取材・文/坂口鈴香

Photo by Nakanishi Taeko

5年前の自転車事故以来、認知症が進んだ西山恵美子さん(仮名・58)の父親(85)。大好きな麻雀を続けさせたいと西山さんが探したデイサービスを利用しながら、西山さんと母親(84)の介護を受けて暮らしている。

自転車事故後、認知症が進んだ父【1】はこちら→https://serai.jp/living/1286236

教科書どおりに進む認知症。その対極の母

西山さんは父親を見ていて、認知症の症状が進むさまは、「教科書どおりだな」と感じるというが、「母は教科書とは真逆の対応をしている」と苦笑する。

「食事の時間になると、『ご飯を食べる用意をしなさいよ!』と怒ります。母は気が強いのでそういう言い方になるのですが、父に自分でできることは自分でさせようという気持ちもあるのです」

母親とは対照的に、父親は穏やかな人だった。ところが認知症になって性格が変わった。

「キレて怒鳴るようになりました」

母親は怒鳴られてもひるまず、さらに強く言い返す。

「『うんうん』と聞いてあげればいいのにと思いますが、母は『こうやってお父さんが言い返すことも頭の体操になっているのよ』と自省することはありません」

階段を一気に落ちたささいな出来事

教科書どおりではあるが、「何かのきっかけで、認知症の階段がガクっと落ちる」とも感じている。想像していた「物忘れのレベル」が違ってくるのだという。

そのきっかけのひとつは、西山さんからするとほんのささいなことだった。

父親はゲートボールを楽しんでいたが、酒が飲めないので打ち上げは自ら断っていた。仲間はその代わりに弁当を持ってきてくれていたのだが、そのときは打ち上げの声すらかかることがなかった。

「それが父にはショックだったようで、物忘れが一気にひどくなりました。そんなことを気にする人ではなかったのに。そんな小さなことで傷ついたことにも驚いたし、認知症が進んだことにも衝撃を受けました」

父親は、そんな出来事があったのもすっかり忘れてしまっていたが――。

食べ方がわからない

「あったことを忘れる」というのはまだわかる。ところが、認知症はもっと残酷だった。

老人会で誕生会が開かれたときのこと。

「前日、両親はケンカをしていたので、母は『あなたとは離れて座るからね』と言っていたんですが、父が返した言葉に驚きました」

父親は、「食べ方がわからないから、そばにいてくれ」と母親に頼んだのだ。

西山さんは、それまでも父親が西山さんの食事の様子をジロジロ見ているのに気づいていた。

「何なんだろう。気持ち悪いなと思っていたんですが、食べたいけど、食べ方がわからなかったんですね。それを知って切なくなりました。父は満腹中枢が働かないのかと思うくらい食べることが好きで、ストップと言わない限り食べ続けるような人なのに、食べ方がわからなくなって、家族が箸を手に持つのを待っていたとは……。ソースやマヨネーズなど、何をどうかけるかもわからなかったんです」

それからは、おかずに調味料をかけてから出すようにした。

「人生に疲れた」母親の憂鬱とは【3】に続きます。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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