
2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』は、放送前の主要登場人物のキャスト交代に加え、放送開始後には新型コロナウイルス感染症拡大の影響で放送休止などがあったものの、予定通り44回にしたため、大河ドラマ史上初めて越年で放送された作品です。大河ドラマ史上初めて、明智光秀が主人公となった作品で、長谷川博己さんが演じました。織田信長を演じたのは染谷将太さん。従来の信長像を打破する「新機軸の信長」として注目を集めました。羽柴秀吉は佐々木蔵之介さんが演じました。帰蝶(濃姫)役は急遽キャスト交代という難局を乗り切って、川口春奈さんが、足利義昭は滝藤賢一さんが演じました。
坂東玉三郎さんが演じた正親町天皇
本作では、室町幕府第15代将軍足利義昭が覚慶と名乗っていた僧の時代も描かれました。第12代将軍義晴を父に、関白近衛尚通の息女慶寿院を母に持つサラブレッドでした。兄で第13代将軍義輝は同母兄になりますが、将軍子弟といえども嫡男以外は出家するという慣例に従い、6歳(満5歳)で興福寺の塔頭一乗院に入ります。以来、20余年。覚慶は地道に仏の道を歩んでいて、何事もなければ興福寺別当の地位を約束された人物でした。ところが、兄義輝の暗殺を契機に、波乱万丈、修羅の道を歩むことになります。
『麒麟がくる』は、足利義昭が僧覚慶時代から描かれたということで、京の朝廷など公家社会との関わりも描かれました。五摂家筆頭の近衛前久(演・本郷奏多)も登場し、朝廷からは正親町天皇が登場しました。演じたのは坂東玉三郎さんです。
劇中では、明智光秀も帝に拝謁する機会を得ます。帝は、光秀に「信長が道を間違えぬようしかと見届けよ」と語りかけ、「この世が平らかになるには、そなたの力に負うところがあるやもしれぬ」と光秀の自尊心をくすぐるのです。
正親町天皇と光秀の「密会」をめぐって、信長が光秀に暴力をふるってしまいます。信長に内緒で正親町天皇に会っているというだけでもいけないのに、光秀は会話の内容をかたくなに話そうとはしませんでした。これでは信長が怒るのもいたし方ないかもしれません。このとき、信長は「三河の者が尾張の者を睨む目をしていた」という台詞を発します。三河出身者には衝撃だったのではないでしょうか。
鞆の浦で光秀と義昭が
光秀が足利義昭が滞在している鞆の浦を訪ねる場面もありました。光秀のいう「すべての争いが公方様につながっておる」という考えが、胸に迫ってきます。長谷川博己さんと滝藤賢一さんのシーンで交わされた「いつ魚がかかるかわからぬ。手が離せぬ」「日なが糸を垂らしておると一匹は釣れる」という台詞が、ひときわ印象深いのです。おそらく義昭は、御内書を各地の大名に出しまくっていたことでしょう。出しまくれば、いつしか釣られる大名も現れる。そのことの比喩だと受け止めました。将軍があまりにも不器用で、かわいそうでした。
鞆の浦でのこのシーンを設定したのは、これをいわせるためだったのでは? と思わせる台詞がありました。京に戻るように促す光秀に対して義昭が発した「そなたひとりの京であれば考えもしよう」という台詞です。暗に信長を討てと言っているようにも聞こえます。
そして、徳川家康が光秀に相談の怪
後半になって、光秀に対して家康(演・風間俊介)が驚くべき相談をします。いわゆる「松平信康事件」がこの段階でぶち込まれてきました。
家康の正室築山殿(演・小野ゆり子)と嫡男信康が甲斐の武田方と内通しているため、信長に殺せと命じられたという展開でした。「信長様に殺せといわれる筋合いはない」と怒りを顕わにした家康。ちなみに信康の正室は信長息女の五徳ですし、信康の「信」の字は信長の偏諱という関係です。正親町天皇や将軍義昭に加えて、家康までもが暗に信長を討つべしと訴えているようにもとれます。皆、自らの手を汚さずに、光秀をけしかけているかのようです。
そうした中で、帰蝶の衝撃的な台詞が飛び出しました。
帰蝶「毒を盛る。信長様に」
目の治療で都に出てきている帰蝶に会った光秀は、最近の信長の常軌を逸した行動を踏まえて、父斎藤道三(演・本木雅弘)に気性が似ている帰蝶であれば、道三ならこの事態をどうするだろうと相談します。「父道三に成り代わって答えよう」といって、帰蝶がこの言葉を発したのです。
まさかの帰蝶黒幕説? とも話題になりました。ちょっと驚きでしたが、前半戦の「女軍師帰蝶」の活躍ぶりを思い出すと、それもありなのか、とも感じています。
