文・石川真禧照(自動車生活探険家)

ノーマルモードでの走りは、モーターや駆動系の音もなく静かで、速い。コーナーでも速い。短いホイールベース+ハイパワーも専用開発のフロントサスがヤンチャなコーナリングを救ってくれる。軽自動車ベースとは思えないスモールハッチだ。

ホンダからちょっと気になる車が発売された。

スーパーワンと名付けられたその車はEV(電気自動車)だが、80年代に車好きだった輩には、当時を思い出させてくれるちょっと興味深い車だ。

基本的には軽自動車の「N-ONE e:」と同じ車体だが、バンパー下のフォグランプはホンダアクセス専用部品。車体色は黄色のほかに紫、パール、グレーが用意されている。
ドアの「BULLDOG」のデカールが特徴。前後のフェンダーの張り出しがわかる。
ゲート中央のHONDAエンブレムは黒く塗られている。 全高は1545mmの「ノーマルe:」に対し、70mm高い1615mmなので、立体駐車場に入らないケースもある。

スーパーワンのベースになっているのは、「N-ONE e:」という軽自動車のEV。25年9月に発売された。この車をホンダのちょっとヤンチャで遊び心のある技術者たちが変身させたのだ。

基本的な車体は軽自動車のままで、前後の車軸を外側に拡大し、太いタイヤを装着した。当然、タイヤが車体からはみ出るので、前後のフェンダーを外側に膨らませた。車軸を4センチ外側に広げたことで、車幅は10センチ広くなった。

軽自動車規格の全幅は超えたので小型車になった。車幅が軽自動車でなくなったので、全長もバンパーを大きくし、軽自動車枠よりも18センチ長くなった。こうして軽自動車のEVは、車体はそのままに、外装の前後左右を拡大したユニークな車が完成した。

4本の足を踏ん張ったように見える「BULLDOG」。ボンネット上の2本のスライプもホンダアクセス仕様。
15インチのアルミホイールもノーマル車とサイズは同じだが、デザインが異なる。タイヤは185/55R15のヨコハマ アドバン フレーヴァ。 
給電口は車体前部に設けられている。向かって右が急速充電用、左が200V家庭用。自宅の200V(3kw)で充電すると、電気残量50%から満充電の100%まで約6時間と表示された。一方で、最大1500Wの外部給電もできる。

それを見た80年代のホンダ車を知る技術者や営業部門の人たちは、1台の車を思い浮かべたのだ。

「シティターボIIブルドッグ」。83年に登場したスポーツモデルだ。

英国のポピュラーバンド「マッドネス」を起用した広告。ムカデダンスが話題になった。このバンドは現在も活動している。
40 年以上の年月を経て蘇った「BULLDOG」。2車を比べると、初代の全長は3420mmで、現在の軽自動車規格(3.4m以内)とほぼ同じだ。

ベースになった「シティ」は、81年にホンダが発売したスモールカー。3ドアハッチバックの車体は、当時のスモールハッチバックが全高1.4メートル以下だったのに対し、1.4メートルを超えていたことでトールボーイと呼ばれ、居住空間の広さとコンパクトさと70万円台という車両価格で若者たちの人気車になった。ユニークなCMとイタリアのカーデザイナー、ピニン・ファリーナがかかわったと言われるデザインも話題になった。

ホンダは、この「シティ」をベースにターボを装着した「シティターボ」(109万5000円)を翌年に発売。さらに83年に「ターボII」(123万8000円)を発売した。

この「ターボⅡ」は「シティ」をベースにしていたが、馬力とトルクを向上させたことで走行安定性を高めるために車軸とタイヤ幅を拡大した。当然、車体もフェンダーを膨らませ、ブリスターフェンダーにした。(当時、メーカーは改造車のイメージのあったブリスターフェンダーとは最後まで言わなかった)。

そして、この「ターボII」についた愛称が「ブルドッグ」だった。

短くて横に太った身体、愛嬌のある顔がブルドッグを連想させたのだ。

ホンダが今回、スーパーワンを企画した時、当時を知っている社内の車好きは、スーパーワンにブルドッグを名乗る仕様を考えた。しかしホンダはカタログに「ブルドッグ」の名を使わなかった。
ホンダの子会社で、主にアクセサリー類を開発しているホンダアクセスがブルドッグ仕様を作り上げた。

「BULLDOG」のデカールは、車体前部下にも貼られている。
ホンダアクセスのブルドッグ仕様専用のリアルーフウィング。ノーマル仕様のウイングより大きく、形状も異なる。
専用デザインの15インチホイール。中央のセンターキャップも、3種類のデザインから選べる。

