右/市川團十郎(いちかわ・だんじゅうろう)
1977年生まれ、東京都出身。1983年に初御目見得。1985年、『外郎売(ういろううり)』で七代目市川新之助を名乗って初舞台、2004年に十一代目市川海老蔵を、2022年に十三代目市川團十郎白猿を襲名した。またNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」、映画『出口のない海』『一命』『利休にたずねよ』『喰女-クイメ-』でいずれも主演を務め、2001年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、2007年フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
左/三池崇史(みいけ・たかし)監督
1960年生まれ、大阪府出身。1991年に監督デビュー。2007年に『オーディション』が、TIME誌ホラー映画ベスト25の一本に選出。作品数は100を超える。米国アカデミー会員、CAAとマネージメント契約。映画『バッド・ルーテナント:トウキョウ』が公開待機中、本作は北米公開も決定。英歌手・チャーリーXCX主演のホラー『UNTITLED KYOTO MOVIE(仮)』の製作進行中。

「團十郎さんは生きてきた世界が違う」(三池監督)

十三代目市川團十郎白猿と八代目市川新之助の親子襲名披露を記録した『襲名』で、三池崇史監督がドキュメンタリー映画に初挑戦。團十郎さんと三池監督は『一命』『喰女-クイメ-』『無限の住人』と3本の映画、「六本木歌舞伎」の第1~3弾でタッグを組んでいます。襲名について、映画のこと、これからのこと、團十郎さんと三池監督に聞きました。

『襲名』
(配給:K2Pictures)
出演/市川團十郎、市川新之助
ナレーション/杏
監督/三池崇史
祝幕/村上隆
9/25~全国公開
(C)2026 K2 Pictures・3Top

――『襲名』のオファーを受け、映画の構成はどのように考えていきましたか? 撮影の感想は?

三池崇史監督(以下、三池)「襲名披露興行の演目だけを、淡々と記録に残すのがスマートではないか。それで襲名以前の姿は市川家のことも含め、ダイジェストであるべきだなと。ただ私自身は歌舞伎についてはほとんど素人で、團十郎さんを通してしか知りません。だから高いところからモノを言うような、知ったかぶりは出来ない。なるべく淡々と、意図を持たず、感動的にし過ぎず、演出というものをあまり感じられないように。そうして最後はナレーションもなくし、芸の一端を出来るだけ臨場感のある形で観ていただく。海老蔵時代から、SNSやドキュメンタリー番組でプライベートな部分を発信されていますから、別のアプローチはないか? と考え、結果的にこういう作品になったと。襲名したあの日の芝居、オーラというか存在感は特別なもので。そこを記録出来たことも、価値があると感じております」

市川團十郎(以下、團十郎)「歌舞伎俳優の楽屋には様々なお客様がいらっしゃるのですが、私は若いときからそれが苦手で。歌舞伎俳優以外で楽屋にいても違和感がない方が、おふたりだけいまして。おひとりは写真家の篠山紀信さん、もうおひとりが三池監督でした。これほど存在感があるのに(笑)、きめ細かいというのか…。監督としての目線に、余計なものがないのでしょう。篠山さんもそうだった気がします。太陽や風や森のように、ただそこにいる。改めてモノをつくるときのそうしたスタンスは、なかなか難しいものだろうと」

三池「僕の場合はほら、びびって小さくなっているから目につかないだけで」

團十郎「そんなことはありません(笑)。やはりきめ細かいということだろうと思います」

祝幕を手掛けたのは世界的な現代美術家、村上隆!

――おふたりはこれまで映画と歌舞伎の舞台で何度もご一緒されていますね?

團十郎「共通して感じたのは監督の愛です、愛が深い。スタッフ一人ひとり、私に対してもそうです。監督は、海老蔵時代の私と出会ったときに色々と衝撃を受けられたようで、そのときの強烈な印象を持ち続けたまま、團十郎になるところを見ることになったので、その感覚は他の方とは明らかに違うと思います。監督の作品には暴力的だったり激しいものが比較的多いですが、今回のドキュメンタリーではすべてを削るように、引き算をやりきったときの演出力がまたさらに“エグい”。新しいものを発見させていただきました」

――歌舞伎俳優としての團十郎さんをどう思われましたか?

