
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第39回です。秀長(演・仲野太賀)が大和郡山から大坂に戻ってきました。
編集者A(以下A):「久しいのう、いく月ぶりじゃ?」「兄者、まだ三月とたっておらぬわ」と例によって「兄弟コント」のやり取りでしたが、え? まだ3か月? と感じました。秀長が大和を加増されたのは天正13年(1585)閏8月。同じ月には秀吉(演・池松壮亮)らが、北陸の佐々成政(演・白洲迅)との間で緊迫した情勢が続いていました。
I:大和郡山では、興福寺とのいざこざがあり、筆屋の才蔵(演・間宮祥太朗)との筆エピソードも展開されました。3か月という短い間の出来事だったのですね。かなりスピーディに展開していたということになります。天正13年は閏8月がありますから、今週は、天正13年10月~11月ということでしょうか。
A:信長の五男(四男とも)で秀吉の養子になっていた於次秀勝(演・柊木陽太)が病床にあることが描かれました。前週の当欄では、於次秀勝の死がスルーされたのではないかと先走ってしまいましたが、秀吉が「年を越せるかどうか」といっていた通り、於次秀勝は12月10日に亡くなります。今週の最後に石川数正(演・迫田孝也)が出奔してきた場面が描かれましたが、これが11月13日です。
I:つまり第39回のメインテーマだった「茶々と秀吉の縁組話が持ち上がった」のは天正13年10月~11月の間ということになるのですね。
A:「於次秀勝」と表記するのは、彼が亡くなった後に秀次(演・山田涼介)の弟小吉が秀勝の名を「襲名」して俗に「小吉秀勝」と称されるためです。それにしても於次秀勝が18歳で亡くなるとはあまりにも残念でした。彼が健康で秀吉の後継者となっていたらと思わずにはいられません。ちなみに於次秀勝と茶々(演・井上和)は従兄妹の関係です。

秀吉、茶々を娶る

I:さて、『豊臣兄弟!』では、秀長が秀吉に茶々を娶るように進言するという展開になりました。これまでにない斬新な流れです。
A:前段では、石田三成(演・松本怜生)、加藤清正(演・伊藤絃)、福島正則(演・松崎優輝)が秀長を囲みながら、「秀吉の縁組」について議論をしていました。こんなことをいうのはものすごく申し訳ないのですが、私、いまだに三成、清正、正則の人定があやふやなんですよ。ぱっと見、「あれ? これ誰だっけ?」となってしまう……。
I:ああ、アイドルグループなどでみられる、「みんな同じに見える現象」ですね。事前に相関図でチェックしたほうがいいですよ。さて、秀長が茶々を娶れと秀吉に進言しますが、秀吉は寧々(演・浜辺美波)に気をつかって拒絶しました。「いくつ離れていると思うておるのじゃ」という台詞もありました。その年齢差は28~30年。親子ほど離れているということになります。さらに寧々の心を慮るような発言もありました。この部分、私はおや? と思いました。これまで、寧々以外の女性の影がまったくなかった設定なのでしょうか(笑)。
A:『豊臣兄弟!』では、寧々以外の「秀吉が愛した女性」が出ていないのでややこしいことになるんですよね。この時分には、若狭守護・武田元明正室だった京極龍子(松の丸殿)や前田利家の娘である摩阿姫(後の加賀殿)が秀吉の側に控えていたはずです。
I:確かに! 摩阿姫は、茶々より年少です。ということは、秀吉が秀長の進言を拒絶してみせたのは、摩阿姫という14歳の女性との縁を紡いだばかりなのに、新たに茶々まではムリ! という「裏設定」なのではないかとも思料できませんか?
A:ということで、秀吉の妻妾についてまとめてみたいと思います。秀吉が亡くなった慶長3年3月(1598年4月)に行なわれた「醍醐の花見」では、秀吉の妻たちがそれぞれ御輿に乗って秀吉に相伴しています。その順番が秀吉の妻としての序列を表しているそうです。
1:寧々(北政所) 2:茶々(淀殿) 3:京極龍子(松の丸殿) 4:織田信長の娘(三の丸殿) 5:前田摩阿(加賀殿)の順番です。『淀殿 われ太閤の妻となりて』(ミネルヴァ日本評伝選)の著書も持つ福田千鶴先生は、この5人はすべて「秀吉の妻」としています。その説に賛同する研究者も多いので、当欄でも、秀吉には5人の妻がいたということにします。茶々=淀殿が二番目なのは、秀吉の子を生んでいるからです。
I:寧々以外の4人も妻か妾かでいえば妻。つまり側室ではないということですね。余談ですが、昭和37年(1962)にインドネシアのスカルノ大統領と結婚した日本人女性(後にデヴィ夫人と呼ばれる)は、スカルノ大統領の第3夫人でした。
A:京極龍子は父が京極高吉、母が浅井長政の姉の京極マリア。浅井三姉妹とは従姉妹の関係になります。若狭の守護武田元明に嫁いでいましたが、「本能寺の変」後に、武田元明が明智光秀(演・要潤)に味方をしてしまったために没落。龍子は秀吉に拾われたのです。
I:京極龍子はものすごい美貌の持ち主だったそうですね。『おんな太閤記』では松原智恵子さん、『利家とまつ 加賀百万石物語』では三浦理恵子さんなどが演じています。前田摩阿は、前田利家の三女。天正13年8月に佐々成政と北陸で合戦に及んだ帰途に、前田利家のもとに立ち寄った秀吉が見初めて、大坂に連れ帰ったともいわれる女性です。
A:桑田忠親先生の『太閤秀吉の手紙』(昭和40年/角川文庫)には、天正14年(1586)とされる5月27日付けの秀吉から摩阿姫への手紙(宛名は姫の乳母)が掲示されています。そのころには「妻」としての立場だったのでしょうか。いずれにしても『豊臣兄弟!』劇中で秀吉と茶々の「縁談」が持ち上がった時点では、すでに京極龍子も摩阿姫も秀吉の側近くに添っていたはずです。
I:大河ドラマは「壮大なるエンターテインメント」ですから、細かいことはいいっこなしでいいのではないですかね?
A:まあ、そうなんですけどね。