メカニカルな部分は本家と同じだが、本家にはないフォグランプと「BULLDOG」のデカールと大型テールゲートスポイラーがなどを装備した仕様を用意した。

せっかくスーパーワンを取り上げるのなら、「ブルドッグ」仕様のほうが、気分が盛り上がる。

中央の9インチディスプレイはGoogle搭載。その下のラインは、ブーストモード時にだけ青色から紫色に変化する。ペダルもホンダアクセスデザイン。
エンジンルームではなくモータールームが搭載される。モーターは軽自動車用と同じだが、出力は軽自主規制の64psから95psに高められている。トルクは162Nmで、あえてチューニングされていない。

ということで、ブルドッグに試乗した。

軽自動車の「N-ONE e:」と比較すると、車両重量は60kg重く1090kgだが、最高出力は軽自動車の自主規制値64馬力から大幅に向上し、95馬力と表示されている。

ただし、最大トルクは162Nmで軽と同じなので、加速の速さに大差はない。

速さが異なるのはブーストモードが備わっていること。

83年当時の実車を試乗したことのある人には、「スクランブルブースト」というターボを瞬間だけ高める装置が備わっていたことを思い出させる。このあたりのこだわりもホンダらしいマニアックなところ。

スーパーワン独自のスポーツ装備がハンドルスポークに設けられたブーストスイッチ。これを押すと、瞬間だが最大出力が64psから95psに増大し、加速力が大きくなる。
ブーストモードを選択すると、運転席前のメーター表示は専用設定になり、仮想エンジン回転計(RPM)が表示される。
通常モードでの走行中はこちらのメーター表示になる。ドライブモード(スポーツ/ノーマル/シティ/エコ)の表示もある。
インパネ中央のシフト部。P、N、Dは押して、Rはスイッチを引いてシフトする。シフトレバーの右側はドライブモードのレバー。
スポーツモード、ブーストモード時に有段変速機のようなギヤチェンジを体感させてくれるパドルレバー。ノーマル時は4段階の回生モードの操作をするのに用いる。最強の回生モードでは車両は完全停止する。

ホイールベースの短い、高出力のFF車特有のじゃじゃ馬的操縦性は、最新の制御でおとなしくはなっているが、カーブでの緊張感は「ブルドッグ」を操っているという感覚を思い出させる。

新しいスーパーワンはセカンドハウスに置いておき、気候や気分の良い時に操縦を楽しみたい。ガレージに充電設備があれば、遠くなってしまった給油所に行くこともないし、カタログ表記で274km、実走行で200kmから220kmの一充電走行可能距離も日常生活での使用なら何の不便もない。

今回も電池容量が50%減の状態で、自宅の3kwの充電設備を使うと6時間で満充電になった。

左右脇腹と太もものホールドの良い前席専用のスポーツシート。
軽自動車の「N-ONE e:」と変わらない後席だが、足元は平らで頭上のスペースもあり、広い。座席は左右2分割式。
後席を立てた状態で荷室は奥行き87cmセンチ、左右幅120cm。開口部は路面から58cmと低い。
後席は左右別々に前倒しできる。背もたれを倒すと自動的に座面がスライドして低くなるスライドダウン式を採用。軽自動車と同じ。
スライドダウンした状態から座席を起こすと座席全体が一緒に起き上がり、広い空間が出現する。植木や背の高い荷物も収納できる。
スーパーワンはノーマル仕様でもBOSEの8スピーカーサウンドシステムが搭載されている。

保有年数の制限があるが、各種補助金を使えば価格も半額近い支払いで済む。

実用的な小さなEVをベースにして走りを楽しむクルマに仕立てる。最近のホンダには見られなかった遊び心だ。こういう形でEVライフを楽しむ生活も面白いかもしれない。

ホンダ/スーパーワン(純正アクセサリー装着車)

全長×全幅×全高3580×1575×1615mm
ホイールベース2520mm
車両重量1090kg
モーター交流同期
最高出力95ps/rpm
最大トルク162Nm/rpm
駆動形式前輪駆動
充電可能走行距離274km /(WLTC)
使用燃料/容量リチウムイオン電池/29.6kWh(総電力量)
ミッション形式電気式無段
サスペンション形式前:ストラット式 後:ストラット式
ブレーキ形式前:ディスク 後:リーディング トレーリング
乗員定員4名
車両価格(税込)422万5100円
問い合わせ先本田技研工業 0120-112010(車両)、ホンダアクセス 0120-663521(アクセサリー)

文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。

撮影/萩原文博

 

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