三池「むき出しなんです、表も裏もない。それで人となりのすべてが團十郎の芝居に込められているなと。稽古場などでも正直で一見、忖度なく立ち居振る舞い、普段はとても厳しいです。でも『六本木歌舞伎』でご一緒したときも、打ち上げでは座員がみなさん良い顔をしている。ファミリーなんですね。團十郎さんは生きてきた世界が違う。團十郎になり、團十郎を極めながら次の海老蔵、團十郎をつくっていく。そのパワー、襲名というものの重さ、迫力、逃げ場のないこと。他に代わりはなく、常に舞台へ立ち続けるわけです。それはちょっと想像がつかない。ふつうの人で、務まるわけがないですよね。幼いころからそれを繰り返してきたわけで、覚悟が違うのだろうなと。映画なら、あるシーンのあるセリフは、OKが出たらもう二度と言わないし、僕らも撮らない。台本は撮影して、消費していくものです。でも歌舞伎俳優はどこか頭のつくりが違っていて、記憶したものを開く術が訓練されているよう。眠っていたものを、ぱらぱらっと引き出せるんです。映画の俳優とは根本から違い、演じることの意味合いもまったく違う。その迫力が面白くて」

――「むき出し」というのは映画での印象とはまた違うのでしょうか?

三池「あ、映画でもむき出しです(笑)。そこがまた僕らふつうの人間で、ふつうに生きようとしている人間から見ると魅力的でもあるし、厄介だろうと思う点でもあるわけです」

――映画にはご自身の幼少期と、八代目を襲名したばかりの新之助さんの姿が映し出されます。当時のご自身と比較し、歌舞伎俳優としての新之助さんをどう思われますか?

團十郎「新之助の方が、遥かに大人だなと。モノの分別がわかっている。私はわかっていませんでしたね」

――そうなんですか?

團十郎「世の中の一般常識や体裁を整えようとすること、それが正しいか? と言ったら、恐らく正しくないと思うのです、モノをつくる上では。芸術に携わるなら、分別がつく、つかないと意識した時点でちょいと負けでもある。叱るというのも、愛情の問題で。注意してあげるって愛、ほったらかしで、関心がないことがもっとひどい仕打ちで…って、なんの話でしたっけ? 新之助だ(笑)。新之助はまだ海のものとも山のものともわからずで。ただあのときの彼は今の彼ではないし、置かれた立場がまた異なります。しかも、そこを考えられるかどうか? そのキャパシティが、自分の幼少期とは違うなと」

――しかも監督がおっしゃるように、團十郎を襲名し、自分がパフォーマーでありながら次の團十郎を育成するというシステムで。

團十郎「そこはかなり計画的に、その計画を本人に悟らせずに遂行することが大事だなと。そこで現時点では、13歳の市川新之助くんのことは褒めないといけない。叱っちゃいけないと思っています。もちろんほめ過ぎはいけないし、釘を刺すべきときは刺さないと。ちゃんと、抜ける‟釘”を。それでこれからも紆余曲折しながら、いずれ立派な團十郎になれるよう、計画的に動いています。たぶん、父も同じだったと思います。私のような破天荒な人間は、箱に入れるより、伸びるだけ伸びろ、あとは私が責任を取ってやるから好きにやれ!と。まあ…好きにやり過ぎた感もありますけど」

三池「ふふふ」

團十郎「伝統的な歌舞伎の世界で‟かぶく”ことを忘れずに。娘のぼたんにも才能がありますから、子どもの可能性をゼロにしないことが親の務めかなと思っています」

襲名披露公演の口上。團十郎さんと新之助さんの周りには、歌舞伎界のスターがズラリ。

――歌舞伎俳優は板の上でだけ評価されるべきと言われることもありますが、この映画ではその過程もカメラが追っています。成田山での修行の光景も貴重に思えましたが?

