
食事の時間は、お腹を満たすためだけのものではありません。気の置けない友人と交わすお酒や、休日に時間をかけて作るこだわりの料理。そんな食べる喜びは、私たちの人生を豊かに彩ってくれる心の糧です。
だからこそ、50代で健診結果の現実を突きつけられると、葛藤が生まれます。「大好きな美食を我慢すべきか、それとも…」。
無理な我慢は、心身の負担になりかねません。そんなとき助けになるのが、体を労わりながら心も満たす、中医学の視点です。
本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から、心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。
今日は、健康診断でコレステロール値を指摘された男性が訪れています。ちょっと、覗いてみましょう。
【今日のお悩みカード】
相談者:50代 男性(会社員)
主な悩み:健診で体重・コレステロール値を指摘された。でも、食べる楽しみは手放したくない

本当に我慢って必要?
相談者は、椅子に座るなり、気まずそうにこう切り出しました。
「志村先生、健康診断で肥満とコレステロール値が引っかかりました。食事を見直すよう、勧められたのですが、どうしても我慢する気になれなくて…。
仲間と賑やかに囲む食卓も、自分で作る料理も、僕にとってはかけがえのない楽しみです。それを我慢したら、反動でさらに過食になってしまいそうな気もする。50代の体とうまく付き合っていける、なにか別のアドバイスはないでしょうか」

志村先生は、にっこり笑いながら答えました。
「食べることを楽しみ、おいしく味わうことは、大事なことです。中医学で大切にしているのは、食べたい気持ちを我慢して量を減らすというより、いかに整えながら健康的に食べるか、という考えです」
「整える、ですか?」
「はい。多い部分を減らし、足りない部分を補うのが、基本的な考えです。
ちょっとお伺いしますが、もしかしたら、味付けの濃いもの、こってりしたものがお好きではありませんか? お酒や、甘いものとか…」
「ええ。大好きなのはチキン南蛮です。でも、健診の数値も気になるし、最近は食べても楽しめない。油で揚げた鶏モモ肉に甘酢を絡めて、さらにマヨネーズベースのタルタルソース…。どう考えても、油分とカロリーの摂りすぎですよね?」
「なるほど。中医学の視点で考えると、脂っこいもの、味の濃いものを摂りすぎると、まず消化を担う『脾胃(ひい)』に大きな負担がかかります。胃腸が処理しきれなくなると、体の中に『痰湿(たんしつ)』というドロドロした老廃物が溜まってきます。
これが血液の流れを邪魔すると、『瘀血(おけつ)』という状態に。現代医学でいうところの、コレステロール値の上昇や、血液のドロドロにも近い状態と考えられています」
「やっぱりそうですよね…。我慢するしかないか」
下を向き、ため息をついた相談者に、志村先生は言いました。
「ただ、我慢して気が滞れば、また別の不調に繋がることもあります。だから、我慢するだけの養生は、私自身、あまりおすすめしていないんです。むしろ、喜びが欲しいなら、その分を他の部分から減らす考え方のほうがいいかもしれませんよ。例えば、夜に冷たいビールを飲みたいなら、昼間は温かいお茶だけで過ごす、というような…」
「おお。まさに、それが聞きたくて相談に来たんです」
身を乗り出した相談者に、志村先生は少し笑いながら、意外な話を切り出しました。
「じつはチキン南蛮って、中医学の『五味(ごみ)』という視点で見ると、意外にも味覚のバランスが取れている料理なんですよね…。ちょっとこじつけもありますけど、一緒に考えてみましょうか」
そう言って、五味五色についての解説が始まりました。
「整える」食べ方のヒント
「中医学には、味と色から食事のバランスを見直すことができる知恵があります。チキン南蛮を例に、見ていきましょう」

五味を知る|偏りは、体の負担に
「まず、『五味(ごみ)』は、酸・苦・甘・辛・鹹(さん・く・かん・しん・かん)を指します。ちなみに鹹(かん)というのは、塩味(しおあじ)、しょっぱい味のことです。
この五つは、それぞれに体への作用があり、五臓に働きかける味とされています。

例えば、辛い味は肺に、甘い味は胃腸に関わります。これが、どれか一つの味に偏りすぎると、対応する臓腑に負担をかけてしまうので、まんべんなく食べることでバランスをとる。これが基本的な食養生の考え方です。
この五味を、チキン南蛮に当てはめてみると…
鶏肉や、甘酢の砂糖は、胃腸を元気づける『甘』。
甘酢の酢や、タルタルのマヨネーズは、キュッと引き締める『酸』。
醤油や塩の『鹹』。
それから、タルタルソースに入っている玉ねぎが『辛』、パセリが『苦』。
『苦』が少ないですが、これは緑茶などが当てはまるため、食後に飲めば補いやすいかもしれません」
「本当だ…。こうして見ると、たったひとつのメニューに、五種類の味が入り混じっている」
「ただ『甘み』は摂りすぎている方が多いので、食養生として取り入れるなら、お砂糖ではなく、お芋や米、カボチャなど穏やかな甘みのものがいいです。
それに、五味が揃っていたとしても、揚げ油とマヨネーズの過剰な油分問題が、消えたわけではありません」
「うーん、やっぱりそこに戻ってきますよね……。『おいしいものは、脂肪と糖でできている』って、ほんとそうですよね、悩ましい」
「ええ。だからこそもう一歩踏み込んで、食材を選んだり、量を調節したり、全体を整えることが大切になってきます」
それを聞いて、男性は口にします。
「お店でチキン南蛮を頼むと、だいたいたっぷりの千切りキャベツに、トマトやキュウリが添えられる。せめてもの対策で、あの野菜だけは残さずに食べるようにしているけど…」
「そうですね。野菜の取り入れ方が改善のポイントになりそうです」
五色を知る|皿の彩りが、体を整える
志村先生はもう一つ、食事に取り入れやすい考え方として「五色(ごしょく)」についても触れました。
「『五色』は、青(緑)・赤・黄・白・黒、この五つの色を意識して食べる方法です。
この五色をお皿の上に揃えると、見た目が綺麗なだけでなく、自然と栄養バランスも整いやすくなります」

