【定年後の歩き方】「まさか自分が“お坊さん”になるとは…」仕事中心、妻にも興味がない男が、定年後に僧侶になるまで～その１～

部下のマネージメントは別の人がやること

仁志さんは、構造系の仕事をしており、かなりの実績を積み上げていたという。

「でも、役員にはなれないことはわかっていたんです。僕は現場で好きな仕事をし、与えられた範囲でベストを尽くし、食べられるだけの給料をもらっていればそれでいい。部下をマネージメントするとか、会社の利益を考えるとか、そういうことは別の人のやること」

途中、リストラの暴風が吹き荒れたが、社内職人として高い評価を得ていた仁志さんに嵐は来なかった。管理職試験を受けさせられており、課長までは昇進したけれど、その先には行かなかった。

「役員になれなければ、ウチの会社は60歳が定年。22歳から38年間も同じことをやっていると、さすがに飽きるんですよ。定年延長の話もあったし、新卒のときからいろいろ僕を頼ってくれる部長が“延長してくれないと困ります”と言ってくれたんですけれど、仕事に息切れしちゃったというか、足が前に1歩も進まないことが分かったんです。それで、退職することにしました」

社員の時、会社にあった住宅ローン優遇制度を使い、東京郊外にマンションを購入した。

「当然、ローンは完済しています。家族も子供がいないとお金が貯まる。タバコは吸わないし、酒はほどほど。独身になった友達と旅行や釣り、スキーは行くけれど、のめり込むほどではない。定年退職後、家でぶらぶらしているのもヒマなので、自治体のシルバー人材センターに登録したんです」

仁志さんは、シルバー人材で求められる仕事は、清掃、学校の登下校見守り、庭の草むしり、掃除、話し相手、障子貼り、ペットの散歩程度の仕事だと思っていたという。

「そういう仕事もあったけれど、設計系、法務、翻訳などの仕事もあってびっくりしました。給料が安いのにも驚いたけど（笑）。お金は特別必要ないけれど、時給が安すぎる仕事は、やりがいがない。そこで当時の世間並みの時給1500円を出す、介護用品のリース会社に決めました」

ドライバー採用で、時給は1500円。週3日、1日8時間働くと、月15万円以上になったという。

「歩行器、介護ベッド、入浴介助のための機械、杖……いろんなものを届けたり回収したりしていました。運転が好きなので、それなりに楽しかったですよ。僕は使い方の説明なども上手でね、病院の担当さんから指名を受けることも増えてきた。必要とされると仕事は楽しい。体がしんどいとき、休みたくもなったけれど、シフトに穴を開けることはなかった」

転機がきたのは4年目。ある70代男性の顧客と街でバッタリ会ったことだった。

「その人は、お寺の住職さんだったから覚えていた。奥様が末期がんで要介護になり、ウチに車いすのレンタルを頼んでくれ、僕がお届けしたんです。ただ、それだけの関係なのに、“あなた、今週の日曜日、空いてます？　助けてくれませんか？”と言われたんです」

住職さんは週末、法事が入っているのに、お手伝いの人がいなくて困っているという。

「お寺は、奥さんで回っている。前日の本堂の掃除、お茶菓子の買い出し、お茶を用意する、檀家料の徴収ほか、あらゆる用事は奥さんが一手に仕切っているんですね。それをする人がいないから、来てほしいと。困っている人を助けようと思い、お手伝いに行ったんです」

仁志さんは、淡々と言われたことを丁寧にこなしていた。その仕事ぶりを見た住職から、「あなた、お坊さんになりませんか？」と言われたという。

【住職さんの弟子になり、ペーパーテストを受けることから始まった……その２に続きます】

取材・文／沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』（ともに小学館新書）、『沼にはまる人々』（ポプラ社）がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』（小学館）、Webサイト『現代ビジネス』（講談社）、『Domani.jp』（小学館）などがある。『女性セブン』（小学館）などにも寄稿している。