明智光秀の居城坂本城跡に立つ明智光秀像。

2006年の大河ドラマ『功名が辻』は、司馬遼太郎さんの同名小説をドラマ化したものです。既に1973年の『国盗り物語』で原作のひとつとして採択されていて、当時は、山内一豊を東野孝彦さん(現・東野英心)、千代を樫山文枝さんが演じました。

本作では、主人公が山内一豊の妻千代で仲間由紀恵さん、一豊を上川隆也さんが演じました。織田信長を舘ひろしさん、秀吉は柄本明さん、明智光秀を坂東三津五郎さん、濃は和久井映見さん、徳川家康は西田敏行さん、森蘭丸が渡辺大さんという布陣でした。

舘ひろしさんは、「僕が目指したのは、エキセントリックな信長。これまで誰も演じてこなかった信長像だったんです」(NHKアーカイブスでのインタビューより)と語っています。『利家とまつ~加賀百万石物語』に続いて本能寺の変で、信長が鉄炮を手にして銃撃戦になった作品です。

定番の「法華寺での折檻」

備中高松城の水攻めを行なっている羽柴秀吉が、山内一豊に水攻めの相談をしています。通常であれば、黒田官兵衛(演・斎藤洋介)に相談するくだりですが、本作の主人公は山内一豊夫妻。水攻めのことも山内一豊に相談という設定でした。ここで「話は遡るが」として、2か月前の甲州攻めの場面に転じます。

恵林寺という武田家の菩提寺に武田家残党が逃げ込みました。恵林寺は朝廷から国師の号を授かった快川紹喜(演・松野健一)という高僧の寺なのですが、信長は迷うことなく焼き討ちにします。

光秀のもとに家臣が「恵林寺ことごとく焼き落ちてございます」と注進がありました。光秀はすぐさま「快川様は?」と問いますが、「生きながら炎に包まれました」という答え。

甲州攻めが決着を見せると、有名な諏訪法華寺での場面になります。

信長「光秀、民を治める道とはなんぞ。答えよ光秀」

光秀「道とは上様そのものでございます」

信長「そちらが雄をふるい骨を折ったゆえと申しておったの。己がいつどこで骨を折った? ゆうてみい? 骨を折ったはこのわしじゃ」

そういって、信長は光秀の顔面を蹴り上げるのです。「黙りおろう。口先だけで天下はおさまらぬわ。なんじゃその目は?」と信長。信長自身、光秀の不満には気づいているようです。

「余がこの国の王である」

信長と光秀の「すれ違い」は、安土城でも繰り返されます。朝廷からの使いが、「関白、太政大臣、征夷大将軍の好きなものをやるといってきおった」として、光秀に対して、「そちならいかがいたす」と聞いてきたのです。

光秀「恐れながら、上様は平氏を名乗られておりますゆえ、征夷大将軍ではなく、太政大臣におつきあそばすのが常道かと存じます。さりながら……」

信長「話が長い。余はいずれもいらぬわ。もはやこの国に朝廷もいらぬ。朝廷がくれるものをありがたがる世は終わった。(立ち上がって)余がこの国の王である。そのことをわからせてやらねばなるまい。手だてを考えよ」

光秀「上様はもしや、朝廷を滅ぼさんとなさるおつもりにございますか」

信長は無言のまま厳しい表情を浮かべますが、光秀は、「恐れながら、朝廷の重さは幕府や叡山の比ではございませぬ。朝廷こそわが国の大本」と信長を諭そうとするのです。しかし信長は無視して、家康を安土に招いて接待せよと命じます。

本作も「腐った魚」が登場

『功名が辻』でも徳川家康の安土城での接待の場面が描かれました。ナレーションが「家康に対する信長の接待は贅を極めた」と前振りをします。そこに備中から秀吉の使者として山内一豊がやってきます。1996年の『秀吉』では石田三成(演・真田広之)の役割でした。本作でも使者である一豊が接待の酒宴に参加します。

接待の場で信長が「光秀、腐っておるな?」とお造りに難癖をつけます。光秀は「それがし、すべての酒肴に目を通しておりますれば」と怪訝な表情で反論します。ところが信長は、「三河殿の前で主に恥をかかすか。さがれ!」と一喝するのです。

腐った魚は『川角太閤記』に記述されたエピソードですが、1996年の『秀吉』では、鮒寿司のにおいに家康家臣の石川数正(演・誠直也)が難癖をつけ、信長も「料理がまずい!」と一喝します。

そうした中で西田敏行さん演じる徳川家康が「明智殿、このなますはうもうござる。さすがの品ぞろえじゃ」と光秀をかばいます。

この流れで、信長は突然、光秀の饗応役を解き、「光秀、その方ただちに兵を整え、備中のサルの援軍に参れ。その後は中国の出雲、石見をきり取れ。切り取りし出雲、石見の両国はその方にくれてやるわ。よって丹波、近江は召し上げる」と言い放つのです。

