ダイエットと聞いて、思い浮かぶのはどんなイメージでしょうか?毎日のストイックなランニングや、緻密なカロリー計算。そうした習慣を継続できる人は、50代を迎えてもスマートな体型を維持されているかもしれません。

その一方で、こんな本音も聞こえてきます。

「夕食の唐揚げはおいしく食べたいし、今から激しい運動をしたら、ケガをしてしまいそう」

無理をしてまで体重を落とすことが、どの人にも必要なことなのかと言われると、それも違うような気もします。

本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から、体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。今回、志村先生のもとを訪れたのは、健康診断を目前に控えた男性。「これを飲めば痩せられる。そんな魔法の薬がないか」と、やってきました。「さすがにそんな都合のいい話、あるわけない」そんな声も聞こえてきそうですが…。

諦める前に、中医学の提案するアプローチを、聞いてみましょう。

【今日のお悩みカード】

相談者|53歳(管理職)
お悩み|中年太り・体のだる重さ・健康診断の数値が気になる

「痩せたい」の本音

男性は、困った様子でこう切り出しました。

「いわゆる『イケおじ体型』になりたいわけじゃない。ただ、年を重ねるにつれ、だぶついてきた体に、これでいいのかな、という不安があります。体がすっきりとして、健康診断で悪い数字を突きつけられない、そのくらいでいいんです。ですが、そのために毎日何キロもランニングをするなんて、今の自分には無理ですし、続く気がしません。

こういう人間が中医学に頼ったら、何かが変わりますか? 魔法の薬があるなら、ぜひ買ってみたいです(笑)」

そんな切実な本音を受け止めた志村先生。少し考えるように間を置き、それから、相談者の体に起きているバランスの乱れについて、話し始めました。

キーワードは 「気・血・水」 のバランス

「中医学では、体を 「気(き)、血(けつ)、水(すい)」 の、3つの要素で成り立っていると考えます。

(き):生命エネルギー
(けつ):全身に栄養を運ぶもの
(すい):体内の水分の巡り

50代男性に多いバランスの乱れはこうです。

ストレスによって “気” が滞ると、食欲が亢進します。その結果、食べ過ぎによって胃腸機能の低下を招きます。するとさらに、『水』 が溜まりやすくなり、体は重だるく、運動する気もなくなります。こうなると、負のループは止まらなくなってしまう。おそらく、体重も適正より増加してしまうでしょう」

漢方薬でできること

「残念ながら、魔法の薬はありません」。そう笑って、志村先生は続けます。

「漢方薬のもともとの役割は、体の機能を底上げすることです。

・食べたものをしっかり消化できる体をつくる
・気力や体力が湧くよう、巡りをよくする
・体を回復させるため、眠りの質を高める
・排泄をスムーズに整える

あくまで、その方の体質を見極めた上で、ぴったり合う養生法をご提案することが基本です。ひとつ、分かりやすい例を挙げてみましょう。

『水』 が滞っていることによる、むくみ。これは、漢方薬で 『気、血、水』 のバランスを整えてあげるだけで、フェイスラインがすっきりします。足のサイズが変わる方もいますよ。

例えば、『娘の結婚式までに、少しでも見映えを良くしたい』という短期的なご要望なら、水分代謝を促す漢方薬を集中的に服用する、といったアプローチもあります。

さらに、日々の生活の中でも、滞ってしまった 『水』 をご自身で巡らせてあげる養生もあります。

・食べ物をよく噛んでから飲みこむ
・冷たい飲み物を摂り過ぎない
・じんわりと汗をかく(お風呂に首まで浸かるとか、軽い散歩をする、など)

ランニングによって汗を流すことが合っている人は、それでいいと思います。でも、無理に走ることで消耗してしまう体質の方もいらっしゃる。ですから、無理に走ることを勧めたりはしません。安心してください(笑)」

「自分に合った養生でいい、と…。でも、それで痩せますか?」

「体重の数字が減ることは、正直お約束できません。でも、顔や体がすっきりして、体が軽く感じる。そうした変化を実感して、処方を継続して取り入れる方はとても多いですよ」

