どこから出てきたのか。足軽あがりのその者には稀なる才が宿っていた。その才を持って、民草(たみくさ)から天下人へと駆け上がった、日本史上ただひとりの男。豊臣秀吉。その謎に満ちた生涯を、解き明かす。この記事では秀吉が行った軍略の「水攻め」について解説。

三木城、鳥取城…攻城の天才・豊臣秀吉の超軍略「兵糧攻め」を解説も合わせてどうぞ。

湿地の攻めにくさを逆手にとった

水はけの悪い低地が水没

水攻防戦之図・赤松水攻之図
幕末明治の浮世絵師・一猛斎芳虎による錦絵 。左下の采配を持つ人物が秀吉で、石井山の本陣から城を見下ろす構図となっている。和歌山市立博物館蔵 写真/和歌山市立博物館

高松城攻め(1582年)

敵将:清水宗治(1537〜82)

備中高松城主・石川久孝の家臣だったが、石川氏を配下におさめた毛利氏の命により城主に抜擢された(諸説あり)。毛利元就の三男・小早川隆景を助け、毛利氏の勢力拡大に貢献するも、秀吉に敗れ自刃した。
写真/国文学研究資料館

秀吉は中国地方を転戦し、徐々に毛利氏の支配圏を切り崩していった。備前国(岡山県)は毛利氏傘下の宇喜多直家が治めていたが、毛利氏を見限って秀吉に下った。こうして秀吉は毛利氏の勢力下にある備中との国境へ兵を進めた。備中の東部には要衝・備中高松城があり、城主の清水宗治は毛利氏に忠誠あつく、秀吉からの誘いを断固として突っぱねた。

天正10年(1582)4月、2万の大軍で城を包囲した秀吉は、奇抜な作戦を遂行する。世に名高い“備中高松城の水攻め”である。水攻めとは堤防をつくって川の水を引き入れ、城を水で浸す攻城法である。この策を秀吉軍の誰が言いだしたのか。小和田さんは独自の説を唱える。

「従来は黒田官兵衛が献策したといわれてきましたが、私は、秀吉の盟友、蜂須賀小六(正勝)あたりの提案だったのではないかと考えています」

堤防を築く技術が決め手

秀吉が生涯にわたって最も信頼した側近のひとりである蜂須賀小六(1526〜86)。その出自についてはあいまいな部分が多いが、小和田さんは、小六は木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川[いびがわ])の水運業や土木建築業、またはそれに類する事業を手がけていたのではないかという。水攻めには堤防づくりの技術が必須であり、蜂須賀小六の水攻め献策説は大いに説得力がある。ただ、誰が献策したにせよ、水攻めという大胆な戦術を実現しえたのは、秀吉の並外れた決断力と実行力にほかならない。

「水攻めの発想自体は近江の六角氏がすでに実行しています。ただ、この水攻めは失敗に終わったようです。大々的に堤防工事を行ない、成功を収めた最初の武将が秀吉といえるでしょう」

龍王山から備中高松城跡を望む。画面中央の右上あたりが城跡で、左の小高い丘が秀吉の本陣があった石井山。当時、城の周辺は梅雨の長雨にさらされ一面の水浸しとなった。写真/坂本 照・アフロ

機を見て資本を集中投下

備中高松城は平地にある城であり、そもそも手間のかかる水攻めを選んだのはなぜなのか。

「低湿地に城をつくることによって、攻める側が堀の水や周囲のぬかるみに邪魔されてなかなか城に近づけないのが平城の利点です。これを秀吉は逆手にとったわけです。堤防をつくって川の水を流れ込ませれば、城の内部が水浸しになって身動きがとれなくなる。目的のためなら銭を惜しまず全力で取り組む。そういうところも秀吉が“城攻めの天才”といわれる所以でしょう」
 
秀吉の思惑通り、突貫工事でつくられた堤防は見事に川の水をせき止め、低湿地の城を“浮城”に変えてしまった。援軍にやってきた小早川隆景や吉川元春などの毛利勢も呆然と眺めるしかなかった。

秀吉方は城の南から西にかけて堤防を築き、城下を流れる足守川をせき止めた。さらに龍王山の峠を開削して導水し、城を水没させた。遅れて到着した毛利の援軍は、なすすべなく見守るしかなかった。
清水宗治は舟の上で切腹して果てたと伝わる。

秀吉は有利な条件で毛利方と講和すべく折衝を開始。結果、清水宗治は城兵の助命を条件に自害して果てた。しかしその裏で、秀吉には「本能寺で信長死す」の報が届いていたのである。次項で秀吉の驚異的な行動力を追いたい。

土塁の跡は今に残る

蛙ヶ鼻(かわずがはな)築堤跡(岡山市北区)。堤防の幅は約26.5m、高さ約7m(推定)。城側に土を詰めた俵を積み、反対側は莚(むしろ)状の編み物を地に敷いてその上に直接盛り土したとされる。
写真/岡山市教育委員会

解説 小和田哲男さん(静岡大学名誉教授)

昭和19年、静岡県生まれ。専門は日本中世史。日本城郭協会理事長。NHK大河ドラマ『秀吉』『軍師官兵衛』『どうする家康』などの時代考証を担当。著書に『豊臣秀長』『戦国武将の叡智』など多数。撮影/今井一詞

取材・文/上川畑 博 イラスト/さとうただし 地図/モリソン

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