文・写真/角谷剛(海外書き人クラブ/米国在住ライター)

ロサンゼルス国際空港から南東へ約30km。海辺の街ロングビーチに入る。古くから米国有数の港湾都市として発展してきた街だが、いまは海を生かした新しい顔が目立つ。

ダウンタウンから海へ向かえば、レストランやショップが並ぶウォーターフロントが広がる。遊歩道を歩いたり、船に乗ったり、海を眺めながら食事をしたり。かつて港湾施設が占めていた海辺が、いまでは市民や観光客が楽しむ場所へと変わりつつある。高層住宅やホテルも増え、街の中心部にも新しい店が次々と開いている。

変化は現在も続いている。ウォーターフロントでは再整備計画が進められ、2026年6月には新しい大型野外音楽施設「F&M Bank Amphitheater」もオープンした。海辺を歩くだけでなく、音楽やイベントを楽しむ場所としても、ロングビーチは新しい魅力を増やしている。

そんな変化の途中にあるダウンタウンの一角に、少し意外な店がある。Pine Avenueにある中古レコード店「Toxic Toast Records」である。ダウンタウンの中心部からも近く、街歩きの途中に立ち寄ることができる。

Toxic Toast Records 外観。

この店を、日本人に紹介したくなったのには理由がある。店名には日本を連想するものはない。店舗の外観も、ごく普通の、そしてちょっと古びた中古レコード店である。

ところが、店内に足を踏み入れてみると、小さな驚きがある。レコード棚を見渡すと、日本語の書かれたジャケットが目に入ってくるからだ。店員に尋ねてみると、「商品の半分くらいは日本のものだと思う」という答えが返ってきた。

とくに店内の目立つところに置いてあるのは、いわゆる「シティポップ」やフュージョンと呼ばれる種類の音楽だ。山下達郎、竹内まりや、松原みき。カシオペア、高中正義……。日本で1970~90年代の音楽を聴いてきた世代なら、懐かしく感じる名前ばかりである。

Toxic Toast Records 店内。

日本では決して新しい音楽ではない。むしろ私たちの世代にとっては、若いころに聴いた懐かしい音楽である。

ところが、アメリカでは少し事情が異なる。日本のシティポップは、1980年代当時の日本を知らない若い世代にとって、むしろ「新しく発見された音楽」なのだ。インターネットやストリーミングを通じて日本の音楽を知り、そこから中古LPを探し始める人もいるのだろう。

日本のポップミュージックは、もはや日本人だけが聴く「邦楽」ではないのである。

さらに興味深かったのは、アイアン・メイデンやキッスなど、つまり「洋楽ロック」の日本盤も大量に売られていたことだ。ジャケットには日本語の帯が付き、曲名などがカタカナで記されている。レコードはアーティスト順に並べられ、英語版と日本語版の区別はない。

洋楽ロック棚。

「どうして日本盤が人気なのか」と店員に尋ねてみた。

すると、同じアーティストでも日本で作られたアルバムのバージョンがあるからだという。さらに、日本盤には歌詞カードが入っていることも理由のひとつだと教えてくれた。

なるほど、歌詞カードとは盲点だった。アメリカで売られているレコードにはふつう歌詞カードは入っていない。一方、日本のレコードには歌詞だけでなく、解説や写真などを収めた付属物が付いていることも珍しくない。

店員が「中を見てもいいよ」と親切に言ってくれたので、慎重にレコードのジャケットを開いてみた。そこには、昔懐かしい歌詞カードが日本語訳付きで丁寧に収められていた。

考えてみれば、日本にはレコードやCDをきれいに保存し、付属品まで大切に扱う文化がある。中古レコード店で、何十年も前の商品なのに、ジャケットや帯、歌詞カードがきれいに残っているものを見ることも珍しくない。その「保存状態の良さ」も、日本盤の魅力になっているのかもしれない。

筆者はかつてこれと同じものを所有していた。

店内にはCDやカセットテープも置いてあるが、その量は多くない。あくまで中心はLPレコードである。

これはToxic Toast Recordsだけの話ではない。米国レコード協会(RIAA)の2025年の年次報告(https://www.riaa.com/wp-content/uploads/2026/03/RIAA-Year-End-Revenue-2025.pdf )によれば、アメリカのレコード音楽市場全体の売上は過去最高の115億ドルに達した。そのうちストリーミングを除く物理的媒体は全体の12%を占め、LPを中心とするアナログレコードの売上は約10億ドル。前年比9.3%増で、なんと19年連続の成長となった。

音楽を聴く手段としては、ストリーミングが圧倒的な時代である。それでもレコード盤を買う人は増えているのだ。

ジャケットを眺め、レコードを取り出し、ターンテーブルに載せて針を落とす。音楽を「聴く」だけでなく、ジャケットを「見る」、レコードを「所有する」「触れる」、さらには独特の紙や盤の匂いを楽しむ。そうした感覚は、たしかにレコード盤ならではのものだ。

親切な店員に「あなたはこの店のオーナーなのですか」と尋ねると、「違うよ」と答えた。

「今、僕のボスは日本にいる。またたくさんレコードを持って帰ってくるよ」ということだった。

19世紀後半から20世紀初頭、欧米で「ジャポニズム」が起きたころ、日本の浮世絵や工芸品が海を渡り、欧米の人々を魅了した。いま、形はまったく違うが、日本のポップカルチャーが再び海を渡っている。そんな風に考えることもできるのではないか。

「邦楽」でも「洋楽」でもジャンルは問わない。音楽ファンならアメリカで中古レコード屋に立ち寄ってみるのも悪くはないかもしれない。思わぬ掘り出し物に出会える可能性がある。

Toxic Toast Records公式ウェブサイト:https://toxictoastlongbeach.square.site/

文・写真 角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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