「大きな国をつくれ」と光秀に遺言したのは、帰蝶の父斎藤道三です。それにしても、「毒を盛る」とは、穏やかではありません。帰蝶はさらに、今の信長を作ったのは父道三であり、光秀である。作ったものがその始末をなすほかあるまい、とまで言うのです。
帰蝶「これが父上の答えじゃ」
光秀「帰蝶様は、そのお父上の答え、どう思われますか」
帰蝶「私は、そう答える父上が大っ嫌いじゃ」
光秀「私も大嫌いでございました」
その後、数々のドラマで描かれてきた家康饗応の時がやってきます。信長は家康の饗応の場で激しく光秀を罵ります。饗応の直前、家康と光秀がたいそう仲良くしているという話を耳にした信長の瞳に、嫉妬にも似た色が宿ります。滞りなく進んでいたはずの饗応の席で、突然、信長が難癖をつけ始めます。
信長「十兵衛、膳が違うぞ」
光秀「なにが違いましょうか」
信長「汁、平皿、品数が足りん」
光秀「まだ二の膳が」
信長「一の膳で出せと命じたはずじゃ」
光秀「それは作法では……」
信長「だまれ! これはみなとりかえよ。家康殿にこのような膳を出すとは無礼千万」
家康「織田様、わたしはこれでいっこうにかまいませぬ」
信長「わしが困るのじゃ。これではわしの面目が立たん」
光秀「すぐお取替えいたします」
光秀は信長の膳を下げようとして、信長にこぼしてしまいます。
従来、家康饗応の席では、「腐った魚」が供されたという『川角太閤記』に記述されているエピソードをベースに物語が展開されることが多かったのですが、本作では、「膳が違うぞ」という信長の発言が発端になりました。
信長は扇子で光秀の右手をピシャリ。続いて右頬をピシャリとしたうえで「十兵衛」「下がれ」といいながら蹴り倒すのです。さらに森蘭丸(演・板垣瑞生)が「上様に粗相をなさったな。無礼であろう!」といって、光秀に襲い掛かります。
これが第43回の模様で、次週に続くという展開になりました。
そして、第44回冒頭で、「饗応役を解く。下がれ!」という信長の声が響きます。
衝撃的だったのは、その直後、信長が何食わぬ顔で光秀のもとにやって来たことです。控えの間で座していた光秀に、「あれこれいうたが気にするな。家康があの場でどう出るか様子を見ておきたかったのじゃ。招かれる者が饗応役を指定するなど礼を失しておる。それよりも、そなたには一刻も早く西国に行ってもらいたい」というのです。
信長は、秀吉から文が届き、「四国に長宗我部元親などという大名がいては、毛利を攻めにくいというのだ。長宗我部は毛利攻めに乗り気ではなく、秀吉に与せぬばかりか、背後を突かれる恐れがあるという」と語ります。
光秀「それは秀吉殿の言いがかりというものでございます。長宗我部殿は身内同様のお付き合いがあり、信長さまをたいへん敬うておりまする。秀吉殿の背後を突くなど……」
信長「わしは決めたのじゃ。三男の信孝を讃岐に向かわせる」
光秀「殿……さような大事な話を私に一度もなさらず……!」
光秀は嘆きますが、とき既に遅し、だったのです。
光秀は長宗我部元親と織田政権を取り持つ「取次」を務めていました。信長も当初は長宗我部に対して「四国は切り取り次第」領地にしてもかまわないとして、良好な関係を築いていました。光秀重臣の斎藤利三(演・須賀貴匡)の兄が長宗我部家の重臣を務めていましたし、元親の嫡男信親は信長の偏諱を受けた関係でした。
ところが、羽柴秀吉が四国を本拠とする三好康長と結び、光秀への対抗心を顕わにします。そうした中で信長は秀吉の意向を取り入れ、四国政策を変更。光秀の面子は丸つぶれですし、これによって光秀派閥が解体の危機に陥ります。「秀吉殿の言いがかりというものでござります」「さような大事な話を私に一度もなさらず」という光秀の台詞には、そうした背景があったわけです。
将軍義昭暗殺指令と細川藤孝の裏切り
ところで、信長は光秀に対して将軍足利義昭を殺害せよと命じます。
劇中で説明されたように、毛利氏が戦の大義名分にしていたのが将軍義昭の存在だったのは間違いありません。信長の「将軍がいる限り戦は終わらぬ」というのもその通りだったと思います。「戦のない平らかな世にしたい」という光秀がなぜ、これほどまでに将軍義昭にこだわったのか――。その答えが、続く「驚きのシーン」にあるように思います。
愛宕山のお告げ
『麒麟がくる』でも、定番の愛宕山参詣が描かれます。「ときは今 あめが下知る 五月かな」で有名な愛宕百韻の舞台ですが、今回はこの発句も、やはり定番の籤も登場しません。亀山城に戻った光秀は家臣らから「愛宕権現は戦神。めでたきお告げはありましたか」と問われて、「お告げが変わった。我らは備中には行かぬ。京へ向かう」と述べます。家臣が「京のいずこへ参ります」と問うと、「本能寺。我が敵は本能寺にある。その名は織田信長と申す」――。
