
農作業などで活躍した水牛。竹富島では水牛車に揺られて赤瓦屋根の集落内を巡ることができる。水牛の気分次第で止まることもあるのはご愛敬だ。
石垣島からはフェリーで約10~15分と近く、便数も1日に10~20便運航している。フェリー乗り場からバスで移動し、赤瓦屋根の集落に着く。石垣に囲まれた家々の間を縫うように散策していると、時折、水牛の曳く水牛車に出くわす。

かつては茅葺屋根が一般的だった竹富島の家々だが、明治以降、火防と台風対策のため赤瓦が広まった。美しい赤瓦で統一された家並みは竹富島の象徴となっている。
共同体の祭りという絆
「竹富島では、一年中、祭事行事が執り行なわれています。豊かな実りを願う農耕の祭りと、個人の長寿などを祝う行事の日取りで一年の過ごし方が決まります。秋には竹富島最大の祭り、種子取祭が行なわれます」
竹富島を訪れるなら、ぜひ種子取祭に合わせて、と須藤さん。種子取祭は、旧暦9月〜10月頃(新暦10月〜11月)開催される。島内各所で行なわれるが、最も規模が大きな行事は、集落の中心にある世持御嶽で賑やかに行なわれる。
600年ほどの歴史を持つといわれる種子取祭は、祓い清めた畑に、粟の種子を蒔き始める農耕儀礼だ。島内の6つの村が協力し合い、作物が最も根付く戊子の日に一斉に種まきを行なうようになったのが起源といわれる。
種子取祭(タナドゥイ)

種子取祭での重要な神事のひとつ「バンヒルの願い」と「イバン取り」の儀式。粟の色の衣をまとった神司たちが、種子の発芽を祈願する。 写真/水野暁子
狂言などを中心とした奉納芸能が盛んで、本土の狂言師なども見学に来るという竹富島の種子取祭。最近は音響や照明などの設備も整えて、住民も観光客も一体となって楽しんでいる。地域の祭りではあるが、閉鎖的では決してない。来る者を温かく迎え入れてくれるのが、のどかなこの島の伝統だ。訪れる者としては、地元の人々の営みに配慮し、聖域など大切にされているものに敬意を払ってお邪魔したいものだ。

昔、人頭税という重税に苦しみながらも、10人の子どもを育て上げ、税も完納した夫婦が、模範者として国王に賞されたことを祝う奉納芸能。貧しく、片袖がない装いで踊る。 写真/水野暁子
地元の古老が教えてくれた。御嶽前で催される狂言などの奉納芸能で活躍する太鼓などの地方や踊り手などは年々減少しているが、石垣島をはじめとする他島の地方などと協力し合い、祭りを存続させているという。時代は移ろっても、島に生きる人々が手を取り合う精神は変わらないようだ。

集落の中にある日本最南端の寺併設の「喜宝院蒐集館」(竹富町竹富108、不定休、入館料500円)に展示されているミルクの面。前歯が出ており、魚の形の目をしている。
『食事処 やらぼ』竹富島産車海老を贅沢に使用

八重山そばをはじめとする島のそばが揃っている。写真は、竹富島産の大きな車海老を並べた「えび入り野菜そば」1800円。とんこつとかつお出汁が香るコクのあるスープと丸麺、車海老の旨味が調和している。
●住所:沖縄県八重山郡竹富町竹富107 電話:070・5589・6631 定休日:水曜 営業時間:11時~16時(最終注文15時30分) 交通アクセス:竹富東港から徒歩約20分

●解説 須藤義人さん(沖縄大学教授)

昭和51年、神奈川県生まれ。沖縄県立芸術大学大学院博士課程単位取得退学。沖縄大学人文学部教授。映像民俗学者・宗教哲学者。著書に『マレビト芸能の発生─琉球と熊野を結ぶ神々』など。
取材・文/平松温子 撮影/奥田高文
※『サライ』2026年7月号より












