内野聖陽(うちの・せいよう)
1968年生まれ、神奈川県出身。1993年俳優デビュー。近年の出演作に「とんび」、「真田丸」、「きのう何食べた?」シリーズ、「PJ~航空救難団~」等のテレビドラマ、「犯罪者」等の配信ドラマ、『海難1890』、『初恋』、『ホムンクルス』、『鋼の錬金術師』シリーズ、『春画先生』、『八犬伝』、『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』等の映画。舞台出演も多数。

* * *

2019年、大阪の不動産デベロッパーで社長を務める藤堂繁(内野聖陽)。ある日、3年前の学校用地買収について、地検から事情聴取を受ける。鈴鳴検事(松本若菜)らによる巧妙な取り調べを経て、藤堂は身に覚えのないまま、30億円の業務上横領の罪で逮捕される――。実話を元にした映画『負けへんで』で内野聖陽さんが主演を務めました。映画のこと、演技について、60歳を前にしたいま思うこと、内野さんに聞きました。

『負けへんで』
(配給:ギャガ)
監督/本木克英
原作/山岸忍
「負けへんで 東証一部上場企業社長vs地検特捜部」
(文春文庫)
脚本/吉川次郎
出演/内野聖陽、松本若菜、竜星 涼、美村里江、石丸幹二、矢柴俊博、田中美央、三浦誠己、藤本隆宏、北村一輝
11月13日(金)全国公開
(C)2026「負けへんで」製作委員会

ある意味、検察権力に対する復讐の物語です

――原作者で、主人公のモデルでもある山岸忍さんには会われましたか?

「最初は原作者にお会いせず、自分のイメージの中だけで演じ切ろうと思っていました。この事件を『フィクションのエンターテイメントとしてつくりたい』という監督とプロデューサーのお誘いを受けて、やります! と手を挙げたので。でもやっぱり当時のデベロッパーを取り巻く環境、雰囲気、それにご本人の心境をお聞きしておいたほうがいい。それで京都に行ってお会いしたのですが、なんて素敵な人だろう! と。真っ正直で人たらしでパワフル、経営者としてあれだけのことを成し遂げた人ですから当然かもしれません。僕としては苦しかった話、悔しかったこと、悲しかったことをお聞きしたかったのですが、そうした弱音を見せるのが嫌いな方でもあって。それでも激しく仕事をしていた時代の話をお聞きし、やはり当時のデベロッパーの世界、生き馬の目を抜くような激しさはまさしく体育会系だなと」

――藤堂繁という役をどのようにイメージしていきましたか?

「特殊な人間にはしたくありませんでした。スポーツマンで前向きで、人生を謳歌する経営者が、ある日突然に検察の罠にハマって落ちていく――。そういう話と捉えたので、共感できる男というか、何も悪くないのに貶められていくという描写にしたくて。準備稿の段階では奇抜な服装だったりしたのですが、特殊過ぎないか? などと監督やシナリオライターさんと喧々諤々でしたね。ストレス無く楽しんでいただきたい、ストーリーもなるべくわかりやすいほうがいいだろうなと」

――藤堂とご自身と、共通点を感じる部分が?

「山岸さんは、『ちょっと部下を信用し過ぎましたね…』と反省されていて。僕自身はあんな風に出来るかわかりませんが、それぐらい部下に託されていたのでしょう。信頼していたから、部下がいろいろな問題を抱えていたことが見えなかったのかなと。共感したのは、負けん気の強さでした。山岸さんは勉強でもスポーツでも一番でいたかったそうです。自分も、ちょっと似ているところがあるかも。常に一番を! というわけではありませんが、体を鍛え、心を整え、人生を前向きに捉えて向上していきたい…と、思う時は思ってます(笑)。山岸さんにも『内野さんは僕にそっくり』と言われ、出来上がった映画を観ると、自分でも似ているかもしれないなと。原作者をモデルにはしませんでしたが、結果的にそうなった気がします」

――藤堂は身に覚えのない罪で追い込まれます。それを演じるのも、きつそうですが?

