の名を冠した「伊右衛門」のペットボトルでも知られている。宇治茶工房では石臼を使った抹茶づくりや熱した陶板での煎茶づくりなど数々の体験を通して宇治茶の魅力を発信している。なかでもぜひ体験したいのが、手もみ茶づくりである。
手もみ茶とは、収穫した茶葉を蒸したのち、焙炉(ほいろ)と呼ばれる作業台で手のみで製茶すること。宇治での手もみ製茶技術は元文3年(1738)に、宇治田原町の茶農家だった永谷宗圓が発案したもので、色、香り、味ともに優れた煎茶を誕生させた革新的な製法である。この技術は宇治から全国に広まり、その伝統技術は現在の機械揉みにも継がれている。良質な煎茶の原点ともいえる体験がここでできるのだ。
指導は手もみ師の森口雅至さん。作業は手もみの最終段階である「もみ切り」「でんぐり」「板ずり」を約2時間みっちりと行なう。畳1畳分ほどの、電熱で温められた焙炉の上には助炭(じょたん)という和紙に柿渋を塗った台が被せてある。この上に湿った状態の茶葉を広げ、まずは両手の指先を使って茶葉を揉む「もみ切り」だ。 その後「でんぐり」は両手で茶葉を前後に挟むように持ち、揉みながらひっくり返す。
作業を続けると茶葉の香りが沸き立ち、癒し効果抜群。だが、なかなか力のいる作業である。
「力仕事の手もみは男が、茶摘みは女の仕事とされてきました。陶芸の心得がある方は、土をこねるのに似ているとおっしゃいますね」(森口さん)
さらに「板ずり」である。これは宇治製法だけの作業だそうで、板を使い両手で茶葉を上下に回転させながら揉み、茶葉を丸めていく。
焙炉からの熱に加え、全身の力を使うので体が汗ばんでくる。しかし作業を経るにつれ、湿った茶葉が乾燥し、見知った煎茶の形に出来上がる工程は何とも楽しい。また、この大変な作業で作られるお茶に愛おしさが溢れてくる。
最後は助炭全体に茶葉を広げて乾燥させ完成。
できあがった煎茶はお土産に。乾燥時間の間に、美味しい煎茶の淹れ方を伝授してもらう。
煎茶の場合、茶葉はひとり分3g、沸騰したお湯を湯冷ましし、70℃で淹れる。抽出時間は90秒。1煎目は甘さが際立つ美味しさで、2煎目は熱湯を35秒の抽出時間で、香りと渋みを。3煎目は熱湯を入れたらすぐに注ぎ、さっぱりした味わいを楽しむ。ポイントは急須にお茶が残らないよう、しっかり出し切ること。これで2煎目・3煎目も美味しくいただける。
同施設には宇治茶の資料館や茶寮などがあるほか、手軽な利き茶体験(550円)も用意。5種類のお茶を飲み比べ、お茶の種類を当てるもの。これがなかなか難しいので、チャレンジしてみてはどうだろう。
福寿園宇治茶工房
宇治茶の文化を育み今に伝える、小堀遠州の指導を受けた名陶「朝日焼」
福寿園宇治工房があるのは清流・宇治川の右岸。赤い欄干の朝霧橋の脇には源氏物語宇治十帖に因む、浮舟と匂宮の像が立つ。そして、この近くには、約400年前に大名茶人・小堀遠州の指導を受けた名陶・朝日焼のshop&galleryがある。
店内からは長閑な宇治川の景観が広がる。店に並ぶのは、宇治の陶土を用いた茶の湯のための茶盌(ちゃわん)や香盒(こうごう)、そして煎茶・玉露用の磁器製の宝瓶(ほうひん)・茶碗・湯冷ましなど。つまり、茶の湯から始まり煎茶や玉露を生み出した宇治茶の歴史と重なるように、陶器と磁器を揃える陶工なのである。
「宇治というお茶産地の風土を体現し、この土地ならではのお茶文化を発信したいと思っています。お茶とチョコレート、お茶と音楽といった組み合わせで、複合的なお茶の楽しみを伝えるワークショップも開催しています」(朝日焼店主・松林俊幸さん)
宇治の土を使った茶盌はぽってりと温かみがあり、抹茶の緑が実に映えそうだ。宇治茶の茶葉がよく開くように造られた青磁の宝瓶には、内側に150ほどの茶漉し穴があけられている。
このきめ細かい細工もすべて手作業、職人技に脱帽だ。工房には現役の登り窯が備わり、16代続く窯元を支えている。