「お腹が空く体」をつくること

相談者:「太るということは、たぶん食べ過ぎなんです。やっぱり、食べる量を減らすしかないでしょうか?」

志村先生:「これもじつは、食べ過ぎだけが問題というより、背景に胃腸機能の低下が隠れているケースが少なくありません

その大きな要因のひとつとして、『お腹が空いていないのに時間が来たから食べる』という習慣が挙がります。これを繰り返していると、胃腸は休む間もなく働き続けることになり、消化機能は次第に低下。食べたものをうまくエネルギーに変えられず、余分なものとして体に溜め込んでしまう。

この場合に目指すのは、胃腸を休めること。具体的には『食事の前に、きちんと空腹を感じること』です。お腹がグーと鳴るとき、胃の中は空っぽになっていますから、これを大切にします。

例えば、もし朝ごはんを食べたあと、昼になってもお腹が空かない場合。これは朝食の量、または内容が、今の胃腸の状態に合っていない、ということですから、そこを見直します」

相談者:「例えば、バナナのようなものでも良いのでしょうか?」

志村先生:「バナナは手軽で、栄養価に優れた食材ですが、体を冷やす性質を持っています。もし取り入れるのであれば、焼きバナナにしたり、シナモンを添えたりして温性の要素をプラスするのが知恵ですね。

あとは、胃腸を温めるという意味では、お味噌汁などもおすすめです。

それから、よくあるのは夜遅い時間の夕食が習慣になっているケースです。これはどうしても、朝にお腹が減っていないことが多いです。そうしたリズムの方には1日2食のスタイルをご提案することもあります。よく耳にする、16時間ダイエット(夕食から、次の食事をとるまで16時間空ける方法)に近いアプローチですね。

1日3食を2食に減らしているため、全体の食べる量は減ります。でもこれは、食べたいのに我慢するわけではありません。あくまでも『胃腸の力を取り戻すために、あえて時間を空けている』わけです。

これで消化力が戻り、巡りが良くなれば、やがて体は自然と軽く、すっきりとしていきますよ」

相談者:「我慢して減らすのではなく、胃腸を休ませるためのアプローチ。じつは自分は、食べるのが早く、よく噛んでいない自覚があります。だから胃腸を休ませることは、むしろ体は欲していることかもしれない…。

でもね、先生。同僚に、驚くほどたくさん食べる人もいます。彼を見ていると、食べる量が多いからこそ、活発に体が動くんじゃないか、と思ってしまうのですが」

志村先生:「大切なのは、食べ過ぎを他人と比べないことです。基準とするのは、あくまで『自分の胃腸が処理できる量に見合っているか』です。

おそらく、その同僚の方は、それだけの量をしっかりと受け止めることができる、堅牢な胃腸をお持ちなのでしょう。

もしも『人より少ない量しか食べていないのに、太る』と感じるなら、それは摂取量の問題ではなく、これも胃腸の処理能力の低下が原因かもしれません。ここでも、目指すのは同じです。胃腸を休めて本来の力を取り戻してあげること。やっぱり、これが先決なんです。必要に応じて、胃腸の働きを助ける漢方薬を取り入れることもできますよ」

見落とされがちな「ストレス」の影響

志村先生の言葉に、相談者は言います。

「他人の胃腸と比較するのは、たしかに必要ないですね。ただ、ストレスが溜まっているときはどうしてもドカ食いしてしまう。食べることで、発散する、というやつ。我慢できるかな……」と苦笑い。

実は、ダイエット相談で意外に多いのが、このストレス対策なのだと志村先生は言います。

志村先生:「たしかに、『やめたほうがいいとわかっているのに、つい食べてしまう』そんな方は少なくありません。その場合、食事量を制限する前に、まずストレスケアに取り組まないと根本的な解決にはなりません。できるだけ朗らかに、のびやかに。まずは、“気” の巡りを良くすることから始めましょう。

