クマの大量出没問題が試す社会の知性

『クマが棲む街で』 秋田魁新報「クマ問題」取材班著

秋田魁新報社(電話:018・888・1859) 1980円

クマの大量出没を受け、関連本が相次いで刊行されている。本書は、クマによる人身被害が最も多い秋田県の新聞社が出した点でまず興味深い。今世紀初頭から断続的に報じて来た特集記事からなる点でも、類書とは一線を画す。

林業が盛んで山村に活気が満ち溢れていた時代、人里の自然は“利用過多”で、緑はまばらだった。クマのような大型動物が安心して棲める環境ではなく、人が来ない奥山に身を潜めているしかなかった。これは多くの識者が以前から指摘している基本認識である。

ところが、山村の基幹産業の林業が急速に衰退。街へ出た若者も帰ってこなくなった。放棄された山林や小さな田畑では再び植物の遷移(競合)が始まり、暗く鬱蒼とした緑が拡大していく。

こうした“自然の押し返し”が、人と大型動物の間の結界的な境を消し、深い緑は市街地にまで到達してきている。もはや東京周辺でもクマ問題は他人事ではない。

’80年代のクマは守るべき存在

秋田県は、クマを獲って生計を立ててきた集団・マタギのふるさととして知られる。評者がまず目を引き付けられたのは、1985年に秋田県がまとめた「ツキノワグマ生態調査報告」だ。そこには、こう記されている。《安全な生息を脅かす要因は、増えこそすれ減ることはないと考えられる》。クマの生息数は予断を許さない状況にあり、管理の軸足は捕獲でなく保護に置くべきという意味だ。

懸念要因は、人間の生活圏拡大と産業の進行だとも記す。現在の状況とは180度異なるが、’80年代という時代性を考えれば無理もない。高度経済成長の再来として日本中が開発に期待を寄せる、バブル膨張のタイミングだった。

だが、経済は右肩上がりで続くという見立ては外れ、さまざまな社会政策に影を落とすことになる。そんな影響の一端が、クマという形で表出したのが秋田県だ。

人気観光地で知られる角館の武家屋敷にクマが出没する。市街地のスーパーにクマが侵入する──。枚挙にいとまがないが、悲惨な人身事故が多いのも秋田県の特徴だ。一命をとりとめたものの、恐怖と後遺症から心にも大きな傷を負った被害者の声は、人と野生動物との共生の難しさを浮き彫りにする。

一方で、被害を受けながらも「クマに恨みはない」「そういう土地に住んできたのだから」と、棲み分けの考えに理解を示す住民もいる。ある研究者は《クマに私たちを理解してもらうことはできない》と語る。人間側がクマという存在をどう理解して扱うか。日本社会の知性が試されている。

暮らしの中でおなじみの「キミの名」は?

『絶対に見たことがあるアレの正体、聞いてみた』 井上マサキ著

大和書房 https://www.daiwashobo.co.jp/ 1980円

名前は知らないが、誰でも存在を知っている。そうした唯一無二、あるいはすき間的な商品で勝負しているオンリーワン企業を訪ね、正式名称だけでなく、開発ヒストリーにまで迫ったのが本書。例えば、スーパーなどでよく聴く「♪ポポポポポポ〜」の音源は『呼び込み君』という音声POP機器だ。人の声も加えることができ、客が近づくと「いらっしゃいませ、本日の目玉商品は……」と自動的にアナウンスする。プチプチの名でおなじみの気泡緩衝材には、1万気泡に1個だけ、丸形ではなくハート形の気泡が入ったシリーズや、ストレス解消用に“潰し心地”を究めたものまである。写真やQRコードも効果的に取り入れた、楽しくわかりやすい訪問記だ。

国家権力の横暴が混乱を招いた成田空港の歴史

『成田空港秘話 三里塚闘争から「第2の開港」まで』 大和田武士著

朝日新聞出版(電話:03・5540・7793) 1760円

再来年で開港50周年を迎える成田国際空港。その歴史は今も国家事業計画の反面教師だ。唐突な計画発表と強権的な土地収用。農民の一揆的な抵抗に学生や過激派が合流し、予定地は混乱に陥る。農家の女性は糞尿爆弾を、学生は火炎瓶を権力側に投げつけた。バリケードに体を鎖で縛った女性が杭ごと重機で引きずられることもあった。酸鼻を極めたこの闘争では警察官にも死者が出た。反対派はやがて分裂し反目。希望を失い命を絶った農家の若者もいた。国家権力の横暴が引き金となった大事件だが、’93年の円卓会議実現を機に収束へと向かう。恨みは一旦おき、地域のこれからを考えようという未来志向が、積年のわだかまりを溶かした経緯を丹念に取材。

選・文/鹿熊 勤 ※文中、敬称略。

※『サライ』2026年8月号より

8月号特集は「本格焼酎」は風土で味わう

 

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