夫の彼女は55歳の「冴えないオバサン」だった
夫は65歳で突然死するまで、由美さんを妻として大切に扱っていたという。
「同級生だし、ケンカしたことはほとんどなかったんです。毎月十分な生活費をくれて、家族で年2回旅行をする。ただ、不穏な空気になったのは、娘が私立高校に進学するとき。“お金が足りない”と言うと、“貯金していなかったの?”と言われたんです。あのときに、生活費の中に貯金分も含まれると知って、ショックを受けました。主人がその日、何も言わずに出て行ってしまったので、実家に借りに行きました。すると父は“勤め人が学費を払うのは厳しい時代だ”と、息子と娘の今後の学費だと、ポンと大金をくれたんです。このお金で、娘と息子は私大の大学を卒業することができました」
そのあたりから、夫婦の距離が離れていたことを感じていたが、夫は由美さんには優しいままだった。黙って話を聞いてくれて、いつも穏やかだったという。
「それなのに、葬式に愛人が来た。しかも、太っていて冴えない感じのおばさんなんです。愛人だとわかったのは、葬式の時にいつまでも棺のそばにいるから。さらに主人の顔を撫でて、大粒の涙を流しているんです。異変を感じた義弟が“どなたですか?”と聞いたら、“長年、お付き合いしておりました”と言う。びっくりして涙も引っ込みました」
そこで動いたのは娘だった。立ち去ろうとする女性の腕を捕まえて連絡先を交換した。由美さんが「これきり縁が切れるでしょ」と言うと、「もしかしたら隠し子がいるかもしれない。ママの頭はお花畑すぎる」と由美さんを叱った。
生活の全てを委ねていた夫が突然亡くなり、悲しみに暮れている間に、夫に愛人がいたショックを受ける。その後、納骨も無事終わった。娘とともに死後の手続きを始め、夫の戸籍を見た。由美さんとの間以外に子供はおらず、安心したという。
全ての手続きを終えたのは2か月後。ホッとしたところで娘は「ママはおそらく一人で20年生きる。そのことを踏まえて話しておきたいことがある」と切り出した。
「まず、愛人についてです。彼女は10歳年下の主人の元部下で、30年も交際していたそうなんです。不倫の関係に疲れ、30歳の時に別の男性と結婚しましたが、すぐに離婚。息子が一人いますが、それは元旦那さんとの間の子だそうです」
女性は、1歳児を連れて33歳で離婚した後、夫のアドバイスを得て、宅地建物取引士の資格を取得。今は不動産系の会社を経営しているという。女性が結婚していた3年間、夫との関係はなかった。彼女の離婚の噂を聞きつけ、夫から連絡をする。そして、2人は再び恋人同士になったという。女性の息子とは血が繋がっていないが、息子は夫を「お父さん」と呼んでいることもわかった。
「私は全く気づきませんでしたが、主人は二重生活をしていたんです。帰宅が遅い、土日も出張になるのは、企業戦士だから当たり前だと思っていました。でも、彼女の家に行っていた」
由美さんが、娘の話を聞き終わり「愛人って、色っぽい美人がなるものだと思っていたけど、ママの方が美人だよね」と言うと、娘は「だから、ママはバカだっていうの! これは言うまいと思っていたんだけど、パパはあの人のところで、“妻とは会話にならない、あなたとの時間が宝物だ”と言っていたんだよ。悔しくないの?」と怒鳴った。
「振り返ってみると、主人と会話をしていましたが、その内容の記憶がない。仕事について話されたこともない。役員になったことは知っていましたが、主人が何に悩み、どんなことをしていたか、全然わからなかったのです」
【「ママはね、42年間、ペットと同じ扱いだったんだよ」と娘から言われ……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。