地元の米を使い甕で仕込んだ純米焼酎『天草』25度1800㎖(以下同)、2250円前後。芋や麹用の米を自家栽培した芋焼酎『池の露』3300円前後。酒蔵に併設するカフェ『KANPAI AMAKUSA』からは不知火海が一望できる。

「近い将来、自ら育てた天草産の芋だけで焼酎を造ります」

平下 豊さん

ひらした・ゆたか 
1977年生まれ、48歳。天草酒造4代目蔵元。東京農業大学醸造学科を卒業後、家業の天草酒造に入社し、芋焼酎『池の露』を26年ぶりに復活させる。現在は同社長として奮闘のかたわら、地域活性化のイベントを手がけるなど、地方創生のリーダーとしても活躍中。
自社の芋畑に立つ平下さん。島内の耕作放棄地などを借り、作付けを増やしている。「いずれは100%天草産の芋を使いたい」と語る。

熊本県から鹿児島県にかけて、大小約120の島々からなる天草諸島。主島のひとつの下島に、天草でただひとつの酒蔵、「天草酒造」がある。蒸留蔵は、不知火海の島々が望める風光明媚な高台に立つ。

1899年(明治32)設立の天草酒造で、4代目を務めるのは平下豊さん。「すべては天草のために」をモットーとする。

「大学の4年間を東京で過ごして、卒業後すぐに家業に就いたので、天草酒造以外での仕事経験はないんです」(平下さん)

現在は『天草』(純米焼酎、本格麦焼酎)と『池の露』(本格芋焼酎)という、ふたつのブランドの焼酎を主軸に生産を続ける。

「天草に帰ってきたころは、売れ筋の米焼酎の売り上げが徐々に下がっていたころでした。そこに第3次焼酎ブーム(2000年代初頭〜)が起こり、うちのような手造りの焼酎が注目され、とくに麦焼酎が売れました。米は地元向け、麦は東京という棲み分けで経営も持ち直していきました」

芋焼酎を復活させた

春に作付けして1か月程度経った芋の苗。収穫の10月以降は焼酎造りが本格化し、繁忙期に突入する。
蔵の周りには自社の田畑が広がる。

当時、天草酒造で製造が途絶えていた焼酎があった。創業から1980年まで造られていた芋焼酎である。島内でよく飲まれていた芋焼酎だが、すっきり飲める米と麦の時代に合わなくなっていた。

「米と麦はそこそこ売れていたのですが、よそと同じことをやっていては未来はないと、一念発起して芋の『池の露』を26年ぶりに復活させたのです。それが2006年、29歳のとき。雑誌に取り上げられて評判になりました。それからは、どうやればいい焼酎が造れるのか、地域の付き合いも断り研究に没頭しました。人生でいちばん尖っていたころです」

だが、その勢いも長くは続かなかった。

「4〜5年後には売り上げが落ち始めてあせりました。これからどうやって焼酎を売っていけばよいのか、わからなくなってしまった」

「自分も含めて、天草ではなにも手を打っていないことに気づきました。周りを見れば、人口減で島の活力が衰退。私の子どもたちの同級生は近所におらず、こんな状況で焼酎を造り続けても、先はないぞと思い始めました」

平下さんはそれまでの“引きこもり”状態から一転、地域の祭りやイベントに積極的に出かけ、自社の焼酎のPRに努めた。

「天草に焼酎蔵があったのか、と言われたこともあります」

まず天草が元気にならなければ、という平下さんの思いが、焼酎造りの転換点になった。

「それまでは麹菌や蒸留方法のことばかり考えていましたが、芋焼酎造りにはいい芋が欠かせない、素材のよさが味の決め手となる。ならば自分たちで納得のいく芋を作ればいいのではないかと、蔵の周りの耕作放棄地を借りて無農薬の農業を始めたのです」

そうやって次第に農地を広げ、自社でまかなう比率を上げてきた。今年は仕込量の約4割が自社栽培になる見込みだ。それに島内の提携農家からの分を合わせると、約6割の芋が天草産になる。

「すべて天草産の原料で造った芋焼酎を『池の露 土着』の名で販売していますが、ほかの商品もすべて土着(オール天草産)があたり前になればいいと思っています」

一滴ずつゆっくり行なう古式蒸留法で、醪の香りと旨味を引き出す

芋焼酎の蒸留器2種。通常の『池の露』は左のステンレスの蒸留器で造る。右の竹に囲われているのは、古式の「カブト釜式蒸留器」で約2倍の時間をかけ、ゆっくり蒸留する。
米を発酵させる網代編みの麹ぶた。底面は通気性のよい竹で編んであり、発酵に適した温度を保つ。
醪(もろみ)は甕仕込み。大きさの違う甕が27基埋め込まれている。

焼酎造りだけでなく、酒蔵のある新和町を盛り上げる「新和 de KANPAI」というイベントを主催するなど、平下さんは島おこしのリーダー的側面も持つ。

平下さんはこう語る。

「芋を作り始めて、農業に勝るものはないと確信しました。この先は、農家が焼酎を造っている、そんな未来像を抱いています」

天草酒造

住所:熊本県天草市新和町小宮地11808 
電話番号: 0969・46・2013 
ホームページ:https://ikenotsuyu.com/ 
※カフェ『KANPAI AMAKUSA』の営業日は要問い合わせ

古酒のロックで味わう“出汁”をきかせた天草料理

手前から時計回りに「八寸」は車海老、うつぼの唐揚げ、からすみ、蛸、茄子など満載。時価。天草で水揚げされたハモの「ハモしゃぶ」4500円。炭火焼きにした天草大王(鶏)の「大王ご飯」2000円。麦焼酎『天草熟成古酒』はグラス500円。

天草でしか味わえない美味

「天草は豊かな食材に恵まれ、魚介類も肉も、野菜も米も豊饒です。美味しい料理をいただきながら、焼酎をじっくり飲むのが天草スタイル」という、平下さんのおすすめが、天草市中心部にある『東浜 凜太楼』だ。天草出身の白川友聖さん(36歳)は京都の老舗料亭『木乃婦』で修業後、いくつかの名店の料理長を経て7年前に自身の店を開く。食材も焼酎も「オール天草」が味わえる評判店だ。

「天草で京料理を出すのではなく、地元の食材を使い、ここでしか味わえない料理を提供しています」と、白川さんは、新しい郷土の味を追究している。

白川さんと妻の明日香さん。
出汁の基本は天草の雑節。鯖の燻製節と鰯の燻製節を2:1でブレンド。

東浜 凜太楼

住所:熊本県天草市東浜町6-31 
電話番号:0969・24・8123 
営業時間:18時~22時30分 
定休日:不定 
交通アクセス:天草空港からタクシーで約10分、阿蘇熊本空港から空港線バスで約2時間30分。本渡バスセンター下車徒歩約7分

取材・文/宇野正樹 撮影/松隈直樹 

※『サライ』2026年8月号より

8月号特集は「本格焼酎」は風土で味わう

 

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