京都四条西洞院付近の本能寺跡。

1996年の『秀吉』は、全話の平均視聴率が30%を超えた現段階で最後の作品になります。

秀吉の台詞「ごもっとも」「心配ご無用」は、秀吉家臣で真田広之さんが演じる石田三成に受け継がれ、「上げ潮じゃあ」という台詞も時代の高揚感を象徴するものとして注目を集めました。

織田信長を渡哲也さん、羽柴秀吉を竹中直人さん、明智光秀を村上弘明さん、森蘭丸は松岡昌宏さん、足利義昭は安全地帯の玉置浩二さんという布陣でした。濃姫はキャスティングされず、生駒屋敷に住む吉乃(演・斉藤慶子)が実質的な正室として登場しました。吉乃は信長より早く亡くなってしまい、本能寺の変には別の側室お鍋(演・櫻井公美)が同行しているという設定でした。

比叡山延暦寺焼き討ちをめぐる光秀との確執

本能寺の変が描かれた大河ドラマは、『秀吉』で9作目です。本作は秀吉が主人公なのですが、村上弘明さん演じる明智光秀も「準主役」ともいうべき重要な役どころを与えられました。早くも第12回で信長と光秀の間に生じた確執が描かれています。

元亀元年(1570)の姉川合戦以降も、比叡山延暦寺は密かに浅井・朝倉と通じ、信長に反抗する姿勢を崩しません。渡哲也さんの台詞回しで、信長の台詞がグッとくる名場面です。

「戦をもっぱらとする武将に力を貸し、宗門の力を誇示せんとし、僧兵を養い、鉄炮を備え、女と交わり、獣を食らい、酒をあおる。これが仏に帰依するものの姿か」――。

として、叡山のすべてを焼き尽くし、「山におるすべてのものの命を奪え」と命じ、堂内にいる人をことごとく殺戮せよというのです。これに対して光秀が「叡山は伝教大師以来の国家鎮護の大道場」「数々の名僧学識を生み」として、「本願寺と異なり武力で織田に抵抗しているわけではない、浅井・朝倉を匿ったにすぎません」と反論します。

この光秀の反論に信長は「匿ったにすぎんと?」「長政の裏切りで森可成、弟信興を失のうた。それでも匿ったにすぎんのか」と激怒します。

「仏法は天下の法にございまする。万民が帰依する仏に火を放ち、学僧を殺せば、人はみなお屋形さまを悪逆非道の人と申し……」といったところで、信長による打擲が始まります。

「おのれ光秀!」というや、信長は刀を手にとり、刀身はぬかずに光秀に突きます。

それを秀吉が「明智殿の言う通り」と身を挺して止めようとしたため、信長の打擲は秀吉に対しても向けられます。秀吉も必死の形相で、「お屋形様にめしを食わせていただいております。命をつないでいただいておりますれば」と言葉を選びながら、信長に反論します。それに対して信長は、「地獄などと申すものは人がつくった絵空事じゃ。このわしに従うかぎり神仏など一切信じるな」と言い放つのです。

比叡山延暦寺の焼き討ちが、当時の人々をいかに震撼させたかがわかる場面になりました。

炎が燃え盛る中、光秀が涙を流しながら参戦する場面が描かれ、信長と光秀の間に横たわる溝の大きさが強調されたのです。

自ら神になるという信長への思い

第22回では、しめ縄を回した石の前に秀吉らが座って手を合わせる場面が描かれました。石の前には「信長公御神體」と書かれた立て札が立ててあります。1992年の『信長 KING OF ZIPANGU』ではバレーボールほどの大きさの球形の石でしたが、本作では信長が石の上に座れるほどの大きさの石がご神体に見立てられました。

さらに本作では、黒人の男ふたりに風を送らせ、ワインをつがせる信長の場面が描かれました。『信長 KING OF ZIPANGU』に続いて黒人家臣(弥助/演・サムエル・ポップ。『信長』ではソテロ。)が登場するのです。

八上城に人質。光秀の母を見殺し

丹波攻略を任された光秀は、八上城(兵庫県丹波篠山市)の波多野三兄弟と対峙します。光秀は早期の解決のために、母美(よし/演・野際陽子)を人質として八上城に差し出します。それを察した秀吉の母なか(演・市原悦子)が、心配して無病息災の草鞋を作って美に渡すという場面も設けられました。

