
「近い将来、自ら育てた天草産の芋だけで焼酎を造ります」
平下 豊さん

1977年生まれ、48歳。天草酒造4代目蔵元。東京農業大学醸造学科を卒業後、家業の天草酒造に入社し、芋焼酎『池の露』を26年ぶりに復活させる。現在は同社長として奮闘のかたわら、地域活性化のイベントを手がけるなど、地方創生のリーダーとしても活躍中。
自社の芋畑に立つ平下さん。島内の耕作放棄地などを借り、作付けを増やしている。「いずれは100%天草産の芋を使いたい」と語る。
熊本県から鹿児島県にかけて、大小約120の島々からなる天草諸島。主島のひとつの下島に、天草でただひとつの酒蔵、「天草酒造」がある。蒸留蔵は、不知火海の島々が望める風光明媚な高台に立つ。
1899年(明治32)設立の天草酒造で、4代目を務めるのは平下豊さん。「すべては天草のために」をモットーとする。
「大学の4年間を東京で過ごして、卒業後すぐに家業に就いたので、天草酒造以外での仕事経験はないんです」(平下さん)
現在は『天草』(純米焼酎、本格麦焼酎)と『池の露』(本格芋焼酎)という、ふたつのブランドの焼酎を主軸に生産を続ける。
「天草に帰ってきたころは、売れ筋の米焼酎の売り上げが徐々に下がっていたころでした。そこに第3次焼酎ブーム(2000年代初頭〜)が起こり、うちのような手造りの焼酎が注目され、とくに麦焼酎が売れました。米は地元向け、麦は東京という棲み分けで経営も持ち直していきました」
芋焼酎を復活させた


当時、天草酒造で製造が途絶えていた焼酎があった。創業から1980年まで造られていた芋焼酎である。島内でよく飲まれていた芋焼酎だが、すっきり飲める米と麦の時代に合わなくなっていた。
「米と麦はそこそこ売れていたのですが、よそと同じことをやっていては未来はないと、一念発起して芋の『池の露』を26年ぶりに復活させたのです。それが2006年、29歳のとき。雑誌に取り上げられて評判になりました。それからは、どうやればいい焼酎が造れるのか、地域の付き合いも断り研究に没頭しました。人生でいちばん尖っていたころです」
だが、その勢いも長くは続かなかった。
「4〜5年後には売り上げが落ち始めてあせりました。これからどうやって焼酎を売っていけばよいのか、わからなくなってしまった」
「自分も含めて、天草ではなにも手を打っていないことに気づきました。周りを見れば、人口減で島の活力が衰退。私の子どもたちの同級生は近所におらず、こんな状況で焼酎を造り続けても、先はないぞと思い始めました」
平下さんはそれまでの“引きこもり”状態から一転、地域の祭りやイベントに積極的に出かけ、自社の焼酎のPRに努めた。
「天草に焼酎蔵があったのか、と言われたこともあります」
まず天草が元気にならなければ、という平下さんの思いが、焼酎造りの転換点になった。
「それまでは麹菌や蒸留方法のことばかり考えていましたが、芋焼酎造りにはいい芋が欠かせない、素材のよさが味の決め手となる。ならば自分たちで納得のいく芋を作ればいいのではないかと、蔵の周りの耕作放棄地を借りて無農薬の農業を始めたのです」
そうやって次第に農地を広げ、自社でまかなう比率を上げてきた。今年は仕込量の約4割が自社栽培になる見込みだ。それに島内の提携農家からの分を合わせると、約6割の芋が天草産になる。
「すべて天草産の原料で造った芋焼酎を『池の露 土着』の名で販売していますが、ほかの商品もすべて土着(オール天草産)があたり前になればいいと思っています」
一滴ずつゆっくり行なう古式蒸留法で、醪の香りと旨味を引き出す



焼酎造りだけでなく、酒蔵のある新和町を盛り上げる「新和 de KANPAI」というイベントを主催するなど、平下さんは島おこしのリーダー的側面も持つ。
平下さんはこう語る。
「芋を作り始めて、農業に勝るものはないと確信しました。この先は、農家が焼酎を造っている、そんな未来像を抱いています」
天草酒造

住所:熊本県天草市新和町小宮地11808
電話番号: 0969・46・2013
ホームページ:https://ikenotsuyu.com/
※カフェ『KANPAI AMAKUSA』の営業日は要問い合わせ
古酒のロックで味わう“出汁”をきかせた天草料理

天草でしか味わえない美味
「天草は豊かな食材に恵まれ、魚介類も肉も、野菜も米も豊饒です。美味しい料理をいただきながら、焼酎をじっくり飲むのが天草スタイル」という、平下さんのおすすめが、天草市中心部にある『東浜 凜太楼』だ。天草出身の白川友聖さん(36歳)は京都の老舗料亭『木乃婦』で修業後、いくつかの名店の料理長を経て7年前に自身の店を開く。食材も焼酎も「オール天草」が味わえる評判店だ。
「天草で京料理を出すのではなく、地元の食材を使い、ここでしか味わえない料理を提供しています」と、白川さんは、新しい郷土の味を追究している。


東浜 凜太楼
住所:熊本県天草市東浜町6-31
電話番号:0969・24・8123
営業時間:18時~22時30分
定休日:不定
交通アクセス:天草空港からタクシーで約10分、阿蘇熊本空港から空港線バスで約2時間30分。本渡バスセンター下車徒歩約7分
取材・文/宇野正樹 撮影/松隈直樹
※『サライ』2026年8月号より












