
50代は、はざまの年代です。上の世代の顔色をうかがいながら、若手の奔放な振る舞いに戸惑う毎日。気がつけば一日中、交通整理をしているかのよう。
「自分の心が狭いのか…」
「もっとうまく対処できる方法があるはずだ」
そんな心の声に苛まれながら、実はなにより気になるのは、自分への不安。
「自分こそ、年下から嫌われてないか…」
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日は、老いへの不安を抱えた男性が、相談に訪れています。
ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者|53歳男性(中間管理職)
主な症状|以前は穏やかだった年上の人が、些細なことでカッとなったりしている。一方、職場では部下との距離も感じる。「老い」への不安があり、できるだけ楽しく年をとる方法が知りたい。
悩み相談「自分が透明になっていくようで」
ぼやくような口ぶりで、相談者は話し始めました。
「最近周りの人たちの言い分に頭を悩ませることばかりで。以前は穏やかだった人が、些細なことでカッとなる。職場では、よかれと思って部下にアドバイスすれば、『それ、必要あります?』と一蹴される。
そんな場面が重なるうちに、自分だけが透明になっていくような気すらして。最近では、政治家の言動までワガママに見えてくる。正直、あんなに自由に発言ができて、羨ましい」
軽くため息をついて、相談者は続けます。
「でも、いちばんの悩みは、『自分も年をとったら感情を抑えられなくなるのか』と不安になること。そして、『実は自分こそが、下の世代から疎まれているんじゃないか』と、怖くなってしまうことです」
志村先生は深く頷きながら答えました。
「わかりますよ。50代は板挟みになることも多い年代。これは、中医学の得意分野でもある『生命力の磨き方』に関わる話です。これからのご自分のためにも、一緒に考えてみましょう」
「怒り」の正体は、枯渇した生命力
志村先生は、いつもの快活な語り口で話し始めました。
怒りは「性格」の問題ではない
「まず、『怒りの爆発』を、中医学では、「性格」の問題とは考えません。
年齢を重ねるにつれ、体の回復力は少しずつ落ちていきます。これまでの生活習慣による体への負荷。そこから慢性的に疲労が蓄積し、回復が追いついていかなくなる構図です。
いうならば、ドロドロになったものが蓄積した体に、疲弊が溜まり、さらに個別要因も複雑に絡み合って、感情を抑えることにエネルギーが回らなくなってしまう」
腎は「命のエネルギータンク」
「中医学には、『若さの秘訣は腎にあり』という考え方があります。
『腎』は自前のホルモン力や生命力の根本を担う場所。生命力の源ですから、まさに老化や活力とも深く関係しています。『腎』の弱りは『老い』に繋がるわけです。
だからこそ、『楽しく老いたい』への答えとしては、『腎』を無駄に消耗しないこと、そして『腎』に足りないものを補うという、『補腎』が鍵になります」
「『補腎』ですか? 聞いたことがないな」
「まず、漢方では、両親から受け継いだ『先天の精』と、食事や生活によって後から補われる『後天の精』があると考えます。『先天の精』は使い切れば終わりですが、『後天の精』は、追加しながら補うことができます。
これを例えるなら、ロウソクでしょうか。ロウソクの蝋が生命力そのもので、炎が命の灯火です。蝋がなくなれば炎は消えてしまいます。
『補腎』というのは、その蝋が減りすぎないように油をつぎ足していくようなイメージです。漢方薬を飲むことや、養生によって、つぎ足すことができます」

「なるほど。それなら、いつまでも炎が尽きないと。若さを保つことや、長生きのコツにもつながりそうな話ですね」
「そうなんです。歴史上の権力者たちが不老長寿の薬を求めた逸話があるとおり、漢方の世界には、『補腎』に対する養生や、処方があります。
というのも、『補腎』には活力を高めると同時に、男性なら生殖機能、女性であれば美容や肌の潤いとも関係します。つまり、生命力全体を底上げする考え方なんです」
今日からできる養生
「ほう。では、『腎』を補うためには、具体的になにを?」
質問者の問いに、志村先生はこんなことを教えてくれました。
まず「消耗を止める」ことから
「『腎』を消耗させる原因は、ごく身近なところにあります。
・夜更かし
・無理のしすぎ
・過度な性生活、など。
ですから、『補腎』のためには、その逆。
・早く寝ること
・無理をしない生活
何事も『過度』は禁物で、ストレスを溜めないことも大切です。まずは消耗を防ぐことが、第一です」
のびやかに巡る「気」
「そして、もう一つ大切なのは、『気・血・水』が体の中をうまく巡っていること。それが生命力につながります。
疲れるから、といって趣味を止めたり、節約のために外出を控えたりすることは、『気』の巡りを滞らせ、『血・水』にまで影響を与えます。
漢方の本には『腎』を補う食べ物として海老などが紹介されることもありますが、それ以上に大切なのは、心がのびやかであること。情報にがんじがらめになるより、心の健やかさを保つことが、病を遠ざける養生になっていると、相談を受ける日々の中で感じています」
怒りを「創造」へ向ける
「そして今のうちから、あなたの心を健やかに保ち、息抜きができる場所を作っておくことも大事にしてください。人間、余裕がなくなると、周囲のワガママをしなやかに受け流すこともできなくなりますから。
幸い、これには参考になる方法が数多くあります。ご自分に合う方法を考えてみてください。
例えば、想いを紙に書き出すジャーナリング。脳内のモヤモヤを書き写すことで、自分の中に滞っていた『気』が流れます。
あるいは、もっと直感的にエネルギーをぶつけるのもいいです。ライブペインティングのようなアプローチですね。無心で粘土をこねる時間を持つとか、パンを焼いたり、蕎麦打ちなども、おそらく同じことかな、と感じます。