信長は重臣丹羽長秀(演・篠田三郎)とのやり取りの中で、「和睦は許さん。波多野は一兵残らず斬り殺せ」と命じます。丹羽長秀は恐懼しながら「恐れながら、明智殿は母上を人質として八上城に送り、波多野と和睦いたすとの噂……」と説明するのですが、信長は「無用じゃ。光秀の忠節感じ入るが、口に出せばその母を殺すことになろう。光秀に申しつたえよ。人質は無用、波多野を皆殺しにせい」と突き放した言い方をします。

物語の主人公秀吉は、信長が波多野を斬ると思って急ぎ二条城へ向かいます。その段階で、すでに信長の命により、波多野秀治ら三兄弟を信長が斬ったことが伝えられます。光秀もその場にいたのですが、信長は、「光秀、わしの許しも得ず、波多野一族の助命と領地の安堵を致したと聞いた。ただちに丹波に戻り、波多野一族を皆殺しにせい。わかったか」と命じます。

光秀は震え、顔をゆがめ、秀吉はうわぁと叫びながら、「鬼! 鬼じゃ! 織田信長は鬼じゃ!」といって刀を抜こうとします。千宗易(演・仲代達矢)が秀吉を制しますが、「手を放せ! 鬼! 放せ!」と騒ぎ立てる様子が展開されます。

場面は八上城で磔にされている美の姿が映し出されます。

「光秀」と一言発する場面で第22回は終了します。光秀の母美の処刑エピソードは週またぎで描かれることになりました。

そして第23回。「天正七年の夏、明智光秀様の母上美様が、人質として入られた丹波の八上城で命の危機を迎えておられました」――。ナレーションでの説明が挿入されます。

現地に秀吉らと駆けつける光秀。磔にされる美の姿が衝撃的です。

「私は明智光秀の母にございます。この命、お取りくださいませ」

波多野方が光秀の到着を待って殺すというのに対して、美は「殺してくださいませ! 殺してくださいませ!」と叫びます。そこへ光秀が到着。

光秀「母御前、ご無事でござるか!」

美「うろたえるか、光秀殿」

同行した秀吉が、美の命を救ってくれれば波多野の皆の命と領地を安堵すると叫ぶ。

しかし、波多野からは鉄炮が返答として発砲されました。母と話がしたいといって光秀が近づきます。

美「光秀、死に目に間に合おうてくれて嬉しい。こう見るとお前はとても良い男じゃ」

光秀「母御前。この光秀の夢のため、お命くださいませ」

美「鬼の世は長くは続かぬ。きっと誰かに退治される。天下を」

光秀「天下」

美「明智光秀の母じゃ、お刺しなされ」

息子光秀の眼前で、ぶさぶさと刺される光秀の母美。衝撃的な場面となったのです。

徳川家臣団、鮒ずしのにおいに難詰を

安土城で光秀が徳川家康(演・西村雅彦/現・西村まさ彦)を接待するというタイミングで、備中高松城を攻める秀吉から石田三成が使者として信長のもとにやってきます。備中からの秀吉使者の役割は2006年の『功名が辻』では山内一豊(演・上川隆也)が命じられる役になります。そして、本作の石田三成と、『功名が辻』の山内一豊のふたりとも、家康接待の場に参加するよう命じられるのです。その家康接待では、ちょうど能が披露されるタイミングでした。

欠伸をするなど、不満げな家康と家臣団一行。信長が「気に召さぬようじゃの」と気を遣います。そんな中で、「安土で都の能とは」と本多正信(演・宍戸錠)が不穏な発言をします。その場にいた光秀の重臣斎藤利三(演・上條恒彦)が「なんと仰せられた」と怒りを本多正信に向けます。

「都の能は都で観るに如かず」と本多正信。不穏な空気が流れます。こうしたやり取りをほぼ無表情でやり過ごすのが西村雅彦さん演じる徳川家康。不気味な存在ということを印象づけます。

家康と光秀の家臣らが信長の面前で不穏なやり取りをする中で、信長がおもむろに「光秀よ。そちの領国の丹波の猿楽などが良かったかの?」と光秀に問いかけます。ここで当意即妙な返しができたらよかったのでしょうが、光秀は、「このような高貴な場にはふさわしくございませぬ」と大真面目に答えてしまいます。

さらに、家康家臣団から不穏な発言が続きます。

「明智殿、あるじ家康に腐った魚をお出しになるのでござるか」

「それは鮒ずしと申し、近江の名産にござれば、わが妻が長浜まで参り選んだ極上の寿司にござる」と返す光秀。

家康接待の際に、腐った魚を供したというエピソードは、『川角太閤記』で記述された話です。重要な接待の場にさすがに「腐った魚」は出すまいということなのか、発酵食品である鮒寿司の強烈なにおいを家康家臣団が知らなかったという風にアレンジされました。

