文/浅見祥子

『わたしの知らない子どもたち』
(配給:K2 Pictures)
原案・脚本・監督/西川美和
出演/小八重葵美、二階堂ふみ、坂東龍汰、櫻井海音、北村有起哉、吉田羊、竹野内豊、岡田准一、田中裕子、役所広司
10月16日(金)全国公開
(C)2026 K2 Pictures・AOI Pro.

この人がつぎにどんな映画を撮るのか? なんとなくず~っと気になっている映画監督はそれほど多くない。西川美和は、間違いなくそんな監督のひとり。最新作が『わたしの知らない子どもたち』と知ったときも、子どもの、どんな話? と心惹かれた。それが日本の戦後とそこに生きた子どもを描くと知り、戦争…? と少しだけ意外にも思えたが、そこは『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』の西川監督。これまでも豊かな物語性を備えた、それでいて人間というものをまっすぐ凝視した映画を丁寧に紡いできた監督の次なる一手に、ひたすら期待感が高まった。

琴子と、琴子の担任教師だった文美子。物語の軸となるふたり。

『わたしの知らない子どもたち』の主人公はおかっぱ頭がお似合いな12歳の少女、茅野琴子。揺るぎない自分を持ちつつ控え目に反骨精神を持ち合わせる音楽家の父と、そんな父を敬愛する母、優しい兄。まずは戦時中の彼らの、豊かで温かい時間が流れる、ごく普通の暮らしが描かれる。琴子は同じおかっぱ頭のゆきちゃん(ふたりが並ぶとなんともカワイイ)と誰もいない学校の講堂に潜り込み、ピアノで‟敵性音楽”として禁じられていた外国の作曲家による曲を演奏する。

それを厳しく叱責するのが、担任の曽根文美子。当時の教師だから当然、戦意高揚を第一に、軍国主義をまっさらな心の子どもたちに迷いなく叩き込んでいく。それでも琴子やゆきにとって、戦火は夜空に浮かぶ遠い花火のようになんとなく遠い。

そして迎えた終戦。その3か月後、ここから真の物語が始まる。琴子は家も家族も失い、焼野原となった東京にたったひとりで放り出される。自分と同じように戦争孤児となった子どもたちに食べものや持ちものをかっぱらわれ、子どもが靴磨きで生計を立てたりしているのを知る。そうして少女として生きることの地獄を垣間見た琴子は、自ら髪を切って少年として生きることを決意。やがて同じように路上で生きる将吉と出会い、仲間ができて支え合い、居場所を見つけていく。

一方で文美子は大きなお腹を抱え、婚約者を失い、頼る人も仕事もなく、また途方に暮れている。食べることにも困る日々に、教師としての誇りもずたずたになっている。赤ん坊が生まれてからも、戦中戦後で価値観がガラリと変わった現実を、母親として生きなければならない。混乱は自分の内でも外でも過酷なまでにぎりぎりの状態。そこに琴子の父親の友人から、「琴子を探している」という知らせを受ける――。

自ら髪を短く切り、少年として生きる琴子とその仲間たち。青いシャツ姿の琴子、右隣がマー坊、その奥にいるのが将吉。

この物語の始まりは、ノンフィクション小説を元にした西川監督の前作『すばらしき世界』の制作過程にあった。主人公が終戦後の街や米軍キャンプで戦争孤児と行動を共にしながら育ったと知り、「戦争孤児と呼ばれた子どもたちは、どこから来て、どこへ行ったのか? 私はあまりにも彼らのことを知らない」という思いを抱いたのがきっかけだった。戦後80年、もちろん監督自身、戦争も戦後も体験してはいない。そこで物語が力を持つ。

琴子と文美子、二人を軸にしたエピソードに特別な変化球や、これ見よがしな表現はない。ただただエピソードの一つひとつに嘘がないと思わせ、心がこもっていて、そのセリフの裏にはまた別の物語を想起させるような奥行きがある。そうしてそれぞれが重なり、どのシーンもイキイキとしている。戦争を描くのか…と無意識に心を暗い陰が覆いそうになったが、いつの間にかそんなものはとっくに超え、物語へ深く入り込んでしまう。

