家康饗応が催された安土城跡。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第27回では、「本能寺の変」が描かれます。

編集者A(以下A):「本能寺の変」の「動機まわり」を描く際に、もっとも多く採用されているのが、「安土城での徳川家康饗応」です。10作品でなんらかの形で描かれています。原典は、江戸初期にまとめられた『川角太閤記』。秀吉家臣の田中吉政配下の川角三郎右衛門がまとめたといわれる書籍になります。同作には、安土城での家康接待の際に供した饗応膳の魚が腐っていたということが書かれています。大河ドラマでもそのエピソードをベースにした作品が描かれることが多いです。作品ごとに概要をまとめてみました。

1981年『おんな太閤記』

大河ドラマで初めて「安土城での家康接待」について触れられたのが、『おんな太閤記』です。触れられたといっても、明智光秀(演・石濱朗)が信長(演・藤岡弘/現・藤岡弘、)を討つ決意を表明した際に、女婿といわれる明智秀満(演・川口啓史)との会話の中で、「日頃、上様が父上へのなされよう、父上のお恨みももっともにございます。先日、安土へ上洛の徳川家康殿のご接待役をなされたときにも、家康殿に出す生魚が腐っておると、上様よりきついご叱責。上様のいいがかりとしか思えません」という台詞で説明がなされました。これが大河ドラマデビューとなります。

1983年『徳川家康』

織田信長を役所広司さん、明智光秀を寺田農さん、徳川家康を滝田栄さんが演じました。家康接待が始まるにあたり、光秀は安土城下の「大宝院」に家康接待用の客殿を設けますが、信長に検分してもらう日にひと悶着があります。信長はあまりに豪華な設えを見て、「これはいったい何者を泊める宿舎じゃ」と難癖を付けます。何が悪かったのか問い返す光秀に対して信長は、城に来いと命じます。城でのやり取りも、信長を満足させるものではありませんでした。「これほど説いても自身の誤りに気付かぬは、この信長を侮る心があればこそ」と、こともあろうに小姓の森蘭丸(演・土家歩)に対して光秀を叩くことを強要します。蘭丸も逡巡するのですが、重ねて信長から強いられて、「上意でござる。ごめん」と扇子で光秀の頭を叩きます。この一件で、光秀は接待役を解任。これに不満を抱いた光秀家臣が料理の材料を壕に投げ捨てるのです。食材を投げ捨てるというのはもともとの原典である『川角太閤記』に描かれたエピソードです。

1989年『春日局』

織田信長を藤岡弘さん(現・藤岡弘、)、明智光秀を五木ひろしさんが演じました。本作も、『おんな太閤記』同様に台詞の中で、家康接待の饗応の膳に腐った魚が出されたことが言及されました。発言者は『おんな太閤記』同様に光秀重臣の明智秀満(演・磯部勉)です。「こたびの家康の饗応役のこととて、父上は京・堺から珍しきものを取り揃えられ、お役目大事とお務めなされました。なにひとつ手抜かりなきものを、信長は魚が腐って悪臭がするといいがかりをつけ、お役目途中のご罷免。父上のご胸中いかばかりかとご無念はごもっともにございます」。

1996年『秀吉』

織田信長を渡哲也さん、羽柴秀吉を竹中直人さん、明智光秀を村上弘明さんが演じました。家康饗応では、能を見学しながら欠伸をするなど、家康家臣団のお行儀の悪さが目立ちます。「都の能は都で観るに如かず」と家康家臣団が発言し、不穏な空気が流れます。さらに、家康家臣団から不穏な発言が続きます。「明智殿、あるじ家康に腐った魚をお出しになるのでござるか」。光秀は即座に反論します。「それは鮒寿司と申し、近江の名産にござれば、わが妻が長浜まで参り選んだ極上の寿司にござる」――。原典の「腐った魚」が「臭いの強い鮒寿司」にアレンジされたのです。

2002年『利家とまつ』

織田信長を反町隆史さん、明智光秀を萩原健一さん、徳川家康を髙嶋政宏さんが演じました。家康饗応の場で、家康家臣団の本多忠勝(演・近童弐吉)が「魚が臭いな」とぼやくと、光秀はギロッと忠勝を睨み、「天下一の琵琶湖のふな、お口に合いませぬか」と反論します。本作で光秀が手配したのは「琵琶湖のふな」。1996年の『秀吉』では「長浜の鮒寿司」、2023年の『どうする家康』では「淀の鯉」。実際、どの魚が美味なのか気になりますね。

2006年『功名が辻』

織田信長を舘ひろしさん、明智光秀を坂東三津五郎さん、徳川家康を西田敏行さんが演じました。接待の場で信長が「光秀、腐っておるな?」とお造りに難癖をつけます。光秀は「それがし、すべての酒肴に目を通しておりますれば」と怪訝な表情で反論します。ところが信長は、「三河殿の前であるじに恥をかかすか。さがれ!」と一喝するのです。そうした中で、西田敏行さん演じる徳川家康が「明智殿、このなますはうもうござる。さすがの品ぞろえじゃ」と光秀をかばいます。「腐っておるな?」と原典に忠実な展開になりました。