ところがここで、信長が少し前の「能と猿楽」の話題をぶり返します。

「光秀、さきほど余の申すことに抗うたが、都の能と丹波の猿楽。その高貴と下品の違いを申せ」と難癖をつけ、「料理もまずい」と光秀を一喝します。

光秀は食材を吟味し、京の腕利きを集めて作った料理がまずいはずがないと反論しますが、今度は、背後にいた信長の小姓森蘭丸が、「光秀殿は、料理のうまいまずいをはかる杓か秤でも持っておるのか。杓も秤もないのに、お屋形様の舌より貴殿の舌のほうが正しいと申される。いったいどのような舌をされておるのか」などと、光秀を責め立てます。

本作の森蘭丸はほかのどの大河ドラマ作品の中でもっとも「尖った蘭丸」として知られています。石田三成をほかの小姓らとともにボコボコにするという暴力沙汰を起こす場面も描かれたほどです。

蘭丸とのやり取りを聞いていた信長は、「光秀、なぜ素直に怒らんのじゃ」と光秀を責めます。

そして、膳を足蹴にひっくり返して接待の場を立ち去ります。しかも必死で止める光秀の胸を蹴り上げるのです。一連のやり取りを石田三成が秀吉の妻おね(演・沢口靖子)に報告するというのがオチでした。

明智光秀の「転落」は怒涛の如く描かれます。安土城内で蘭丸から衝撃的な「辞令」が発せられるのです。信長の側に仕えているとはいえ、小姓という立場の人間からの「辞令」は光秀にとって屈辱的なものだったに違いありません。

「惟任日向守光秀儀に申し渡す。中国出陣を命ず。ただちに兵馬を整え、備中表に参陣すべし。丹波、近江、坂本の領地に代え、出雲石見の二か国を与えるものなり」

出雲石見はまだ毛利の領地。光秀にとっては無理難題です。光秀のもとに母美の「亡霊」が現れて「鬼じゃ、信長は鬼じゃ。明智を滅ぼすつもりじゃ」「殺してしまえ、殺せ、殺せー、信長を殺してしまえー」と唱え続けるのです。

本作は、本能寺の変に至るエピソードがこれでもかと積み重ねられるように挿入されていきます。

「明智殿。領地替えの件、聞き及びました。ご辛抱なされませ。けして荒木村重殿のごときふるまいはなされますな」と声をかけてきたのは、徳川家康です。

「この家康、兄信長公に口を利きもうしたが、お聞き届けかなわず明智殿なれば、出雲、石見を切り取ることなど造作もないと申された。母上を失い、諏訪の陣にて打擲され、またこの家康のために心をこめたご接待を叱責いたされ、はたまた、長年の忠勤のすえお手になされた丹波、坂本を失われる。お気持ちのほど深く深くお察し申し上げまする。ご辛抱を」

そういいながら、家康は光秀をけしかけるような発言をするのです。恐るべし家康です。

「武田信玄様が上洛する前に足利義昭が穴山梅雪におくった書状に、明智光秀が武田に呼応して挙兵とあります。明智殿の行く末、天に赤き火を放つ流れ星の如し。この家康、穴山梅雪からお聞きし、書状をとりあげ持参いたした」

家康は、この一件を武田家遺臣のだれかが信長に伝えたのではないかとしたうえで、さらに光秀をけしかけます。

「近頃のあなたさまへのお仕打ち。いかにもむごい」

明智光秀 連歌の会

天正10年(1582)5月28日、愛宕山で連歌の会が開かれます。

「信長様への不満は、京の公家にも、各地の寺社にも、諸国の国人にも、村々の民百姓にも満ち溢れている。信長様がお亡くなりになれば人々はたちまちにして我が旗につく」……光秀の心の声が流れます。

畿内に残る兵は、信忠の2000の旗本衆、丹羽長秀の5000。ほかは光秀の近しい軍勢のみ。信長の甥織田信澄は光秀娘婿、親しい仲の筒井順慶、丹後の細川藤孝は光秀の娘の嫁ぎ先、摂津の中川清秀、高山右近は光秀の組下です。時は今しかない。光秀は連歌の発句に自らの思いを込めるのです。

ときは今 雨が下しる五月かな

そして――。

「6月1日、光秀は愛宕権現で御籤をひいたという。一度目は大凶、二度目は小吉、三度目は大吉」

斎藤利三、明智秀満(演・青島健介)、溝尾庄兵衛(演・今福将雄)ら重臣と光秀の場面です。光秀の母美の位牌を手にした溝尾庄兵衛が、「殿、敵はいずこにありや」と、やや興奮気味に問います。

