
マネジメント課題解決のためのメディアプラットフォーム「識学総研(https://souken.shikigaku.jp)」が、ビジネスの最前線の用語や問題を解説するシリーズ。今回は、識学の観点からルールづくりについて考察します。
はじめに
「ルールで縛ると、社員の発想や自由な行動が奪われてしまう」。そう考えて、あえて細かな決まりをつくらない経営者や管理職の方も多いのではないでしょうか。しかし、明確なルールがない状態こそが「どこまでやっていいのかわからない」という迷いを生み、部下の行動を縮こまらせる原因になっています。
本記事では、部下が迷わず伸び伸びと力を発揮できる「正しいルール設計」のあり方を、識学の観点から解説します。
「やったつもり」を生む相互認識のずれ
「言われた通りにやりました」と部下が報告してきたのに、上司が確認すると全然できていない。どの職場でも一度は見かける光景ではないでしょうか。
部下に悪気はなく、本当に「やったつもり」でいます。上司もまた、意地悪をしているのではなく、自分の期待に届いていないから「できていない」と判断しているだけです。
このように、同じ仕事について、指示を出す側と受ける側の認識が食い違っている状態を、識学では「相互認識のずれ」と呼んでいます。
同じ言葉でも、思い描く中身が違えば話は噛み合いません。友人と「10時に駅前で」と約束したのに、時間を過ぎても会えない。電話をしてみると、こちらは北口、相手は南口で待っていた――。お互いに「駅前」という同じ言葉を使いながら、頭に浮かべていた場所が違っていたのです。
職場でも同じことが起きています。「今週中に報告書を出しておいて」と指示した上司は、「月曜朝の会議で使うのだから、修正時間も含めて金曜朝に出すのが常識だ」と考えています。一方、部下は「金曜の終業時刻までに出せば間に合う」と受け取るかもしれません。金曜の夕方に提出した部下は「締め切り時間いっぱいまで丁寧に仕上げた」と達成感を持ちますが、上司の評価は「仕事が遅い」。真面目に取り組んだのに、評価を下げてしまうのです。
「誠実な対応を」「顧客視点で」といった指示も同様です。上司の頭には「普通はこうだろう」「常識で考えればわかるはずだ」という思い込みがありますが、その「普通」や「常識」は人によって違います。
食い違いが積み重なると、部下は「頑張っているのに認めてもらえない」と不満を持ち、上司は「何度言ってもわからない」と苛立ちます。問題は部下の能力や上司の性格ではなく、ルールの「示し方」にあるのです。
ずれをなくす鍵は「完全結果」
では、相互認識のずれをなくすにはどうすればよいのでしょうか。識学が示す答えが「完全結果」です。
完全結果とは、「期限」と「状態」が明確に定められ、誰が見ても達成できたかどうかを判断できるものを指します。反対に、「なるべく早く」「しっかり」「いい感じに」といった、人によって受け取り方が変わる表現は「不完全結果」です。完全結果は、求める成果だけでなく、ルールや任せる範囲など、あらゆる指示に使えるツールです。
「10kmをなるべく早く走ってください」と言われたら、ある人は1時間、別の人は45分を目標にするかもしれません。コーチ自身は「40分以内が当たり前」と思っている可能性もあります。これが不完全な結果で、本人と管理者の評価は必ずずれます。一方、「10kmを50分以内で完走してください」なら、50分以内にゴールすれば達成、超えれば未達成。解釈の余地はなく、事実だけが残ります。これが完全結果です。
先ほどの報告書なら、「木曜の17時までに、A4用紙2枚以内で、結論と根拠となる売上データを添えて、私宛てにメールで提出してください」となります。これなら上司も部下も、条件を満たしたかどうかを同じように判断できます。
「顧客視点に立った誠実な対応を」も、「お客様からの問い合わせには、24時間以内に必ず一次返答をする」と定めれば、守れているかどうかが誰の目にも明らかです。
完全結果で示すのは、部下を細かく管理するためではなく、上司と部下が認識を合わせるためです。上司は感情や主観を交えずに事実で評価でき、部下は「何をどこまでやれば評価されるのか」がわかるので、迷いややり直しのストレスから解放されます。
ルールは部下の力を奪うのか
とはいえ、「部下をルールで縛りつけるのは気が進まない」「得意なことを伸ばしてやりたいのに、ルールがあると能力を発揮できないのでは?」。――部下思いの管理職ほど、そう感じるかもしれません。
しかし、それは誤解です。ゴルフを例に考えてみましょう。
多くのコースには、OB(アウト・オブ・バウンズ)と呼ばれる区域があり、その境界は白い杭(OB杭)で示されています。ボールが境界線を越えてOBになると、原則として1打のペナルティが加算され、元の場所から打ち直さなければなりません。一方で、白杭の内側であれば、どこからどう攻めるかはプレーヤーの自由です。