「彩り…。あまり気にしたことがないけど、じつは家族には『人を料理でもてなすなら、見映えもセンスも大事』だと言われて。センスと言われると苦手ですが、でも色を五つそろえるなら、わかりやすい」
「そうですね。チキン南蛮のお皿には何色あるか数えてみましょうか」
「ええと、揚げたチキンと、タルタルソースの卵で『黄』。添え物のキャベツで『青(緑)』、トマトがあれば『赤』。……あとは、『白』と『黒』が足りない」
「その調子です! それでは、『白』と『黒』は、例えば、どんな工夫ができそうでしょう?」
「うーん…、白米を食べれば『白』だけど、太るから控えて…。タルタルソースの量を少し減らして、『白』の大根おろしとポン酢の和風ソースを添えるのはどうだろう。スープに豆腐を入れるのもよさそうだ」
「いい感じです。大根おろしは消化を助けてくれるし、豆腐を増やす分、鶏肉を減らせば、よりヘルシーな献立になりそうですね」
褒められた相談者は、思わず口にします。
「そういえば、タルタルソースにらっきょうの酢漬けを刻んで入れたり、粒マスタードを加えたりするとおいしいんです。これをさらに工夫すれば、マヨネーズの量を減らすこともできるかも…。ちょっと改良してみようかな」
「それはぜひ、試してみてください。外食は味付けが濃くなりがちですが、家庭で作れば、調節ができます」

「あとは『黒』か…。仕上げに黒ごまを振るか、ひじきや昆布の小鉢をひとつ足すとか…」
「いいですね! 黒い食材は、その他に、黒きくらげ、黒豆、わかめ、干しシイタケなどもあります。
色を足して整える方法。これなら、我慢ではなく、楽しくできると思いませんか?」
大きく頷く相談者に向かって、志村先生は忠告を付け加えました。
「ただし、一つ注意していただきたいことがあります」
食べ過ぎには注意を
志村先生は少し真面目な顔で付け加えました。
「五味五色を揃えようとするあまり、品数をどんどん増やして、結果的に食べ過ぎてしまっては本末転倒です」
「たしかに、あれもこれもと色を揃えようとすると、品数が増えていく」
「そうなんです。だから、視点を少し大きく持ってください。なにも毎食、すべての食事で五味五色を揃えなくてもいいんです。例えば、お昼に彩りの少ない、こってりしたものを食べたなら、夕食で足りなかった色をプラスして、あっさりした味に変える」
「それは気が楽になる。1日を通してで考えればいい、と」
「ええ。もっと大きい視野で見るなら、昨日チキン南蛮を食べたなら、今日は、魚や野菜中心の食材と、温かい味噌汁で体の中をリセット。そうやって数日単位でバランスを取る方法もいいですよ。
気をつけたいのは、ご自分でも気づかないうちに、暴飲暴食が当たり前になっている食生活です。負担になる食事を摂っているのに、それが当たり前になってしまうと、そのつけはどこかで出てしまいます。そうなると結局、後でもっと大きな制約が必要になってしまう」
相談者は深く頷きました。
「それは困るんだ…。それを避けるためなら、今のうちに調整します。明日は楽しむから、今日は体を労わる日にする。それぐらいから、始めてみよう」
「じつはですね…。品数を増やして食べ過ぎてしまったのは、私自身も昔、経験があるんです。妊娠中、お腹の赤ちゃんにしっかり栄養を、と思いましてね。でも体重が増えすぎて、病院で指摘されました(笑)」
「先生もですか!(笑)」
今日できる養生
志村先生は、今日からすぐに実践できる、具体的な工夫をまとめて示しました。
・食事の前に、何色揃っているか、数えてみる
・昼食に彩りの少ない食事を食べたら、夕食は色を一つ足してみる
・濃い味の日が続いたら、次の一食はさっぱりとした味を選んでみる

相談者は、少しほっとしたような表情でつぶやきます。
「足したり引いたり、調整を加えるやり方なら、食の幸せを奪われるより、よっぽど救われるな」
50代、将来の夢
最後に、男性はぽつりと口にしました。
「じつは、最近、退職して調理学校に通い始めた知人がいるんです。自分でお店を開きたいそうで」
「それは、本格的ですね」
「はい。そんな姿を見ていると、自分はどうしようかな…、なんて考える機会も増えました。それで、休日に作る料理を、家族や友人に振る舞う機会を増やしてみようかな、と」
そう語る相談者に、志村先生は目を細めます。
「それは素敵ですね。おいしいものを、よくご存じでしょうから、振る舞われる方も嬉しいでしょう。おもてなしのためにも、整える食べ方を意識してみてくださいね。きっと役立ちます」
おわりに
五味五色という言葉は、難しく捉える必要はありません。これからも長く、おいしく食べるためのちょっとした知恵として、取り入れてみてください。
好きなものを諦めて我慢するより、日々のバランスをちょっと整えてみる。そのくらいの軽やかな意識が、これからも健康に過ごす生活を支えてくれるでしょう。
※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。
中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。
身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。
●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
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●構成・文/もぱ(京都メディアライン)
●アイキャッチ画像/photoAC(一部加工)







