東京オリンピック・パラリンピック競技大会を機に日本文化の魅力を発信するプログラムが盛んに行なわれています。その推進役である文化庁、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、東京都の担当者らが集まり、「文化プログラム参加促進シンポジウム」が行なわれました。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会を契機に日本の文化を発信する動きが活発化しています。その推進役である文化庁、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)、東京都の三者が集まり、現在の取組を紹介し、ゲストと議論する「文化プログラム参加促進シンポジウム」が2月18日(火)に東京都内で行なわれました。
そもそも、なぜオリンピック・パラリンピック競技大会というスポーツのイベントに、文化プログラムなのでしょう。
その答えは、近代オリンピズムの生みの親であるピエール・ド・クーベルタン男爵によって唱道されたオリンピック憲章にあります。このオリンピック憲章の根本原則は、<オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。>という記述から始まります。つまり、スポーツを、文化や教育と融合させることが、謳われているのです。そして、この文化プログラムへの取組は、テレビドラマ「いだてん」でも描かれた1912年(明治45)のストックホルム大会から徐々に始まります。そして、この動きが活発化するのは、2012年(平成24)のロンドン大会から。今年の東京大会で、どのような文化プログラムが楽しめるかが、各国から注目されているのです。
文化の文化芸術立国の基盤作りに取り組む文化庁
東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた文化プログラムの全体像は、下図のようになっています。各種のさまざまな文化イベントがあるなかで、各種団体に向けた認証プログラムと(グリーン)、文化庁、組織委員会、東京都が手がけるもの(オレンジ)に大別されます。前者は、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局が中心となって取り組む「beyond2020プログラム」(濃グリーン)と、組織委員会の「文化オリンピアード」(薄グリーン)の2つ。そして、文化庁の「日本博」、組織委員会の「東京2020 NIPPONフェスティバル」、東京都の「Tokyo Tokyo FESTIVAL」(以上、オレンジ部分)と、それぞれに特色あるプログラムが実施されています。
「日本博は、故・津川雅彦氏を座長とする『日本の美総合プロジェクト懇談会』の中で提唱されたプロジェクト。文科省・文化庁を中心にしながら、政府全体で準備を進めているものです。2015年から取り組みを始めていて、『日本仏像展』(2016年、ローマ)、「ジャポニズム2018」(2018年、パリ)を経て、『日本博』に至っています」と話すのは、文化庁参事官・坪田知広氏。
日本博は、「日本人と自然」をテーマに、縄文から現代に至る日本の文化を「美術・文化財」「メディア芸術」「共生社会・多文化共生」「被災地復興」など8つの分野で展開。これによって「インバウンドの拡充、そして東京だけでなく地方への誘客を狙い、国家ブランディングの確立、ひいては文化芸術立国としての基盤を強化する」(前出・坪田氏)ことを狙いとしているそうです。
組織委員会では、2020大会を盛り上げる祝祭感ある催し
組織委員会が行なう「東京2020 NIPPONフェスティバル」は、<Blooming of Culture 文化は、出会いから花開く。>をテーマに行なう文化プログラム。4月18日(土)に東京体育館で行なわれる祝祭感ある舞台イベント『KABUKI×OPERA「光の王」 Presented by ENEOS』でスタートします。この催しは、歌舞伎役者の市川海老蔵氏、世界的なソプラノ歌手のアンナ・ピロッツィ氏、いま最も魅力的なバリトン歌手と称されるアーウィン・シュロット氏らによる一夜限りの共演で、土屋太鳳氏、Travis Japan(ジャニーズJr.)などが特別出演することも明らかになっています。
このほか組織委員会では、東京オリンピック・パラリンピック競技大会の直前に向けたプログラムのひとつとして「しあわせはこぶ旅モッコが復興を歩む東北からTOKYOへ」を企画しています。このプログラムは「モッコ」とよぶ高さ約10メートルの巨大人形が、岩手県・宮城県・福島県・山形県を訪れ、各会場で東北の人々のメッセージを預かり、それを東京の新宿御苑から世界に発信するというもの。
「モッコという名前は、東北弁のオダヅモッコに由来し、お調子者、おっちょこちょいという意味があるそうです。宮藤官九郎さんが、これに着想を得て命名し、そのモッコの物語を又吉直樹さんに考えていただきました。それを踏まえて、日本を代表する絵本作家の荒井良二さんにベースの世界観を作っていただき、チェコを拠点に活動する沢 則行さんに人形デザインと制作をしていただきました」(組織委員会企画財務局アクション&レガシー部アクション&レガシー担当課長 文化担当・堀 和憲氏)
東京都の区市町村と連携した文化プログラムも
東京都では、オリンピック・パラリンピック競技大会を契機に、東京を活力に満ちた成熟した文化都市にすることを目標に掲げる「東京文化ビジョン」を2015年3月に策定しています。これに基づき、多種多様なアーティストが出会い、ジャンルを超えて文化が集う新しい形の文化発信「東京キャラバン」、障がいや世代など背景や習慣の違いを超えた出会いで表現を生み出すアートプロジェクト「TURN」などを2015年から行なってきました。こうした取り組みを発展させたのが「Tokyo Tokyo FESTIVAL(TTF)」です。