そこではなにより、主人公の琴子を演じる小八重葵美の大きな瞳が意味を持つ。澄んだ眼差しで、こちらをじーっと見つめる琴子。もう、ただそれだけで、いつまでも観ていられるような気になる。将吉役の羽山由一郎という少年の、セリフがつくりものに響かない、ナチュラルな説得力にも驚かされる。戦後の混乱をたったひとりで生き抜いてきて、年齢を超えた落ち着きや諦観を確かにさりげなく身にまとう。もちろん監督の演出ありきだろうが、やんちゃ担当のマー坊しかり、子どもたちが本当に素晴らしい。

子どもたちの面倒をみるヤクザの親分役の岡田准一が、ひょいっとマー坊を抱き上げる。この役で色気を漂わせる凄腕ぶり。

彼らを支える大人の俳優も、本物の腕利きばかり。文美子役の二階堂ふみがいつも通りに揺るぎなくその役として立っているのはもちろんのこと、出演シーンが決して多くない俳優たちがさすがの力を見せている。琴子らと短い時間を過ごすことになる漁村の老夫婦を演じる役所広司と田中裕子。名前だけで例の重量級の芝居が浮かぶようだが、その想像も軽々と超え、佇まいや一言のセリフがずっしりとこちらの心に響いてくる(役回りとして、今回はとにかく田中裕子がスゴイ)。

そして岡田准一。将吉や琴子に仕事を与えて面倒をみるヤクザの親分、菊沢を演じる。戦後の混乱期に身寄りがなく、子ども同士で肩を寄せ合い、ストリートで生きるしかない戦争孤児にとって、なにかと気にかけてくれる大人の存在がどれほど力強いか。そのどっしりとした佇まいと、裏社会を生きる男の色気までもをまとう岡田にしびれた。ただのヤクザの親分、では終わらないあの感じ。彼が演じたことで、この役はずっと魅力的なものになったのは間違いない。

また琴子の出征した兄を演じる櫻井海音も、いくつかのシーンで場をさらう。父親譲りの音楽の才能、けれどその繊細さゆえに戦地でずたずたになった心を、少ないシーンで表現する必要がある難役。彼がバイオリンを弾くシーンは見もの。櫻井自身、さすがの音楽的才能を見せる。

そのシーンに限らず、この映画では音楽が重要な役割を果たす。それが感覚に訴え、ハッとさせる瞬間を画面に刻んでいる。ラストも清々しい。やや長めの上映時間はあっという間で、琴子の物語を、まるで自分も生きたかのような感覚に陥る。西川美和監督は、もはや巨匠の風格。かなりの大作には違いないが、無駄な気負いは感じられず、ひたすらに自分の映画を自分のやり口で、冷静に構築していることに驚かされる。それで改めて、次はどんな映画? といつも通りにもはや期待してしまう。こうしてまた、次なる一手を待ち望む数年を送ることになるのだろう。

琴子が出会う老夫婦。長い歳月を海風にさらされて二人で生きてきた風情。その説得力はさすが。

【映画深掘りネタ帳】

サブスク時代、『わたしの知らない子どもたち』をより深く味わうための映画ネタを紹介。

『すばらしき世界』(2020年製作)

『わたしの知らない子どもたち』で貧しい漁師を演じた役所広司が、西川美和監督作で主演を務めた作品。役所が演じたのは、人を殺して服役した元ヤクザの三上。施設で育ち、カッとなったら手がつけられない。そんな彼が出所してアパートを借り、仕事を探し、「こんどこそカタギに」と奮闘するが、世間との折り合いは簡単ではない。役所は坊主頭がのびたような頭で、福岡弁丸出し。あまり学はないけれど、まっとうな思いやりの持ち主でもある三上を、ときにコミカルに、そういう人としか思えない在り方で構築していく。これは人間の不寛容に関する物語でもあって、観客は、ふつうなら好感を持つのが難しい三上のような男に、気づけば深く感情移入してしまう。この共感させる力こそ、西川監督の得意技。

文/浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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