光秀「母御前……敵は本能寺にあり!」

足利義昭を京に迎え、古の秩序を立て直すのは大吉だと、光秀は大義を作ろうとします。

場面は6月2日早朝の本能寺に転じます。馬のいななく気配に目覚める信長。

「たれかある?」

ここで第29回「敵は本能寺」が終了し、続きは次週ということになりました。視聴者は、1週間おあずけをくらったわけです。

そして、第30回。冒頭で、本能寺門内では攻め入ってくる明智軍。塀の上から鉄砲兵が乱射しています。

光秀「この戦、謀反にあらず、この戦、天下のため、万民のため恐ろしき鬼よりこの乱世を救うにあり」「決して女子どもにかまうな。狙うは鬼神、織田信長の首ただひとつ」

本能寺の中では、黒人家臣弥助が甲冑の用意をします。「甲冑を着る暇はない。僧兵か? 町衆の反乱か?」と信長が小姓らに尋ねます。小姓らは「わかりませぬ。あの鉄炮にときの声。少ない人数とは思えませぬ」とだけ応えます。そこに森蘭丸が焦燥した表情で現れ、「お屋形様、お鍋様、お逃げくださいませ」といって、騒ぎのおおもとについて報告します。

蘭丸「敵は、敵は惟任日向守」

信長「これとうひゅうがのかみ? 光秀じゃと?」

蘭丸「確かに水色桔梗の旗」「お逃げくださいませ」

信長「光秀は緻密な男よ。率いる兵は1万3000。謀反とあればこの寺は、十重二十重に取り巻かれておろう」

お鍋「信忠様は?」

信長「いうに及ばず。信忠も殺されるのじゃ」

蘭丸「お屋形様に大恩ある日向守がなにゆえの謀反ぞ」

信長「是非に及ばず」

本能寺の廊下に信長が出てきます。

信長「光秀め、やりおるわ」「水色桔梗。美しき旗じゃ」

「このとき本能寺には、門番衆50名、中間24名、小姓36名しかいなかった」とナレーションが解説。

なだれ込んでくる明智勢に対して、信長は弓で応戦。4矢目を射る際には、奮戦する黒人家臣弥助に対し、「弥助、楽しいか」と声をかけて「みな楽し行ければいい、おもしろくやれ」とエールを送ります。5矢目を射た後で弦が切れ、槍に持ち変えて応戦します。信長は今度は刀に持ち変え、明智兵を5人斬って捨てます。本能寺の変の信長の殺陣では『国盗り物語』の高橋英樹さんと同じく美しい立ち回りとなりました。

側室お鍋も鉢巻き姿で参戦し、黒人弥助も槍で奮戦。しかし、弥助は鉄炮で撃たれた後、さらに何本もの槍で刺されて落命。お鍋ら侍女軍団も鉄炮を乱射され落命します。これまで、信長正室の濃姫の参戦が描かれたことはありますが、本作では側室お鍋の方になりました。本作では、濃姫がキャスティングされずに、吉乃が信長の正妻のような立場で登場していましたが、信長より先に亡くなっていたので、お鍋の登場ということになったのでしょう。

これまでか、と悟った信長。

「もうよい。蘭丸。火つけい」

堂内でさらにふたりの明智兵をきりつけた信長は、さらに奥殿にむかって歩を進めます。と、ここで、唐突に、雑兵に扮した石川五右衛門(演・赤井英和)とおたき(演・涼風真世)が信長の名物茶道具を盗むために本能寺に潜入してきます。そのとき偶然、後姿の信長を見て、「猿にお屋形様の最期を報せてやらねえと」と信長のあとをつけようとしたところで、森蘭丸に見つかり逃げるのです。本能寺に盗み目的で石川五右衛門が潜入するとは、大河ドラマの本能寺の変史上、最大の珍場面だったと思います。

その珍場面の流れで、蘭丸は、信長を守るために鉄炮兵に撃たれます。その銃声が響いたとき、信長は激しい炎に包まれた奥殿で、立ちながら、「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり」と「敦盛」を詠じます。「ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」――。そして「神か……神が死ぬか」とつぶやき、信長は、立ったまま頸動脈を切るのです。切腹ではなく、頸動脈を切って自害し落命という斬新な最期が描かれました。激しく噴き上げる信長の血が強烈だったのです。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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