では、フェアウェイが広々としたコースは自由で、狭いコースには自由がないのでしょうか。そうではありません。違うのは「範囲の広さ」だけで、その中でプレーヤーがどう工夫をするかの自由は同じです。そして、その広さを決めるのはコースの設計者、組織でいえば経営者や管理職の方針です。
本当に困るのは、コースが狭いことではありません。OB杭の位置が曖昧なことです。ある人には広く、ある人には狭く伝えられていたり、事前の情報と実際の杭の位置が違っていたりすれば、プレーヤーは萎縮して思い切ったショットを打てず、やがてプレーを続けること自体が嫌になってしまいます。反対に、誰にとっても境界線が同じではっきり見えていれば、その手前までは安心してクラブを振り抜けます。
組織も同じです。部下が伸び伸び動けないのは、ルールがあるからではなく、ルールの範囲が見えない、あるいは人によって違うからです。「ここまではあなたの裁量で自由にやっていい」「ここから先は越えてはいけない」という境界線を、完全結果で明確に示すことが、部下の思い切った行動を引き出します。
具体的な「枠」が迷いを消す
「それでも、自由な発想を求めたい場面はある」という方もいるでしょう。ただ、どれだけ自由な仕事でも、「最低限ここは押さえてほしい」という基準は必ずあるはずです。
夏休みの自由研究を思い出してみてください。先生が「何でもいいから、好きなことを研究してきなさい」と言うと、迷いに迷い、8月の終わりになっても手をつけられない子どもが出てきます。選択肢が無数にある「完全な自由」は、かえって人の決断を鈍らせるのです。
ところが、「好きな動物をひとつだけ選んで研究してね」と範囲を示すと、「私はパンダにする」「僕はトラにしよう」と、子どもたちはすぐに動き出します。中には「カタツムリでもいいですか?」と質問しに来る子も現れます。「動物」という枠があるからこそ具体的な疑問が生まれ、自ら確かめに行く主体性が引き出されたのです。
部下への指示も同じです。何を、いつまでに、どのような状態にしてほしいのかを明確にすれば、部下は迷わずその方向に走り出します。そして範囲の内側で「このやり方はできるだろうか」と自ら考え、工夫を凝らすようになるのです。
伸び伸び動ける組織のルール設計
メンバーが伸び伸び動ける組織にするためのルール設計のポイントは、次の3つです。
1つ目は、すべての指示を「完全結果」で示すことです。「期限はいつか」「どのような状態になれば完了か」を明確にし、誰が見ても達成・未達成を判断できる形にしてください。
2つ目は、「任せる範囲」と「守るべき範囲」を分けて伝えることです。「提出期限と予算の上限は必ず守ってほしい。その範囲内なら、進め方はあなたに任せる」と伝えれば、部下は安心して自分の判断で動けます。
3つ目は、決めたルールを上司自身が例外なく運用することです。今日は見逃し、明日は厳しく指摘するようでは、境界線は再びぼやけ、部下は上司の機嫌を探りながら動くことになります。また、Aさんには適用するけれど、Bさんには適用しないでは、組織にひずみが生じます。ルールは公平・平等に、一貫して運用されてはじめて、安心して動ける土台となるのです。
まとめ:共通点は「明確な境界線」
伸び伸び動ける組織に共通しているのは、ルールが少ないことではありません。何を求められ、どこまで任されているのかという境界線が、誰にとっても明確であることです。
では、本記事の要点を振り返ります。
・指示を出す側と受ける側で完成形の認識が食い違う「相互認識のずれ」が、「やったつもり」と「できていない」の対立を生む
・ずれを防ぐには、期限と状態を明確にした「完全結果」で指示を出す
・部下を萎縮させるのはルールそのものではなく、「境界線が見えないこと」である
・範囲を明確に示すと迷いが消え、部下はその内側で主体的に工夫し始める
「ルールで縛りたくない」という思いは、部下を大切に思う気持ちの表れでしょう。しかし、部下に本当に伸び伸びと動いてほしいのであれば、取り組むべきはルールをなくすことではなく、ルールを明確にすることです。ルールとは、部下を縛る鎖ではありません。部下が迷いなく全力で走り出すためのスタートラインであり、安心してプレーできるコースそのものなのです。
明日からは、部下への指示を一つずつ見直し、「期限」と「状態」が明確になっているかを確認してみてください。そして、「ここまでは自由にやっていい」という範囲を言葉にして伝えてみてください。その積み重ねが、メンバーが迷わず伸び伸びと力を発揮できる組織への第一歩です。
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