朝日焼shop&gallery
宇治川を望む「辰巳屋」の個室で、変幻自在の抹茶料理を味わう
朝霧橋を渡り、宇治川対岸へ。ランチの時間である。バリエーション豊かな抹茶料理が味わえる「辰巳屋」は、もともとお茶問屋として創業し、大正2年(1913)に料理屋として開業。お茶を食べるという発想で数々の料理を生み出している。
なかでも先付の抹茶豆腐は一子相伝の味である。
「大豆を搾り、豆乳に宇治の抹茶を混ぜ合わせて冷やし固めます。豆腐の食感を出すためににがりを使用し、にがりも抹茶も0.1g単位で計り、味や香りを見定めます。完成まで3日間かかるお料理です」(8代目主人・左聡一郎さん)
蟹身と生湯葉の抹茶和え、百合根の抹茶かけ、茶塩で食べる天ぷらや茶蕎麦、田楽、白味噌のうずみ豆腐仕立て、そしてデザートの抹茶チーズケーキまで。すべて抹茶が使われ、食材を引き立てたり、アクセントになったりと、変幻自在に活躍する。料理に合わせて抹茶の種類も変えているというから驚きだ。抹茶の可能性を存分に堪能した。
辰巳屋
宇治茶ゆかりの古刹と圧巻の茶畑。和束へ足を延ばす
宇治茶に触れ、味わったあとは、宇治茶の生産地、山城地域を巡りたい。JR宇治駅から木津川市の加茂駅へ向かい、駅からタクシーを利用して名刹・海住山寺(かいじゅうせんじ)と茶畑へ向かう。
海住山寺は聖武天皇の勅願で天平7年(735)創建と伝わる古刹。保延3年(1137)に焼失したのち、鎌倉時代の高僧・解脱上人貞慶(げだつしょうにんじょうけい)が再興した。境内には建保2年(1214)建立の国宝五重塔をはじめ、多くの寺宝を有している。
じつは鎌倉時代この寺にいた高僧・慈心上人が、京都・栂尾の高山寺を再興した明恵(みょうえ)上人から茶の種子を受け取り、和束町の鷲峰山の麓に栽培した。和束町は現在、山城地域で最も多くの茶を生産する町である。慈心上人はお茶の栽培のみならず、水田の水を確保するために「大井手」という今なお続く農業用水路をつくったことで尊信されている。ゆえに山城地域の広大なお茶畑を作り上げた祖といえるだろう。
海住山寺
海住山寺からタクシーで約10分、茶畑が点在する風景を見ながら、和束町にある石寺の茶畑に到着。まるで空へ向かい茶畑が延々と続くような圧巻の光景が広がる。
小高い山のすべてが緑の稜線で、「茶源郷」と呼ばれる所以がよくわかる。石寺の茶畑は早場と呼ばれ、4月下旬には茶摘みが開始されるという。新茶の頃の彩りは鮮やかだが、黒い覆いをかぶせて育てる高級茶葉も多いので、遮るものなく延々と緑の茶畑が続くこの時期こそが、茶畑を楽しむ絶好の時期だろう。
さらに北へ向かうと、撰原(えりはら)の茶畑がある。急斜面の山腹を覆うように茶畑が広がり、その中に民家があり道が通じている。
和束町は昼夜の寒暖差が大きく、清々しい空気と豊かな森が生み出す霧が発生するというお茶栽培には最適の場所。連綿と続くお茶文化の基盤がここにあるのだと、実感する。
京都の“奥”は計り知れない魅力に溢れていると、あらためて感じる旅となるだろう。
カーシェア&レンタカーでめぐるお茶の京都
最後に、鉄道×カーシェアで「お茶の京都」を巡るプランをご紹介。山城地域を巡る今回の起点、加茂駅からカーシェアを利用して訪ねることができる。サイトやアプリから簡単に予約でき、保険料・ガソリン代込みで15分220円~とお得。ただし山城地域は山道ばかりなので、運転上級者におすすめだ。
https://ochanokyoto.jp/carshare/
「お茶の京都」の情報サイトには、山城エリアの魅力あるスポットやおすすめの周遊コースがほかにもまだたくさんある。季節のイベントや自分好みのテーマが見つかるので旅の計画の参考にしたい。
https://ochanokyoto.jp
取材・文/関屋淳子 撮影/鈴木誠一