「撮影期間中は、ホテルと撮影所の往復でした。実は、大変だったのは大阪弁で。ホテルに戻ったら部屋ですぐに音源を聴き、それを繰り返しました。出演者には東京の方が多く、みなさん関西弁に苦労されていて。ひとりニコニコと、自由にやってらしたのが大阪出身の北村一輝さん。まったくのネイティブですから!」

――そうした状況が、藤堂役への理解に繋がった面も?

「ホテルと撮影現場に缶詰な毎日を一か月半過ごしたのが、逆によかったかもしれません。何日も家族と会えず、外の世界に触れられず、自分の会社が今にも壊れてしまうという瀬戸際で。あまりに過酷な状況で、いろいろと悪い妄想に取り憑かれたと思います。そんなことをたくさんたくさん想像したので辛いといえば辛い。‟拘禁病”という言葉も初めて聞きました。長いこと勾留されると精神が壊れてしまうと聞き、そこまで追い込まれるのか…と。でもご本人、原作者の山岸さんが拘置所のセットにいらっしゃると、『ああこんな感じこんな感じ』と飄々とされていましたけど」

鈴鳴検事役の松本若菜。取り調べは、身に覚えのない罪で勾留された藤堂にとって心のオアシスになるが…。

――鈴鳴検事とのシーンが印象的でした。精神的に追い込まれるなか、美人で気さくな検事と、あんなやりとりがあるのかと驚きで。

「本当に、‟チーママ”と呼ばれた美人検事がいらしたそうで。逮捕されて追い込まれた被疑者を相手に、シナリオ通りの供述を取ることを上から命令されているんです。取り調べを受ける側はいつの間にか精神が消耗して、『はい、その通りです…』とか言ってしまうらしくて。劇中で藤堂が『検事さんと話しているときがいちばん気が休まる』と言いますが、鈴鳴は大学の後輩でもあって。女性から味方風情で優しい言葉をかけられたりする時間が、心の潤いだったとか」

――わかる気がします…。

「検事というのはチームで行動するらしく、主任検事の描いたシナリオがあって、『あいつは黒だから、こういう供述を取ってこい』と言われ、後輩が『はいっ』と取りにいく。体育会系の上下関係で、そのシナリオ通りの供述を引き出すためにあの手この手を繰り出すそうです」

――映画を観ながら、自分なら黙秘を決め込むと思ったのですが?

「ははは。ですよね。藤堂は、『悪いことはしていないのだから、黙秘なんて卑怯なことはしたくない』と。本当に真っすぐな人です。精神力も強い。経営者としてもそうです。山岸さん自身が体を鍛えていて、(水上スキーに似た)ウェイクボードの大会で賞を取るようなスポーツマン。まさに体育男子です。コンプライアンスが今ほど喧しく問題になる以前ですから、ワンマン社長でもまったくアリですよね。それ以前に勤めた会社も体育会系で、そこから独立して自分で会社を立ち上げたという叩き上げで。嘘はつかず、正直にお客さんを獲得して会社を大きくされた。僕はそんな藤堂を、人生をポジティブにパワフルに生きる、健康的な経営者として描きたかった。彼の人生の転落劇を、納得して観ていただきたいなと」

――撮影していて、印象に残るシーンは?

「この映画のお話をいただいたとき、『モンテ・クリスト伯』を思い出しました。無実の罪で牢獄に入れられた主人公が、自分を陥れた人間に復讐する。この映画もある意味、検察権力に対する復讐と捉えました。だから藤堂が釈放された直後、レストランで弁護士さんたちと復讐を誓う。ああいうシーンは好きですね。怒りが青白い炎というか。深い決意を感じさせ、これから戦っていく後半戦の序曲として大事なシーンでもあります」

――完成した映画を観た感想は?

