文・写真/陣内真佐子(海外書き人クラブ/米国領グアム在住ライター)
戦後80年の節目を経て、戦争の記憶をどう次世代に伝えていくかが問われている。高齢化が進み、戦争体験者が少なくなるなか、いま再び注目を集めている人物がいる。今から54年前の1972年1月24日、グアムに28年潜伏していた元日本兵が発見されたというニュースは、日本中に衝撃を与えた。グアム南東部タロフォフォのジャングルで見つかったのは、旧日本陸軍軍曹の横井庄一氏である。同年2月2日、帰国時に語った「恥ずかしながら生き長らえて、帰って参りました」という言葉は当時の流行語となり、戦後日本を象徴する名言として語り継がれている。
しかし、この「最後の残留日本兵」をめぐっては、今なお誤解が多い。横井氏は終戦を知らなかったわけではなく、戦争終結の事実を把握していた。だが「生きて虜囚(りょしゅう)の辱め(はずかしめ)を受けず、死して罪禍(ざいか)の汚名を残すこと勿(なか)れ」という陸軍の行動規範「戦陣訓」に従い続けていたため、投降して捕虜になるのではなく、密林に潜伏して生きる道を選んだ。

密林で築いた28年間の自給自足生活
1944年3月、グアムに派遣された横井氏はもともと洋服の仕立て職人で、手先の器用さには定評があった。同年7月、米軍上陸によって所属していた部隊が壊滅すると、横井は仲間数人と潜伏生活に入った。やがて仲間たちは次々と離別し、1964年ごろには完全にひとりになった。各地を転々としながら生活を続け、そして最後に横井が暮らしたのは、タロフォフォ地区のバブラウ丘陵を流れるトグツァ川流域の斜面、地下2.5メートルに約3か月かけて掘った地下壕だった。天井高約1メートル、長さ約3メートルの狭い空間の入口を草木で巧妙に塞ぎ、細い隠し穴から梯子を利用して出入りし、内部にはトイレや棚も設置していた。

横井氏の潜伏生活は徹底した自給自足だった。ココナッツやパゴ(野生のハイビスカス)などの樹皮から採った繊維を織って布を作り、自ら衣服を仕立てた。針は魚や小動物の骨を加工して作り、ボタンは廃材のプラスチックを再利用した。また、軍物資の残骸を利用して靴を作った。彼は食料を得る方法も身につけていた。自生するパンノミやパパイヤを採取し、魚やエビ、カエルなどを捕獲して食料としていた。軍用ヘルメットや飯盒などを加工して調理器具を、竹や草木を使って罠やエビ捕り用の網袋などの生活道具を自作した。衛生面にも気を配り、定期的に水浴びをしていたが、人目を避けるため日没以降しか行動しなかった。
密林の中での過酷な環境に適応しながら、限られた資源の中で28年間を生き延びた生存能力は驚異的といえる。



1972年1月24日の夜、何が起きたのか
だが1972年1月24日、横井氏の長い潜伏生活は突然終わりを迎える。18時30分ごろ、トグツァ川にエビ捕獲の仕掛けを見に来た2人のチャモロ系住民、マヌエル・トレンティーノ・デ・グラシア(Manuel Tolentino De Gracia)とスース・マンタノナ・ドゥエナス(Jesus Mantanona Duenas)は川辺で作業する人物を見つけた。地元住民だと思い近づいたところ、その男が残留日本兵であることに気づく。
横井氏も彼らに気づくと、手にしていた網袋を投げ捨て、2人に襲いかかった。だが、激しい格闘の末に取り押さえられてしまう。後年「ライフルを奪おうとしたが体力的にかなわなかった」と語っている。横井氏は連行される途中「ここで殺してくれ」と頼んだという。しかし2人は、食事を与えた上でジャングルから連れ出し、村長に引き渡した。
現在、グアム博物館に展示されている当時の警察調書によれば、横井氏は56歳、身長約168センチメートルで痩せて青白く、衰弱していた。短いあごひげを生やし、後ろ髪は粗く切られ、裸足で汚れた半ズボンとシャツを着ていたとある。自らが陸軍軍曹であることを明かし、かつて行動を共にしていた仲間が2人いたが、8年前に死亡しているのを見つけ、2人を埋葬したことを説明した。さらに、1952年ごろには敗戦の事実を知っていたこと、月の満ち欠けで年月を数えていたため、現在が1972年であることも理解していた。
戦争終結から27年以上。日本が高度経済成長を遂げる一方で、日本政府から1944年8月に戦死公報が出されたひとりの日本兵が28年近い年月、グアムの密林で生き続けていたのだ。


現在も残る横井庄一氏の足跡
横井がトグツァ川流域に作った地下壕は、1980年に米国の国家歴史登録財に指定された。私有地にあるため一般公開されていなかったが、その後グアムを襲った台風によってほぼ崩壊している。一方、景勝地として知られる「タロフォフォの滝」を越えた先には、復元された「横井ケーブ」と資料館が設けられている。ほかにも、グアム博物館やグアムシーサイドミュージアムで当時の生活ぶりを伝える写真や遺品、関連資料を見ることができる。観光客で賑わうタモン地区からレンタカーで約1時間。深い緑に覆われたタロフォフォのジャングルには、28年にわたって密林で生き続けた横井の足跡が今も静かに残されている。



文・写真/陣内真佐子(米国領グアム在住ライター)
文筆家/翻訳家。1996年3月より家族と共にグアムに移住。グアム大学で3年半の学び直し生活を送った後、00年に米国永住権を取得しグアム政府観光局などに勤務。10年にはグアム政府公認ガイド資格を取得。現在はラジオ出演のほか各種雑誌やウェブ記事の執筆や翻訳活動をしている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。