三池「ご一緒した『六本木歌舞伎』でも稽古のプロセス、つくり上げる姿はまったく見せません。最初の本読みでは台本をそのまま読んでいましたが、次の日にはもう台本を持たず、膨大なセリフが入っている。するとなぜそうなのかより、そうなんだ! という事実が自分にとっては大事で。この映画でいうと十三代目が新之助くんに『外郎売』を教える。普通ならそこが狙い目になるでしょう。でもそれは自分の仕事じゃないなと。歌舞伎俳優というのは、例えば枕の下に台本を入れて寝れば朝にはセリフが全部入っているとか、超人であってほしい。それが市川團十郎じゃないかと。そんな神秘性、パワーやエネルギー、その謎は暴こうとしても暴けないですよ」

團十郎「確かに、歌舞伎俳優は努力する姿を見せちゃいけない。何もやってない、けどできちゃいます! というのが粋なスタンスなのかもしれないです。それで市川團十郎というのは歴史上、仏教から始めるべきだと。父も襲名の折りに成田山新勝寺で修行し、その後も足繫く通って礼節を尽くしました。そこで‟いつかあなたも行ったらどうだ?”と、‟行きなさい”ではなくて。やっぱりDNAなのでしょう。行ってみよう! ということになり、18~19歳で奈良の大峰山で修行をしたのです。襲名のときも、千葉の成田山新勝寺で修行をして。それはもう初日から帰りたくなるような修行です。そうした場面、舞台をつくるまでの‟間”も見えるほうが、お客様の楽しみは広がりますよね。歌舞伎の裾野を広げることを海老蔵時代から挑戦してきましたが、‟プロセスエコノミー”の視点で、その過程を見ていただくことでより興味が湧き、そこにある精神性、基本的なモノの考え方が見えてくるのかなと思います」

『勧進帳』の武蔵坊弁慶で見得を切る團十郎。表情ひとつで、このパワー!

――映画の終盤では、歴代の市川團十郎が「勧進帳」で‟共演”しますね?

團十郎「十二代目の親父は、十一代目である自分の父親との共演を想定していなかったと思いますし、祖父も孫と舞台に出るなんて思わなかったはずですので、あそこの場面は親孝行だったなと思います」

三池「新之助さんと團十郎さんは、共におじいちゃんと会ったことがない。生まれたときには既にこの世を去っていて、その‟体臭”、匂いを知らないわけです。それで会ったことのない人の芸、思いを引き継ぐのですから、負わされた重責は限界を超えている。それが日常です。そこで修行というのをぎりぎりのところまで‟盗み見よう”と。それは團十郎になるための修行と、堀越寶世さんの修行、その二面があるはずです。両者を行き来し、揺れ動くものが。それはある演目の稽古風景を撮影するのとはぜんぜん違いますよね」

――なかでも、「助六由縁江戸桜」のリハーサルを長めに撮影された理由は?

三池「映画の終盤に3つの演目が並びますが、『助六』は音楽的に刻みたくないなと。登場からショーが終わるまで時間はリアルタイムで進み、音もすべてリアルに繋がって。編集していて音を切れなかったというのが正直なところです。それから新之助さんの『外郎売』はハイライトシーン、継承した芸の、最終到達点ではないかもしれませんが、完成したものをいくつか見せていく。それで『勧進帳』に関しては、映画全体のエンディングなので、十二代目と十三代目で問答出来ないか? というところで編集せざるを得ない――。3つの演目とも、編集のテーマはバラバラでした。歌舞伎というのは、映像で観たことがあったとしても、どこか敷居が高いもの。公演数がたくさんあっても、座席数は絶対的に少ないですし。そこで出来るだけ臨場感のある形に、歌舞伎を収録した作品よりもなぜかその場で観ている感覚を味わってもらえるように。それが自分に出来る精一杯かなと」

「自分にしかできないことをやるのが人間の価値」(團十郎)

――團十郎さんはそろそろ50代が見えてきたころかと。歌舞伎俳優にとっての50代は、サラリーマンでいうと働き盛りなのか、それとも継承により意識が?

