文/晏生莉衣

「永遠のベストセラー」といわれ、近年、売上増加が続いているという注目の聖書。キリスト教の聖書は、ユダヤ教の正典でもある旧約聖書とイエス・キリストの生涯を描く新約聖書から構成されることをこれまでのレッスンで学びました。旧約は古い契約、新約は新しい契約という意味で、聖書はその契約について書かれた書ということになります。
特に、旧約聖書は神と人間との契約の物語だといわれるくらい、契約は聖典の核心となるものです。今回は、この旧約聖書の「契約」について、ポイントをしぼって学んでいきましょう。
人間社会の契約とどこが違うか
契約という言葉自体は私たちにとって身近なものです。雇用契約や業務委託契約などのビジネス上のものや、暮らしにかかわるさまざまな売買契約や賃貸契約、もっと身近な例ではスマートフォンのプランの契約など、私たちは日常生活の中でなにかしらの契約を交わしているものです。
そうした人間社会の契約では、自分と契約を交わす相手はさまざまで、一般的に当事者同士の合意の上で契約が成立します。合意に至るまでは交渉や調整、確認といった作業が必要になる場合もあります。
それに対し、旧約聖書の契約は神から人間に一方的に与えられる約束である、というような説明がキリスト教の見地からよくされます。神は絶対的な存在ですから、対等な立場で人間が契約を結ぶのを拒否したり破棄したりすることはできないのです。
ネタバレとなりますが、旧約聖書では、人間はたびたび神との契約を破ってしまうのです。前回のレッスンで出てきた「バビロン捕囚」は、イスラエルの民が繰り返した契約破りの罪が神の怒りを招いたことによる致命的な出来事だったといわれてもいます。
そうはいっても、旧約聖書の神は暴君ではありません。約束ではまず命令が下されることが多く、人間からすると「そんな無茶な…」と思うようなこともあるのですが、ご自身が創造した人間が不幸になることを、神が望まれるはずがありません。
それとは真逆で、神は人間を幸せに導くために、人間が神への信頼を強めるように困難を与え、そのあとには人間の利益になること、つまり、恵みが与えられるように計られたうえで約束される、そして、人間が神との契約を破ったとしても、神は悔い改めの機会を与えて人間をゆるし、神のもとに再び立ち返るように招くのだと、キリスト教信仰ではそんなふうに教えられています。
最初の人間アダムに与えられた契約
では、具体的な契約内容をみてみましょう。神学の研究によると、旧約聖書には主なる契約とされているものが複数あり、『創世記』の始まりに出てくるエデンの園において、神から人間への最初の契約が与えられたとされています。
神は創造した最初の人間であるアダムに、園を耕して守る使命を与え、「園のどの木からでも取って食べてよいが、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。食べれば必ず死ぬことになる」と命じるのですが、これは、神が与えた具体的な約束ごとの一つとされます。
しかし、アダムは蛇にそそのかされた妻のイヴ(エバ、エヴァ)とともに禁断の実を食べて、約束にそむいてしまいます。それを知った神は、アダムは生涯にわたって苦しんで食べ物を得なければならず、イヴは苦しんで子を産むことになるという罰を与え、楽園から2人を追放しました。
以上は「エデンの園」や「失楽園」としてよく知られたお話ですが、「神から人間に契約が与えられた。だが、人間が契約を破った」というのが神学の中心的な部分です。
最初の人間アダムが契約を破るという罪を犯したことから、「原罪」といわれる罪が人類に引き継がれ、人は生まれながらに罪に傾くさがとなったと、キリスト教では考えられています。同時に、アダムの行いによって人に死がもたらされ、人が永遠に生きることもなくなってしまったとも説かれています。
人間の過ちを許さない厳格な神ですが、契約違反を犯したアダムとイヴを滅ぼしたわけではありませんでした。エデンの園から追い出されてしまいましたが、アダムには楽園の外の土地を耕して暮らし、子孫を残す救いもまた与えられたのだという解釈もされています。
リセット後の世界で交わされたノアとの契約
そして、次に神が契約の相手として選んだのは、「ノアの箱舟」で知られるノアでした。神がアダムとイヴの命をとらなかったことで途絶えなかった人類ですが、人の数が増えるにつれて人間の悪が地上にはこびるようになります。神は人間を造ったことを後悔し、創造した人間とすべての肉なるものを地の面から消し去ることを決められました。
