
年齢を重ねるほど、真正面から本音で助言してくれる人は少なくなります。職場でも家庭でも、立場ができるほど「言ってもらえない」ことが増えるもの。気づかないうちに視野が狭くなったり、考え方が固くなったりするのは、誰にでも起こり得ます。
変化の速い社会をしなやかに生きるには、頭の「可動域」を保つことが大切です。温故知新という言葉のとおり、先人の言葉に触れることで、自分の考えを点検し直すきっかけにもなります。
今回の座右の銘にしたい言葉は「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」(おのれのほっせざるところはひとにほどこすなかれ)です。
「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」の意味
「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「自分が好まないことは人も好まないのだから、他人に向かって、してはならない」とあります。
「欲せざる所」は、自分が望まないこと。「施す」は、ここでは他人に行うことを意味します。「勿れ」は「してはいけない」という禁止を表す言葉です。つまり「自分が人からされたくないと思うことは、決して他の人に対してもしてはいけない」という意味です。
非常にシンプルで、子どもの頃に教わるような道徳の基本ともいえる言葉です。しかし、大人になり、社会的地位や経験という「鎧」を身につけるにつれて、私たちは無意識のうちにこの基本を忘れてしまいがちです。「よかれと思って」という言葉の裏で、相手の気持ちを置き去りにしたアドバイスをしてしまったり、自分のやり方を周囲に強要してしまったりすることは、誰にでも起こり得ることです。
「常に相手の立場に立って物事を考える」という共感と配慮の姿勢を持ち続け、自分と他者は違う人間であることを認めること。相手の心に寄り添うことの大切さを教えてくれる、大人のための自戒の言葉です。
「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」の由来
この言葉は、古代中国の思想家である孔子(こうし)とその弟子たちの言行を記録した書物『論語』に由来しています。
ある時、孔子の弟子の中でも特に優秀だった子貢(しこう)が、「一生涯、それを守って生きていくべき、たった一つの言葉はありますか?」と尋ねました。
その問いに対し、孔子は「それは『恕』(じょ)であろうか」と答え、続けて「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」と語ったとされています。
「恕」とは、相手の心を自分のことのように推し量る「思いやりの心」を指します。孔子は、数ある教えの中でも、この「相手の立場になって考える思いやりの心」こそが、生涯を貫くべき最も大切な信念であると弟子に説いたのです。
「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」を座右の銘としてスピーチするなら
この言葉をスピーチで紹介するときは、漢文の説明だけで終わらせず、生活の中でどのように心がけているかを語りましょう。教訓っぽくなりすぎず、自分の経験に引き寄せて話すことが大切です。
以下に「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」を取り入れたスピーチの例をあげます。

相手の立場を考える大切さを語るスピーチ例
私の座右の銘は、「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」です。
これは、自分がされたくないことは、他人にもしてはいけないという意味です。とても当たり前のことのようですが、日々の生活の中では、案外むずかしいものだと感じています。
年齢を重ねると、経験が増えるぶん、つい自分の考えが正しいと思いやすくなります。けれど、人にはそれぞれ事情があり、受け止め方も違います。自分にとっては何でもない一言が、相手には深く刺さることもあるのです。
だから私は、何かを言う前に「これは自分が言われたらどう感じるだろう?」と、ひと呼吸置くようにしています。家族との会話でも、職場でも、地域の集まりでも、その一瞬の思いやりが、関係をやわらかくしてくれると感じています。
この言葉は、相手を責めないための教えであると同時に、自分自身の言葉や態度を見直すための鏡でもあります。これからも、相手の立場を思いながら、穏やかに人と向き合っていきたいと思っています。
最後に
「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」。当たり前のことのようでいて、実践し続けるのは一生の課題と言えるほど奥深い言葉です。年齢や経験を重ねると、誰かの役に立ちたいという気持ちも強くなるものです。
しかし、善意であっても、相手の希望を確かめなければ押しつけになってしまいます。言いたいことを一度のみ込み、まず相手の話を聞く。その小さな間が、人間関係を穏やかにしてくれるでしょう。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com