「本木監督は『釣りバカ日誌』シリーズなどを手掛けられた、商業映画の世界でトップのおひとりです。それで映画の演技は、役者に託したほうが映画は面白くなるという確信のある方で。撮影中、細かい演出をつけられることは殆どありませんでした。僕は、放置されると不安になるタイプなんです(笑)。でも出来た映画を観て、わずかに笑いありのスピード感のある社会派エンタメ作品になっていて、『参りました!』って思いましたね」

常にドキドキしていたい

――映画に舞台にドラマに出演作が途切れません。のんびりしたいときは、どう過ごしますか?

「山とか川とか、自然に触れたくなります。山登りはあまりしませんが、河原などでキャンプをするのが大好きで。キャンプ道具も一通りは揃えて、少しずつ充実させていますね。道具入れに凝ったりして。料理? たいしたものはつくりません。キャンプをしながら飲むウィスキーがサイコーですね。燻製をつくる鍋を買い、燻製をつくり、ウィスキーを飲む。いいでしょう?」

――一方で仕事に関しては慎重派で、準備にも時間をかけるそうですが?

「慎重であり大胆、両方です。料理に例えると、やっぱり熟成させたもののほうが美味しい。芝居もそう。早めに準備し、あるときは寝かせて時間をかけられたらいいですねぇ。時間をかけられたら最高です。一旦忘れ、また取り組んだりもします。昨日今日仕込んだものじゃあ美味しくないですよね。それとちょっと似ています。だからどんな企画も早めにやろうぜ! という思いがありますね」

――一旦忘れるのはなぜですか?

「脳って、つまらないことくだらないことは忘れて流すように出来ている気がします。それで良いこと、重要なことだけが残る。だから一旦寝かせます。文字通りに寝て忘却し、残ったものを熟成していくのかな、いらないものが、そぎ落とされるのかもしれませんね。やればやるほどよくなる、ということはある気はします。一発勝負で、ぽーん! とやる。そのよさも絶対ありますよね。初めて会ったときに生まれるのがいちばん面白く、説得力があったりします」

――年齢、キャリアを重ねるなかで、志高くあり続けることは難しいのでは?

「こなれたものというのは、やっていて面白くないんです。引き出しから出したものだけで勝負するのは。やっている本人がワクワクしていないと、観てくださる方にそれを感じていただけないような気がします。自分がワクワクする環境に持っていくのが、大事だなと」

――どうすれば、そうした環境に身を置けますか?

「新しい出会いって、ワクワクしません? それは人に限らずで、役柄や場所でもそう。新しい出会いは常に求めています。予想もしないところで見つかるときもあって、むしろそっちを期待しているかも。撮影現場という環境には慣れてきますが、現場で出会う役や監督、共演者やスタッフさんとは初めてだから、そこでやっぱりワクワクする。そうした感覚を大事にしたいと思っています」

――そろそろ60代が目線に入る年齢かと。

「見えてきましたが、特別な思いはないかなぁ。いつでも面白がりたいし、これ初めてかも! というものに出会いたい。実際に作品ごとに毎回毎回チャレンジみたいなところがありますし、似たような役柄は自分では選ばないほうかな。退屈が苦手で、常にドキドキしていたいのです」

――そうした性質は俳優向きでは?

「向いていたのか!(笑)。でも向いているとかいないとか、そんなことは若い頃は関係ありませんでした。ただもう、がむしゃらで。いまは年齢のせいか、ちょっといい加減な感じが出てきて。それもいいかなと思っています。いい加減にやることで若いときよりも、自分には才能があるかも? なんて(笑)。がりがりと求める時代というのは、傍から見たらつまらないのかも。単に、力が入らなくなっているだけかもしれませんけど(笑)。もちろん仕事だから真剣ですよ。でもそのなかに遊び心もあったほうが自由になれる。張りつめたなかでどこかが緩んでいる、という状態がいちばん楽しい。気合が入りまくっているけど、とても緩んでいるというのが最高だと思うんですよね」

戦う覚悟を決めた藤堂は、最強の弁護士軍団と逆襲を誓う。果たして、結末は?

写真/黒石あみ
ヘアメイク/佐藤裕子(スタジオAD)
スタイリスト/中川原寛(CaNN)

取材&文 浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。

 

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