「信長はどうか」としていた正親町天皇、「そなたひとりの京であれば」という将軍義昭。帰蝶の「作った者がその始末をなすほかない」という台詞もありました。よってたかって光秀に信長殺害を教唆していたような流れでした。信長の非道阻止を強調するエピソードもたくさん登場し、最終回の段階で四国の長宗我部問題も飛び出しました。
主要な本能寺の変の動機が一通りでてきて、最終段階で光秀の背中を押したのが愛宕権現のお告げという設定でした。足利将軍へのこだわり、お告げに背中を押されるという極めて中世的な思考の持ち主だったことが強調されたという印象です。
もうひとつの「驚きシーン」といえば、細川藤孝(演・眞島秀和)が羽柴秀吉に「光秀が怪しい」と書状を送る場面でした。そのほかにも、光秀の「信長さまを討ち、心あるものと手を携え、世を平らかにしていく」という台詞が印象的でした。光秀は、信長を討ったのち、将軍義昭を京に戻し、娘婿の細川忠興を管領にという政権構想を抱いていたともいわれていますが、最終的に光秀が想定していた人々は、誰も光秀に味方しませんでした。
象徴的な場面がありました。近衛前久が正親町天皇に、光秀と信長が争い、双方が朝廷に助けを求めてきたとしたら、どちらを選ぶかと問います。正親町天皇の答えは「見守るだけぞ。見守るだけぞ」。坂東玉三郎さんの存在が高尚すぎて見落としがちですが、意訳すれば「勝った方につくぞ」と感じました。そうした人たちに翻弄されたとしたら、光秀があまりにも悲しすぎるという印象でした。
ついに本能寺へ!
光秀が亀山城を出発して本能寺を目指します。明智勢が本能寺門前に到着した場面は、ひときわ感慨深いものがありました。第5回「伊平次を探せ」の回で若き光秀が訪れていた場所です。ロケ地は岩手県奥州市にある「歴史公園えさし藤原の郷」となります。
光秀が攻めてきたと知った信長の姿が悲しすぎました。森蘭丸とのやり取りです。
蘭丸「上様、軍勢がここを囲んでおりまする」
信長「いずこの軍勢ぞ」
蘭丸「水色桔梗の旗印が見えます。明智殿の軍勢かと」
信長「十兵衛、そなたが、そうか、ハハハ。十兵衛か。ハハハハハ……であれば、是非もなし」
オーソドックスな展開でしたが、なんだか心に染みる場面でした。
「わしを変えたのは戦か。違う。乱れた世を変え大きな世を作れとわしの背中を押したのは誰じゃ? そなたであろう」――信長が光秀にいった台詞が胸に響きました。帰蝶が光秀に対して「今の信長さまを作ったのは父上であり、そなたなのじゃ」と語っていた台詞に対応します。
信長は、誰かに褒めてもらいたい承認欲求の強いキャラとして描かれてきました。褒められたいから戦に明け暮れる。しかし、どんどん織田家が大きくなり、天下統一が近づく過程で、気性が荒くなっていく。そのことは本人が一番わかっていたのではないでしょうか……。
本能寺で明智軍と戦う中で、信長が吹っ切れたような、ほっとしたような、無邪気な若いころの表情に戻っていたような感じがしました。信長は光秀に「夜もゆっくり眠りたい。長く眠ってみたい」という話をしていました。もしかしたら信長自らが、「光秀よ、わしを討ってゆっくり眠らせてくれ」という意味でいったのではないかと一瞬思ってしまいました。
ひとしきり戦った後、信長は奥に引き下がり「わしはここで死ぬ。蘭丸、ここに火をつけよ。わしの首は誰にも渡すな。わしを焼き尽くせ」と森蘭丸に命じます。
奥の間で、織田家の木瓜の家紋の前に置かれた甲冑の前に立ち尽くし、光秀と出会った頃を回想する信長。辺りは炎が燃え上がっています。外には、燃え上がる本能寺をじっと見つめる光秀。「信長の首を探せ」といったような発言はありません。信長が光秀との思い出を回想しているのと同時に、光秀も、信長との思い出を回想しています。ふたりはずっと、同じ目線だったはず……そう思わせる悲しい回想です。
再び、奥の間に場面が転じますが、信長はすでに倒れています。どのように自刃したかまでは描写がありません。ただ、薄目をあけて、自身の血が広がる床の上に顔を預けて、眠るように倒れています。苦悶の表情はなく、どこか安らかな顔をしているのが印象的でした。カメラが徐々に引いて、倒れた信長の傍らに刀が落ちているのがぼんやりと見えています。
外で本能寺を見守る光秀は、涙を流すまいと、必死でこらえているようでした。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