TTFのなかでも象徴的なプロジェクトとして行なわれるのが「Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13」。この文化プログラムでは、斬新で独創的な企画などを幅広く募り、国内外から応募のあった2436件から選ばれた、13の取り組みが行なわれます。その一方で、区市町村と東京都が連携し、都内各地を盛り上げるプログラムなども用意されています。
「都が主導する文化プログラムでは、独自性・多様性を持った東京の文化を世界に発信すること、国際的な芸術文化交流を積極的に展開することなどを大切にしています」(東京都生活文化局文化振興部魅力発信プロジェクト担当課長・松田泰典氏)
多彩なゲストを招いて行なわれたトークセッションとパネルディスカッション
文化庁、組織委員会、東京都の担当者などが登壇して文化プログラムの取組について紹介された第一部に続き、「文化プログラム参加促進シンポジウム」の第二部ではトークセッションとパネルディスカッションに多彩なゲストが登場し、文化プログラムのあり方、向き合い方などについて、さまざまな意見が交わされました。
この日、最も観客の関心を集めたのは、文化庁長官の宮田亮平氏、美術評論家の秋元雄史氏、そして女優の杏氏の3人によるトークセッション。幕末の佐幕派の志士のファンという杏氏は「幕末の歴史は風景写真などが多く残っているので、リアルに感じられる。歴史小説などを読んでいて“知らないのに、知っている”感覚になり、それを想像したりするなかで、好きになっていきました」というエピソードを披露してくれました。
また、テレビ番組「世界遺産」のナレーションを担当していることから、訪れてみたい世界遺産は? と宮田長官が尋ねると、「長崎天草の潜伏キリシタン」という答えが返ってきました。
「長崎天草の潜伏キリシタン関連のナレーションをしたときに気になったのは、野崎島というところにある野首教会。明治に建てられた教会で、今は無人島なのですが、宿泊もできるそうです。もしかしたら電気も通っていないところで見る景色は興味がありますし、そこで昔の人が作ったものが残っているそうなので、まるでタイムカプセルみたいな状態だと思う。とても興味がありますね」
このほか杏氏は、奄美諸島が世界遺産に登録される前に訪れてみたいとか。いろいろな歴史、食、アートなどが凝縮されているところに興味があるそうで、自分の中にある冒険家的、探検家的な感覚が刺激されるのだそうです。
文化は、人間の生活の余白を豊かにするもの 同じ文化が好き! で仲良くなれる奇跡
その後のパネルディスカッションでは、美術評論家の秋元雄史氏、タレントの中川翔子氏、芸人で文部科学省CCC大使の古坂大魔王氏がパネリストとして参加し、文化庁参事官の坪田知広氏がモデレーターを務めました。
古坂氏は、スマホやSNSで世界中の誰もがつながるようになったことで表現方法や、それの伝え方が劇的に変わったことを指摘。また、実現しなかったが、シリアなどの紛争地域からピコ太郎に出演依頼があったことを振り返りました。紛争地で戦いに疲れている戦士たちが、あの動画を見て、「しょうのないものが流行っているな」といって、一瞬でも戦いを忘れ、平和に貢献できたのではないかと自己分析。文化は、衣食住のような生活必需品とは違う、生活の余白の部分だけれど、その余白がないと、人間としては魅力がなくなる、自分は余白のために生まれてきたのではないか、という意見は会場からも賛同する声が上がっていました。
いま新しいアートのメッカとして国際的にも注目されている瀬戸内のベネッセアートサイト直島のディレクターを務めるなど、美術館や展覧会のプロデュースでも大活躍する秋元氏によると、文化には、大きく分けて2つの種類があるそうです。ひとつは、内側に閉じるもの。たとえば日本の文化は、日本圏の内側で共有されるのが一般的。たとえば四季折々の移ろい、面影などを表す言葉は、日本語と密接に結びついています。意外かもしれませんが、文化は本来同じ共同体に閉じる傾向があるそうです。その一方で、そうした壁を超えていく側面があり、それがもうひとつの文化。それは、同じ文化の中で弱者とされる人たちや、閉じようとする文化に違和感や対抗する人たちが作り出すもので、保守的な文化を壊したり、超えていく力を持っているそうです。いわゆるサブカルチャーなどが典型で、マンガやアニメなども中心的な存在だったとしたら、これほど豊かなものにならなかっただろう、と解説していました。
アニメ、マンガ、ゲームなどのサブカルチャーに浸ってきた中川翔子氏は、それらによって世界の人々と仲良くなれることの素晴らしさを繰り返しアピールしていました。例えば外国に行ったとき、「Do you know POKEMON?」と聞くと、「イエーイ!」と初対面でも、言葉が通じなくても盛り上がれてしまうのは、そうしたアニメやゲームなどが「好きという気持ち」でつながることができる、ある意味の奇跡だ、と興奮気味に語っていました。 いま文化庁も変わり始めていて、古坂氏、秋元氏、中川氏らの意見にも刺激を受け、どんどんと化学反応をしてきたいとまとめた文化庁の坪田氏。今後の文化プログラムのあり方について何か刺激を受けていたようでした。
文化プログラム総合ポータルサイト「Culture NIPPON」
https://culture-nippon.go.jp/
文化庁「日本博」
https://japanculturalexpo.bunka.go.jp/
内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局
「beyond2020プログラム」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/beyond2020/
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
「東京2020 NIPPONフェスティバル」
https://tokyo2020.org/ja/events/nippon-festival/
東京都
「Tokyo Tokyo FESTIVAL」
https://tokyotokyofestival.jp/