・温かい入浴でリラックスする
・軽いストレッチで、リフレッシュする

無理をすると、かえって 『気』 の巡りは滞ってしまいます」

相談者:「無理して走らない。食事制限をするより、胃腸を休ませる。リラックスする。よくあるダイエットとは、全く逆の価値観ですね」

体重よりも、見た目の印象

志村先生:「そして、もうひとつ。ダイエットというと、つい体重の数字ばかりに意識を向けてしまいがちです。でも、日常で『私は〇キロです』、と示して歩くわけじゃありません(笑)。本来の目的は、見た目の印象をすっきりと健やかに変えることだったはずです。

じつは、これに深く関わっているのは、姿勢。姿勢が崩れるとフェイスラインや体の輪郭がぼんやりとしてしまい、それだけで老けた印象になってしまうことがあります。

猫背の人と、背筋の伸びた人。体重が同じだとしても、与える印象はまったく違います。案外、見落とされがちですが。まずは鏡に映るご自身の姿を見て、その都度、姿勢を意識することから始めてみてください」

相談者:「姿勢か…。耳が痛いな。じつは家族にも、よく言われます。『最近、背中が丸まってきた』、って。

先生の話を聞いていると、中医学のダイエットって、激しい脂肪燃焼運動をしたり、己を律してコントロールするような、極端なことじゃない。『〇〇せねばならない』がありませんね。

今、自分の体の中でなにが滞っているのかを、考えて整える。これなら、自分にもできそうな気がする。

実際のところ、毎日冷たいアイスコーヒーを何杯も飲むし、お風呂はシャワーだけですませてしまう。仕事から帰ってきたらクタクタで、ソファで寝転んで動画ばかり見ている。だから、“気、血、水” のバランスが整うよう、生活を少しずつ変えていく。それが、自分の体を整えるということですね」

志村先生:「そうなんです。

・よく噛んで食べる
・体を冷やさない
・お風呂に浸かって、じんわり汗を流す
・夜は早めに寝る
・一日を朗らかに過ごす

これらは一見、ダイエットとは無関係に思えるかもしれません。ですが、これこそが、あらゆる不調を遠ざける養生の根本であり、最も大切な土台なんです」

「肥甘厚味」と、人生の楽しみ

志村先生は最後に、ようやく「ダイエットらしい」話を教えてくれました。

「中医学に 『肥甘厚味(ひかんこうみ)』という言葉があります。これは文字通り『油っこいもの、甘いもの、味の濃いもの』のこと。食養生として、中医学ではこれらを控えることを大事にしています。ダイエットを心がけるならなおさらのことですよね。

ただ、これらをストイックに排除する必要はまったくありません。

こうした嗜好品は、あくまで人生のお楽しみとして、上手に味わうものです。日頃の食事を少し丁寧に整えて、胃腸の元気をキープしておけば、たまの解禁日としてチートデイ的に “肥甘厚味” を楽しむ日を設けても、心置きなく満喫できます。

同じように、普段から体を冷やさない心がけができていれば、毎晩の冷たいビールを飲んだとしても、体の中でちゃんと帳尻は合います。完全に断絶せずに、うまく距離を保ちながら付き合ってください」

おわりに

「お腹がグーっと鳴る音か…。しばらく聞いていないから、なんだか聞いてみたくなりました」

そう言って笑う相談者に、志村先生は声をかけました。

「自分の体質を活かして、体が持つ本来の健やかさを取り戻すことができれば、自然とアクティブに動きたくなってくるものです。そうなれば、見た目も、もともとの姿に落ち着いていきます。あくまでも、その人にとって心地よいバランスに、です。魔法の薬は、お出しできなくてごめんなさい(笑)。

体に合わない無理なダイエットは、何よりも大切な 『気』 の巡りを滞らせてしまいます。中医学では、『気、血、水』の中でも、すべての原動力である 『気』 の巡りを大切に考えますから。

たとえ体重が減っても、人生を楽しむための元気が減ってしまっては、それこそ元も子もありませんからね」

明るく笑う志村先生につられて、相談者の男性も思わず笑みを浮かべます。彼の “気” の巡りは、すでに心地よく整い始めているようでした。

※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。

中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。

身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。

●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
※ご相談のご予約はインスタグラムからお願いいたします。

●構成・文/もぱ(京都メディアライン)

 

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