愛宕山参拝すれども「愛宕百韻」はなし

『功名が辻』では、傷心の光秀が、愛宕神社に単身で参拝する姿が描かれましたが、光秀が催した「愛宕百韻」の連歌の会は挿入されませんでした。愛宕山から下山する光秀は、下山中に僧侶に扮した望月六平太(演・香川照之)と行き会います。

六平太は、本作の主人公千代と幼なじみという設定の架空の「忍び」。香川照之さんが演じていました。六平太は光秀に対して、「迷われますな。あなた様しかなされぬことをなさいまし」と、背中を押すようなことを言います。さらに、信長は明朝、安土を発し、その日のうちに京に入ること、関白も征夷大将軍も突き返しにいくつもりだということ、自ら王になるつもりだろうということ、宿は本能寺。手勢はわずかということを光秀に告げます。「そなた毛利の間者か」と問う光秀に対して、「事がなれば、毛利はあなた様に誼を通じましょう」と光秀をけしかけるのです。

『西部警察』ばりの銃撃戦

6月1日の本能寺。信長は、「飲み過ぎたわ」と濃姫に膝枕しながらくつろぎます。本能寺の変前夜に、信長が濃姫に膝枕するのは、『国盗り物語』以来の出来事です。「尾張のうつけと呼ばれしころは、ようそなたのひざを枕に昼寝しておったのぉ」とつぶやく信長の手が、濃の膝をさりげなくなでているのは、「ダンディー信長」の真骨頂でしょうか。

同じころ、武装した光秀は、全軍に「よいか。敵は西国にあらず。神仏に火をかけ、僧を斬り、朝廷にとって変わらんとする天魔の信長であーる。こたびの戦、天のため民のための戦ぞ。敵は本能寺にあり!」と下知を発します。

一方、本能寺では、信長が濃と枕を並べて就寝中に蘭丸(演・渡辺大)が駆けつけます。

蘭丸「殿、謀反にございます」

信長「謀反? 誰じゃ」

蘭丸「明智日向守、光秀。上様、裏手からお逃げくださいませ。さ、はよう」

信長「はははは! 是非に及ばず。よかろう、光秀め。しばし相手して遣わすわ」

信長は戦う決意を固めます。

信長「お濃、あの世とやらで、またまみえようぞ」といったん濃と別れます。

そして、本能寺の変定番の台詞です。

信長「お蘭、この信長の首、断じて渡すでないぞ」

信長は寝巻の上に西洋式甲冑を着装します。

本作の戦闘場面の特徴は、攻め手も守り手も鉄炮を持ち、銃撃戦の様相を呈したことです。もちろん信長も鉄炮を手に応戦します。本能寺の変で信長が鉄炮を手にするのは2002年の『利家とまつ 加賀百万石物語』以来のこと。制作陣は信長を演じる舘ひろしさんの代表作『西部警察』を意識していたのだと思います。「壮大なるエンターテインメント」の面目躍如の場面です。ただし、『西部警察』は大河ドラマと同じ日曜夜8時からの裏番組。大河ドラマファンが『西部警察』を視聴していたかは定かではありません。

激しい銃撃戦が展開されたといっても、火縄銃は連射ができません。信長は鉄炮を刀に持ち替えて、さらに明智勢と戦います。これまでは弓を手に応戦した後に槍に替えて応戦という流れでしたが、本作では違った展開になりました。ここで、濃が信長のもとに戻ってきます。「たわけ、なにゆえ戻った」という信長に対して濃は、「あの世で会おうと仰せになれど、殿は地獄、私は極楽。これでは死に別れにございます」と信長と最期をともにする覚悟を見せます。この台詞が「印象深い」「心に残っている」という人が多い「大河史に刻まれた」名台詞ということになります。

信長「ははは! ぬかしおったの、お濃」

信長がそういったところで、信長の左首下を鉄炮の弾が射抜きます。「痛いの。このわしも死ぬるか」と信長。小姓らによって奥に運ばれていきます。濃はさらに戦いますが、結局、鉄炮の弾を受けて落命します。1969年のハリウッド映画『明日に向かって撃て』のラストシーンのように、銃撃により何発もの弾が体に打ち込まれ、弾の勢いで身体が躍るように動き、倒れていく、という形になりました。

ひそかに思いを寄せていた濃(帰蝶)を、光秀は自ら死に追いやってしまいました。

奥の間で、信長は「夢幻のごときなり」とつぶやき、座したまま頸動脈を切り絶命するのです。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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