ただ、ノアは神とともに歩んだ正しい人だったので、神はノアに箱舟を作るように命じてノアとその家族を大洪水から救いました。そして大洪水によってリセットされた世界で、神はノアと息子たちとその子孫、そしてノアによって箱舟に入れられたすべての生き物と契約を立て、二度と大洪水で地上の生き物が滅ぼされることはないと約束し、雲に現れる虹を契約のしるしとしました。
このノアの箱舟の物語もエデンの園の物語と同様に、神と人間との契約が中核にあり、クリスチャンの中には、虹を見るたびに神とノアの契約を思い起こすという人もいます。
ポップカルチャーで使われる「聖書キャラ」
キリスト教の教義とは離れる話ですが、日本では、コミック誌やアニメ、ゲームなどいろいろなエンターテイメント作品の中で、エデンの園やノアの箱舟など聖書のエピソードがモチーフとして使われています。
キリスト教を知らないからこそ、なにか謎めいた感じがして興味をそそるとか、異文化風のニュアンスがカッコいいとか、そういう雰囲気的なことから、キリスト教信者でないクリエーターが聖書をおもしろいアイデアの宝庫のような形で利用しているということなのでしょうか。
いずれにせよ、このような独特の日本文化から、聖書をまったく読んだことがない人たちでも、アダムやノアなど聖書の登場人物を大ヒット作品に出てくるキャラクターの名前としてよく知っていることがあり、聖書からピックアップされて作品に取り入れられたイメージ的なエッセンスが、若い世代をはじめ、ポップカルチャーを愛する人たちの間にキリスト教の信仰心とは無関係に広く浸透しているという興味深い現象があります。
アブラハムとの重大契約
話を戻し、旧約聖書に記された契約のうち、もっとも重要な契約とされるのが、神がアブラハムとの間に結んだ契約です。
旧約聖書を実際に読むとわかりますが、アブラハムという名前はのちに神が与えた名前で、神が最初に契約を交わしたときは、アブラムという名前でした。(ちなみにアブラハムの妻の「サラ」も神から与えられた名前で、もとの名は「サライ」でした。)
神はアブラハム(当時はアブラム)が75歳のときに語りかけて、生まれ故郷を離れて神が示す地へ行くように命じます。アブラハムがその命令にしたがって旅立ち、カナンの地に入ったのちに、神はアブラハムを祝福し、すべての国民はアブラハムによって祝福されること、アブラハムとその子孫に土地を与えること、数えきれないほど子孫を増やすことなど、いろいろな約束をされます。
神はアブラハムが99歳のときに再びアブラハムに語りかけ、アブラハムが多くの国民の父となることや、アブラハムと子孫たちにカナンの全土を永遠に与えることなどを約束し、これをアブラハムとその子孫との永遠の契約としました。
そして神の約束のとおり、アブラハムが100歳のときに、妻サラとの間の初めての子どもとなる息子のイサクが生まれました。サラは90歳でした。
ところが、そののち、神はアブラハムを試みて、やっと授かった大切なイサクを「焼き尽くすいけにえ」として神への儀礼で捧げるよう命じるのです。アブラハムは苦悶しながらも神の言葉にしたがい、イサクを献げようとして刃物を手に取りますが、最後の瞬間に神に止められました。神はアブラハムの信仰と忠実さを認めて、アブラハムを大いに祝福されたのですが、このエピソードは、カラヴァッジョやレンブラントなど、西洋絵画のさまざまな画家によって描かれ、近代ではシャガールが描いた作品も有名です。
イエスの教えの中の旧約聖書
以上に紹介した3つの契約はすべて創世記に記され、キリスト教の解説では、それぞれ、アダム契約(またはエデン契約)、ノア契約、アブラハム契約というように呼ばれています。
キリスト教はユダヤ教を土台として誕生した宗教ですので、そうした性質上、旧約聖書と新約聖書はつながっています。キリスト教には興味があるけれど、旧約聖書は長くて難解そうだからと後回しにして新約聖書を先に読み始めようとすることはありがちなのですが、新約聖書でも契約ということがたびたび言及されますから、神と人間との契約とはなにかという旧約聖書の基礎知識がないと、新約聖書を読んでいく途中でわからないことが出てきてしまうでしょう。
ですから、遠回りになるようですが、新約聖書を読む前に旧約聖書のベーシックスをちょっとでもかじっておくと、結果的にキリスト教をよりよく知るための近道になります。次回は、神とイスラエル民族との関係を語るのに欠かせない、モーセとモーセにまつわる契約を取り上げる予定です。
文/晏生莉衣(あんじょう まりい)
教育学博士。国際協力専門家として世界のあちらこちらで研究や支援活動に従事。国際教育や異文化理解に関する指導、コンサルタントを行うほか、平和を思索する執筆にも取り組む。著書に、日本の国際貢献を考察した『他国防衛ミッション』や、その続編でメジュゴリエの超自然現象からキリスト教の信仰を問う近著『聖母の平和と我らの戦争』。