團十郎「サラリーマンというのは、23歳くらいから始める方が多いでしょうか? そこから50歳というと27年間。でも私達は2、3歳から歌舞伎を始め、27年間というと30歳です。歌舞伎俳優も色々ですが、幼い頃から始めることが多いので、キャリアを考えるときの時間軸が、一般的な仕事とは少し違いますね」

――すると、歌舞伎俳優としての技術が完成して…、

團十郎「いやいやいや、完成なんてありません。どんな職業でも、そう思ったら辞めた方がいい。だって、それ以上やることがないでしょう。芸術家は、お金のためにやる訳ではありません。自分のなかでの正当性、美しいと思うこだわり、考え得る限りの新たな進化。そして時代の流れ、その中での違和感や、それへの抵抗感。そうしたものは常に変わります。そのなかで同じものを提供するのではなく、歩みを止めないことが大事です」

――だから王道と革新を共存させると?

團十郎「壊しているつもりはありません、両方やるのは当然です。異端というのも、周りが言うことですよね。異端でも王道でもいい。自分にしか出来ないこと、自分の才能と努力と脳みそでしか、出し切れないものをやるのが人間の価値だなと。いまや人工知能が簡単に‟正解”を出しますが、そこで残っていくのが芸術で、人の心の機微というものを表現していくのだと思います」

――しかも、「むき出し」で表現すると?

團十郎「監督は人との距離感、発言や存在感、オーラについて‟むき出し”とおっしゃったのかと」

三池「それで何度ご一緒しても、距離感は絶対に縮まりませんから。心の内を聞いて距離を縮めると、こちらの正体もバレてしまうわけで勇気がいります。僕なんか、それが怖くて距離をとっているのかも(笑)。さっき本人がおっしゃったように、2歳から歌舞伎の世界にいて、そういう生き方をしてきた人間を、外から見てるしか理解出来ないですよ。なかに入ってもわからないし、その必要がない。それがオーラというものかもしれません。本当に、大変なエネルギーですから。『六本木歌舞伎』の稽古なんて、ヘロヘロになります。映画で俳優はカメラに向かって気を放ちますが、舞台では、客席のセンターで観ていると役者のエネルギーがもろに飛んできて。映画ではそれを客観視できますが、舞台は直接届くので、無理だ俺には…って(笑)。歌舞伎をろくに知らない人間がいきなりですよ。思いついたアイデアだって、まったく通用しないし」

團十郎「…なるほど。いや歌舞伎にはすべてに型があり、ルールと常識があるので、難しいところはあったと思います。でもそのなかで、客観的に選択してくださることが大事でした」

團十郎の横顔、歌舞伎俳優としての美しさに見惚れる。

――今後、またおふたりが、フィクションで組まれる可能性も?

三池「いやいやいやもう市川團十郎ですから! でも何年か経ち、ご本人のなかで十三代目の形をひとつつくった、という確信を持てればまた壊そうとするタイプだと思うので。そのときに‟あの監督いまどうしてる?”‟いやまだやってます”と。そのとき、確率は少ないかもしれませんが、何かやってみよう! と思っていただくには、こちらも力を増幅していないとダメで。そういう存在であり続けたい思いはあります」

――團十郎さんは、アリだと思われますか?

團十郎「アリなんて、おこがましいですよ。でも、伝承には平和が必要で。平和の裏には理不尽な生き方や争いがあります。平和を望み、理不尽に戦わざるを得ないこの悲しい物質社会の本音と建前、仮にそうした題材であるならばやってみたいです。かつてご一緒した『一命』という映画は、三池監督の作品のなかでは異質でしたが、あんなタッチで。今後、もう少し先に行くと、人間の存在価値が問われる時代が必ず来るでしょう。人間はいらない生きものではない。武士の魂が宿るような人間像を描ける作品があれば。たぶん2030年くらいに…いや2028年、来年? 再来年?」

――意外ともうすぐですね?

三池「(笑)」

團十郎「そんな時代が、あっという間にくるでしょう。そのときに日本の男の魂と、女の生き方と。人工知能なんてものを凌駕する人間の良さ、戦争のような理不尽なものとは向き合いたくないが、そこに身を置く人間像を描く、とか。地味でいい。監督の引き算の演出を今回のドキュメンタリーで観て、改めて、フィクションでそうした演出を観てみたいと思いました」

スタイリスト:大久保篤志、ヘアメイク:Jun matsumoto(tsujimanagement)(いずれも市川團十郎さん)

写真:横田紋子

取材&文 浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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