文・絵/牧野良幸

歌手、俳優などで幅広く活躍していた美輪明宏さんが2026年6月に亡くなられた。
美輪明宏さんは10歳のとき、長崎で被爆。上京後は16歳で銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」を拠点に歌手として活動を始め、「ヨイトマケの唄」などの名曲を残した。俳優、演出家としても活躍し、その華麗で波瀾万丈な人生は、多くの人の記憶に残っている。
そこで今回の映画は美輪明宏さんが出演した作品を取り上げたい。1968年公開の『黒蜥蜴』である。監督は深作欣二。
これは三島由紀夫の戯曲「黒蜥蜴」を映画化したものである。三島は少年時代に江戸川乱歩の「黒蜥蜴」を読んで強い印象を受け、乱歩の小説をもとに1961年に戯曲を発表した。
1968年、美輪明宏(当時の芸名は丸山明宏)が主演を務めると舞台は大ヒット。さらに映画化されたのが本作である。舞台と同じく美輪明宏が主演。そして三島自身も特別出演している。
映画は冒頭から耽美的である。東京の秘密クラブ。赤や青のライトに染められたクラブではエレキバンドが喧騒的な音楽をかき鳴らしている。フロアでは全身模様づくめの女たちが享楽的に踊っている。ソファーを埋める男女の影は重なりあったまま動かない。壁には三島の好みを反映したかのように、19世紀末耽美主義の画家ビアズリーの絵が描かれ、妖艶で退廃した雰囲気を醸し出している。
そこに登場するのが黒蜥蜴(丸山明宏、現・美輪明宏)である。スポットライトを浴びた黒蜥蜴は黒い衣装をまとい、シャンソンを思わせる曲(美輪明宏の作詞作曲)を歌いながら、女王のようにその姿を見せつける。
「今日はいつもの夜と違うようね、犯罪が近づいたんだわ、身体が熱くほてって、眠れそうもない、あなたはこんな夜はお嫌い?」
黒蜥蜴が話しかけたのは、先ほどから一人だけカウンターで静かに酒を飲んでいる男だ。男は黒蜥蜴に動じる様子もなく応える。
「あなたは詩人ですね」
これが女盗賊・黒蜥蜴と私立探偵・明智小五郎(木村功)の出会いだ。
芸術や美しいものに惹かれる黒蜥蜴と現実的でクールな明智。江戸川乱歩が書いたのは、黒蜥蜴を追う明智を描いた探偵推理小説だったが、三島由紀夫はそれを黒蜥蜴と明智の耽美的ロマンスへと変容させた。映画はその二人を冒頭から出会わせ、その関係をより印象的に描いている。
それでもやはり主役は美輪明宏だ。黒蜥蜴の妖しさ、気品のある立ち振る舞いに圧倒される。まるで舞台で演じているかのように堂々としている。三島由紀夫は黒蜥蜴役に美輪明宏を強く望んだと言われるだけあって、まさに当たり役だ。
話を進めよう。黒蜥蜴は世界的宝石商・岩瀬(宇佐美淳也)の美しい娘・早苗(松岡きっこ)の誘拐を予告する。不安になった岩瀬は明智に雇い娘の警護を任せる。ここから女賊・黒蜥蜴と探偵・明智の攻防が始まるのだ。
黒蜥蜴は宝石商の顧客・緑川夫人となって早苗に接近。さらに大胆にも明智の前に現れ、二人は犯行予告が迫る深夜にトランプで賭けをする。黒蜥蜴は自分の宝石全部を賭け、明智は「探偵」という職業を賭けた。演劇を見ているような二人のやり取りが見どころだ。
この夜の黒蜥蜴の犯行は、明智の洞察力に阻まれて失敗するのだが、これが黒蜥蜴の心に明智へのライバル心とともに、ほのかな愛情を芽生えさせる。
しかしそれで誘拐を諦める黒蜥蜴ではなかった。今度は岩瀬の邸宅で早苗を狙う。この場面で江戸川乱歩は自身の書いた『人間椅子』のパロディを用いて、あざやかな誘拐トリックを書いたが、映画ではのちに『仁義なき戦い』を撮った深作監督らしく、護衛の警察と黒蜥蜴一味による荒々しいアクションシーンを織り交ぜている。
早苗を誘拐した黒蜥蜴はついに本性をあらわす。早苗と引き換えに、岩瀬の持つ秘宝「エジプトの星」を要求するのだ。取引場所は港の埠頭。
取引の前夜、黒蜥蜴と明智は明日の対決のために乾杯する。リアルなドラマならありえない設定だけれども、三島の戯曲では離れた場所にいる二人が心を交わす場だ。映画が演劇的手法を取り入れておかしいわけはない。
「追われているつもりで、追っているのか」と黒蜥蜴がつぶやけば、
「追っているつもりで、追われているのか」と明智がつぶやき、そのあと二人で、
「そして最後に勝つのはこっちさ」と結ぶ。
三島が戯曲に取り入れた歌舞伎の「割りぜりふ」は、映像で見ても面白い。
第2ラウンドは黒蜥蜴の勝ちであった。黒蜥蜴は「エジプトの星」と早苗の両方をまんまと手に入れ自分の船で逃げる。が、明智も黙ってやられてはいない。密かに船に忍び込んでいた。まるでインディ・ジョーンズみたいな明智である。
このあと、港の廃墟にある黒蜥蜴の隠れ家が、物語のクライマックスとなる。そこには黒蜥蜴が作った「恐怖美術館」があった。早苗を誘拐したのもそこの展示物にするためだ。
ここで黒蜥蜴と明智の最後の対決が繰り広げられるのであるが、勝負に負けたことよりも、明智に自分の恋心を知られた黒蜥蜴の悲しい最期が描かれる。エンディングは舞台劇の大団円のようで、最後を締めるのも、やはり美輪明宏。
この隠れ家で繰り広げられるクライマックスの中で、とりわけ異彩を放っているのが、三島由紀夫の出演シーンだ。
最初三島由紀夫が出演していると知った時、「どんな役柄で、どんな演技だろう?」と非常に興味深かったが、実際にそのシーンを見て驚いた。三島が演じていたのは、黒蜥蜴の「恐怖美術館」に展示されている生人形だったのである。『金閣寺』などの典雅な小説を書く一方で、ボディービルやボクシングなど、肉体への関心を隠さなかったこの作家の一面をあらためて確認することになる。
思えば三島由紀夫は映画公開から2年後の1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決した。当時中学生だった僕も事件当日の驚きを鮮明に覚えている。社会的なインパクトは本当に大きかった。美輪明宏が「丸山」から「美輪」に改名したのも、三島の供養がきっかけだったという。
美輪明宏さんは、その後も俳優・歌手として長く活躍し、テレビでは親しみやすい人格者として知られるようになった。しかし、もうその姿を舞台やテレビで見ることはできない。だが、黒蜥蜴としての美輪明宏は、三島の愛した永遠の美を体現するかのように、いつまでもスクリーンで鮮やかに蘇ることだろう。
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【今日の面白すぎる日本映画】
『黒蜥蜴』
1968年
上映時間:87分
原作:江戸川乱歩
戯曲:三島由紀夫
監督:深作欣二
脚本:成沢昌茂
撮影:堂脇博
音楽:冨田勲
出演:美輪明宏(丸山明宏)、木村功、川津祐介、松岡きっこ、丹波哲郎、三島由紀夫
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記 1971-1976 増補改訂版』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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