感情をそのまま他人にぶつければ誰かを傷つけてしまいますが、そのエネルギーを『破壊』ではなく『創造』へ向ければ、誰も傷つけません。
それに、芸術家に長生きな方が多いのは、不満や怒りさえも作品に昇華して、心に溜めないからかもしれません。
そして、心を開ける友人の存在も、大きな支えになります。ありのままを話せる相手に、気楽に話を聴いてもらうだけで、気持ちがすっと楽になるはずですよ」
移ろいの年代、その先にある希望
相談者は、少し言いにくそうに続けました。
「先生、実は……自分自身のことも、少し聞いてもいいですか?
最近、筋の硬さを感じたり、気持ちが落ち込んだりすることがあって。男性更年期なのかな、と。症状についての情報はスマートフォンで調べれば星の数ほどありますが、この先にある希望、老いていく先に何があるのか、そこが知りたいです」
更年期の先はどうなる?
志村先生は、静かに答えました。
「たしかに、ホルモンの変動が大きい時期が、一番しんどい時期です。思春期と同じで、過渡的なタイミング。でも、その変化が落ち着いてくると、逆に元気になる方も多いですよ」
「そうなんですか?」
「女性は閉経があるので、比較的変化がわかりやすく、ホルモンバランスが安定してくると、元気になるケースをお見かけします。女性ホルモンは激減しますが、相対的にテストステロン(男性ホルモン)の割合が増えるので、行動的になったり、メンタルの揺れも少なくなります。おじさん気質が増す、ともいえるかな(笑)。
男性の場合はテストステロンの低下が大きなテーマになります。気力や、やる気の減退が出やすい。
特に、筋トレを熱心にしていて、テストステロン値が高かった人ほど、その落差が大きくなると、いわれています」
「なるほど。高いところから下がるほど、落差を感じるわけか」
「そうです。だから何事もほどほどが大切なんだと思います。
以前、70代女性のお客様がこんなことをおっしゃっていました。『更年期に、しっかりと漢方薬を飲んだけど、その時期を無事に乗り越えたら、今は全然しんどくない』と。変化の時期を超えれば、また新しい安定が来る。
また、ボランティアに取り組むことで、若い頃できなかったことの罪滅ぼしができる、とおっしゃる方もいます。仕事をバリバリとこなす年代を過ぎたからこそ、やるべきことが見えてくるのかもしれません。
そう考えると、今感じている揺らぎを、新しい自分へのアップデート期間だと捉えれば、気持ちが楽になりませんか?」
次の新しい景色へ、心に風を通す
視線を上げた相談者に、志村先生は重ねて言います。
「内容は何でもいいんです。仕事として取り組むのもいいし、ボランティアでもいい。趣味を楽しむ時間や、友人とのたわいない会話は、まさに心に風を通すでしょう。
そういう場に出ている人は、年齢を重ねても表情が生き生きしています。そしてなにより、のびやかな人は体も健康です。やはり人は社会的な生き物ですね」
相談者はしばらく考えた後、口にしました。
「下の世代は、自分が来た道。上の世代は、自分の行く末、か。上の世代の激昂も、いつか自分が通るかもしれない景色として眺めれば、謙虚になれる気もします」

小さく息を吐き、続けます。
「まずは今日から、自分の心の循環を意識します。そういえば、ずっとやってみたかった絵画教室があるんです。これまで趣味らしいものもなかったので、思い切って予約してみてもいいかな」
おわりに
年をとってくると、それまで楽しめていたことでも、感動しなくなってしまったり、怒りっぽくなってしまったりすることもあるでしょう。
もしそんな「心が固くなるサイン」に気づいたら、『腎』が弱ってきたサインとして捉えてみると、対処方法が見つかるかもしれません。
一言で「これさえあれば老いない」という特効薬があればいいですが、そうはいかないもの。
ただ、『腎』を守り、気を巡らせながら社会と繋がる。そんな暮らしの中にこそ、「楽しく年をとる」ためのヒントは隠されているようです。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)











