文/印南敦史

「生涯現役」
今の私の目標は、その一言に尽きます。
立ち止まりたくない。
常に、先へ先へと進んでいたい。
がんの手術で胃を全摘出したため、食は細くなったものの、体は元気です。
毎朝の検温を欠かさず、自分の体の声にいつも耳を澄ませながら、今日という一日を丁寧に生きています。
この体と、もう少しだけ付き合っていきたいのです。
(本書「はじめに 私の芝居は始まったばかり」より)
初の著作である『生涯現役』(五頭岳夫 著、游藝舎)の冒頭に、俳優の五頭岳夫さんはこう記している。
長年にわたり舞台経験を積み、映画・テレビドラマへ活動の場を広げるも、40代で大病を患うことに。しかし長い闘病生活を乗り越え、55歳で全快して復帰。
大ヒットしたドラマ『地面師たち』『虎に翼』を筆頭とする諸作においてキラリとひかる名演技を披露し、「ワンデイ・ワンシーン俳優」として唯一無二の存在感を確立した。
本書が強い説得力を感じさせるのも、そうした人生経験の裏付けがあるからなのだろう。
人間は、決して一人では生きていけません。
家族、友人、同僚、社会……。
私たちは常に誰かとの関係性の中に存在しています。
だからこそ、「誰かに見られている」という意識を持つだけで、不思議と背筋がシャンと伸びるものです。
その心地よい緊張感が、自分を律し、昨日より少しだけ良い自分へと成長させてくれるのだと思います。
(本書39ページより)
もちろん「誰かに見られている」という感覚は、俳優特有のものかもしれない。しかし同時に、この社会を生きるすべての人にあてはまることでもあるのではないだろうか。
他者の視線を意識することで、自分の立ち居振る舞いに対する責任感が生まれるからだ。五頭さんはそれを「『ちゃんとしなきゃな』と自然に背筋が伸びる」と表現しているが、まさにそのとおりだろう。
それは80代にも70代にも、60代にも50代にも、つまりはすべての世代に言えることだが、現在78歳となれば、ことさら実感されることは多いのかもしれない。
私はあと二年で八〇歳になります。
世間では八〇歳という年齢は、人生の最終コーナー、あるいはゴールテープのように語られることが多いように感じます。
たしかに、若い頃と同じようにはいきません。
長時間の撮影は、体力的に厳しい。
夜遅くまでの飲み会はもう無理。
階段の上り下りも、以前より時間がかかるようになりました。
このように身体には様々な制約が出てくるし、社会の第一線からは退くのが一般的でしょう。
ですが私はこの「八〇歳の壁」を前にして、不思議なことに「今が一番充実していておもしろい」と感じています。
(本書51〜52ページより)
この“現在”を楽しむ感覚もまた、多くの世代が身につけたいものだ。歳を重ね、できることが減ってきても、それを受け入れて“できることが減った自分”を楽しんでしまえばいいのだから。
とはいえ人生の後半に差しかかり、会社での役職を離れたり、子育てが一段落したりすると、虚しさに襲われることもあるだろう。あたかも、社会における自分の「役割」を失ってしまったかのように。
だが、五頭さんはこうおっしゃるのだ。
人生の張り合いというものは、決して大きな舞台や、華やかな肩書きの中にだけあるわけではありません。
どんなに小さな役割でも、それを自分ごととして引き受け、「どうすればもっと良くなるか」と能動的に関わっていく。
そのささやかな責任感と工夫の中にこそ、日々を輝かせる張り合いは宿っているのだと感じます。
(本書62〜63ページより)
事実、高齢者の多い団地に住む五頭さんはいま、自治会の班長もやっているのだという。最初は少し面倒だと感じたものの、引き受けてみると意外とおもしろいのだとか。
同じ団地に暮らす方々も、ドラマで活躍している人が楽しそうに働いている姿を見れば、それ自体が刺激的だろう。
いずれにしても、これは積極的に学ぶべきポイントだ。もしも日々の生活に物足りなさを感じているのなら、小さなことであっても、なにか新しい役割を自分から引き受けてみればいいのだ。
でも、その前にまず、本書を読んでみるべきかもしれない。きっと共感できる部分が見つかるはずだからだ。

五頭岳夫 著
1650円
游藝舎
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』(PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。