2014年『軍師官兵衛』

織田信長を江口洋介さん、明智光秀を春風亭小朝さん、徳川家康を寺尾聰さんが演じました。能見物の際に信長は、「やめい。なんだこのできの悪さは?」と能の出来の悪さを叱責します。家康接待の際の能の出来が悪かったことは『信長公記』に記されたエピソードですが、信長の叱責と連動したのは、大河ドラマでは初めてでした。さらに続けて、信長は「光秀、なんだこれは。味が薄い」と料理の味に文句をつけます。光秀は「されば、京好みの味付けにございますれば」と釈明するのですが、「徳川殿の好みに合わすのだ。それがお主の役目であろう」と信長。「腐った魚」のエピソードが「味が薄い」とアレンジされたのです。

2017年『おんな城主 直虎』

織田信長を市川海老蔵さん(現・十三代目市川團十郎白猿)、明智光秀を光石研さん、徳川家康は阿部サダヲさんが演じました。家康接待を務めている最中に、備中の羽柴秀吉から「援軍要請」の使者がやってきます。信長はその場で光秀に援軍に行くように命じますが、「それがしは徳川様の御饗応の役でございまして」と反論します。即座に光秀を足蹴にする信長。信長の靴についた血を袱紗でふきとる光秀の姿が異様な場面でした。接待の途中で光秀に出陣を命じてしまった信長ですが、この後、家康とその家臣団をもてなす饗応膳を信長自ら運ぶという大河ドラマ史上有数の「珍場面」が展開されるのです。「膳を整える信長、唖然とする家康」。視聴者も家康同様に唖然とした場面から、もう9年の歳月が流れました。

2020年『麒麟がくる』

織田信長を染谷将太さん、明智光秀を長谷川博己さん、徳川家康を風間俊介さんが演じました。家康饗応の場で、信長が「膳が違う」と光秀に難癖をつけます。光秀は冷静に説明しようとしますが、信長は「だまれ! これはみなとりかえよ。家康殿にこのような膳を出すとは無礼千万」と激怒して、光秀を蹴り上げ、接待役の解任をその場で言い渡します。ところが、次の間で控えていた光秀のもとにやってきた信長は、何食わぬ顔で、「あれこれいうたが気にするな。家康があの場でどう出るか様子を見ておきたかったのじゃ。招かれる者が饗応役を指定するなど礼を失しておる。それよりも、そなたには一刻も早く西国に行ってもらいたい」というのです。

2023年『どうする家康』

織田信長を岡田准一さん。明智光秀は酒向芳さん、徳川家康を松本潤さんが演じました。本作では、家康の策謀で臭わない魚を何度も嗅ぐしぐさをして見せて、信長と光秀の間に不協和音を生じさせようとしたのです。光秀は「臭みは一切ございませぬ。天下一の淀の鯉といわれるゆえんです」と取り繕いますが、信長は「臭うならやめておけ。あたったら一大事じゃ」と家康に伝えます。このやり取りから発した騒動で、信長が膳をひっくり返して、光秀の顔面に計7発のパンチを見舞う事態に発展します。信長は、「膳を下げよ!」と命じてその場を立ち去りますが、怒り心頭の光秀は、家康の膳から淀の鯉の器をとり、それを投げ捨てて、「三河のくそ田舎ものが」と捨て台詞を放つのです。このエピソードには後日譚があります。本能寺の変で信長を討ち取り、信長嫡男信忠も討ち取ったという報告を受けた光秀は、「残るは家康だけ! あのくそだわけの口に、腐った魚を詰めて殺してやる!」と叫ぶのです。この台詞は、大河ドラマの明智光秀史上、もっとも醜悪で印象に残る台詞として、人々の記憶に刻まれているのです。

* * *

数多くの大河ドラマで描かれた「安土城での家康饗応時の問題」。出典の『川角太閤記』に記述されたこのエピソードは、最近では創作であるという説が有力です。

では、なぜ「家康接待」は大河ドラマで繰り返し描かれるのでしょうか。それは、文字通り「役者が揃う」機会だからだと思われます。朝倉・浅井攻めの金ヶ崎(現在の福井県敦賀市)は、三英傑+明智光秀が揃った貴重な機会ですが、それ以降、信長、秀吉、家康のいわゆる三英傑がそろい踏みした機会は実はあまりありません。つまり、安土城での家康接待は、「信長、家康、光秀」が揃った「映えの機会」。「信長、家康、光秀」が揃う武田家滅亡後の諏訪法華寺での場面同様に、大河ドラマで外せないのかもしれません。

大河ドラマで描かれる本能寺の変も『豊臣兄弟!』で18作目。歴史上の同一事件では圧倒的な登場回数を誇ります。大河ドラマも65作目を迎えました。そろそろ、江戸時代成立の創作場面の多い二次史料由来のエピソードから脱却・決別するべき時が来ていると思えてなりません。気鋭の学者も動員したうえで「新たなエピソードを構築して」、これまで見たことのない斬新な「戦国物語」をみせてほしいと思います。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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