市と秀吉、茶々の物語
I:3月29日に放送された『豊臣兄弟!』第12回では、織田信長(演・小栗旬)が小谷城に義弟浅井長政(演・中島歩)を訪ねる場面が描かれました。
A:長持ちに隠れた秀吉と小一郎兄弟が突然飛び出て、お市の方(演・宮崎あおい)を驚かせるシーンがあった回です。このとき、生まれたばかりの赤ん坊=茶々を皆に披露し、秀吉が抱いたのですが、「豊臣の世を作ったものと、終わらせた者の出会い」というナレーションがかぶせられていました。
I:第12回から第39回の放送まで半年ちょっと経過しているのですが、物語上で、秀吉が小谷城で茶々を抱いたのが永禄12年(1569)。大坂城での出来事が天正13年(1585)ですから16年の歳月が流れています。前述の通り、秀吉に茶々を娶るように進言したのが秀長というところがミソです。秀長は「羽柴と織田、浅井がひとつになるのじゃ」といっていました。
A:羽柴と織田はいいとして、そのくくりの中に浅井を入れるというのが、ピンとこないのですよね。視聴者の方々はどう感じられたでしょうか。
I:さて、寧々と茶々が弓術の競射で、「茶々の進路」を決めようという展開になりました。『豊臣兄弟!』はこれまでも重要な場面で、相撲で決着をつけようということがありました。記憶に鮮明なのが第17回。小谷城落城直前の緊迫した段階で、秀吉・小一郎が浅井長政と相撲をとるという場面が挿入されました。
A:柴田勝家(演・山口馬木也)と秀吉が激突した賤ヶ岳の戦いの直前には、勝家と前田利家(演・大東駿介)らが腕相撲に興じる場面も描かれました。制作陣はよっぽどこういうのが好きなんですね。
I:私は浜辺美波さん演じる若いころの寧々が大好きでした。明るくて天真爛漫。前田利家の妻・まつ(演・菅井友香)らと軽口を叩きあうキャラクターを愛くるしく思っていました。ところが最近の寧々は、なんだかすっかり大人な感じ。「あれ? こんなキャラだっけ?」といつも思っています。
A:それはともかく、今週の寧々と茶々の「弓対決」は、ものすごく重要なシーンだと感じています。ざっくりいうと、本妻寧々が、次妻となる茶々を正式に承認する「儀式」になったということです。当時、子を儲けるには本妻の承認を要していたともいわれていますが、エンタメに寄せた「弓対決」が、「本妻寧々が茶々に対して秀吉の子を儲けることを正式に承認した」ということを表現した「重厚な場面」ということになるのです。実際、わずかな尺でしたが、秀吉と茶々の床入りと思われる場面も挿入されました。
I:エンタメに寄せたといえば、茶々が秀長に対して矢を射る場面もそうですよね。高校の弓道部に所属していた井上和さんをフィーチャーする「エンタメシーン」で私もおもしろく見ていました。その一方で、『豊臣兄弟!』は小学生など若い世代に人気のようですから、ぜひご家族で話題にしてほしいのですが、「信長の姪」という「印籠」は、どこまで通用したのか、ということです。
A:なるほど。すでに信長次男で織田家の家督を継承した信雄(演・山脇辰哉)は、秀吉が関白となり、官位面でも秀吉の下位となり、秀吉と織田家の立場は逆転しています。そうした中で、「信長の姪」でしかない茶々が、現職の関白の弟に矢を射るということができるのか否かっていうことですよね。「エンタメシーン」ですからこれはこれでいいのですが、例えば『江 姫たちの戦国』などでも江(演・上野樹里)が秀吉(演・岸谷五朗)をサル呼ばわりするシーンがあったりします。実際のところ、そこまでやんちゃできるのか、ということですね。
I:これは専門家の意見を聞きたいところです。しっかり取材して、その結果を別途リポートしたいと思います。

※宮崎あおいの「崎」は正しくは「たつさき」。
●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり







