『すきやばし次郎 百歳「鮨がたり」』担当編集者が感銘を受けた“百歳の鮨職人の仕事術”【2】
史上最高齢のミシュラン三つ星レストランの料理長としてギネスブックに認定された鮨職人「すきやばし次郎」の前店主・小野二郎さんは現在百歳。現代の私たちが常識と思っている江戸前鮨のスタイルを新たに生み出した、いわば「鮨の神様」と呼ばれる存在です。ジョエル・ロブションをはじめとした世界の食のプロたちが「すきやばし次郎」の鮨に感動したことから、ミシュラン三つ星を獲得し、世界中に日本の鮨が知られるようになった経緯があります。

では、小野二郎さんはいかにして新しい鮨を生み出してきたのか、どんな人生を歩んできたのか……その一部始終と、日々の研鑽で培われた職人哲学、そして次世代の職人へのメッセージまで語り尽くした至高の一代記が、この度一冊の単行本になりました。

(小学館 2,750円税込)
表紙写真/立木義浩
小野二郎さんは、百歳の自分の人生を振り返って、「ドラマの『おしん』よりもずっと大変だった」と冗談のように語りますが、二郎さんの言葉には、逆境を乗り越えて生きてきた「本来の日本人らしさ」が残っているようです。
担当編集者が聞き書きした小野二郎さんのお話の中から、二郎さんが90年以上の職人生活を通して体得した「より良く生きる知恵」の言葉をお届けします。
「不器用だったから、人の何倍も考えられた」
小野二郎さんは、26歳で当時の江戸前鮨の御三家と呼ばれた東京・京橋の「与志乃」に修業に入ります。「与志乃」の親方の包丁さばきと握りの美しさに魅了されて、休み時間にもおからを握って練習したり、包丁の使い方を練習していたと言います。世界一の鮨職人と聞くと、誰もが天才的なひらめきと器用さを想像すると思いますが、小野二郎さんは、笑って手を横に振ります。

「私はもともと不器用だから人の3倍は練習しました。でも、私は不器用でよかったと思うんです。というのも、自分が不器用だと思うと人が1考えるところを3も4も考えることで自分の考えが深くなっていくでしょう」
『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より
酢飯をお櫃から取った瞬間に、左手の中指、薬指、小指の3本で握りの形ができているとか、書籍の取材の折に数えてみたら鮨飯をいくつ握っても米粒が2粒と違わなかったとか、口に入れた時に酢飯と鮨ネタが渾然一体となるように少し空気を含むように握る一連の動作など、まさに神技としか言いようがありませんが、これも不器用だったから身についた、と二郎さんは笑います。
食中毒のニュースが出て車海老が敬遠された時には、活きている海老を目の前で茹でて握って新しい美味しさの鮨を生み出し、温かい海老は今では日本中の鮨屋で供されています。

二郎さんの話を聞いていると、何か問題が生じても知恵と工夫で乗り越えて、苦労を苦労とも思わない柔軟な仕事への姿勢が、世界の人々に感動を与える鮨の旨さを生み出したのだと感じます。
「支店を出さない。お金儲けに走らない」
1980年代のバブル期の頃、「すきやばし次郎」が有名になるにつれて「お金はいくらでも出すから支店を出店してほしい」というオファーが多くなった、と二郎さんは振り返ります。そんな時、有名な料理店が次々と支店を出しても、二郎さんは決して首を縦に振りませんでした。その理由は明白で、「味が落ちるから」。
「支店をどんどん増やしていくでしょう。これは金儲けのためにやっているだけで、職人の腕は絶対に良くならないです。店を3軒も4軒も持っていたら、自分の腕だけではその味は支えきれない。だから、みな人に任せるようになっちゃって、安かろう悪かろうになってしまうんです」
『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より
「私はそれよりも自分が思うようにその店をやっていた方がいいという頭だから、ほかに店を出す気がないんです。みな、金儲けのことばっかり考えていますよね。店を広げるとか支店をつくるとか、それで、自分の商売は順調にいってると思ってるんだけれども、どこの店だってみな競争でやっているわけですよ。だから、自分のところより旨い店ができれば、そっちへお客さんが行くのは当たり前のことなんです」

1980年代後半の不動産バブルの時代、店舗拡大について二郎さんの考えは揺らぐことなく明確でした。より美味しいところにお客さんが行くのは当たり前だから、規模拡大よりも味を上げることにこだわったのです。同じ時代、バブルの空気に酔った多くの店が金儲けばかりを考えて消えていった姿を二郎さんはたくさん見てきたそうです。
「仕事を好きになりなさい」
「自分が決めた仕事、自分が与えられた仕事ってのは、自分がそれに惚れて、どんどん好きになってかないとダメなんですよね。それで、そういう風に一生懸命やればお金は付いてきます。はい。人ができないようなことをやれば、これは必ずついてきます。ええ。だから、それをやらなきゃダメなんですよ。お金を先に考えてたら、やらないうちにこのことばかり考えてたら(笑)、計算だけしてるようになっちゃうもの。そんなもの、ろくなものができるわけないですよ。そういうことなの」
『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より

二郎さんは誰にも頼らずに自分の腕を上げることで生きてきました。高度成長期も、バブル時代も、バブル後も、どうしたらより美味しくなるかだけを考え続けた経歴は、聞いていて痛快な面白さ! 一生進歩していくことが楽しい! 好きなことを追求する、そんな二郎さんの生き方はとても魅力的です。
「仕事は、80歳から楽しくなる」
最新の内閣府の国際比較調査(2026年版高齢社会白書)では、世界の先進国の中で日本は、65歳以上でも働きたい人が多いという結果が発表されました。一方で、定年を過ぎたら何もしないで家にいたいという人も多いでしょう。
「だけれども、仕事は80を過ぎたら楽しいんですよ」と二郎さんは言います。7歳で料理旅館に奉公に出てから、浜松の小料理屋での職人生活、鮨の名店「与志乃」の修業を経て、二郎さんは40歳の時に独立して以来60年間、「すきやばし次郎」の暖簾を守ってきました。

『私は下積みの生活が長いから、いろんなことを経験してきました。職人として、たくさんの経験を経た上で仕事をしていると、新しい考えや知恵が自然にポッとわいてくるようになります。何か新しい考えが浮かんだら、それをやってみる。70歳になっても80歳になっても「これをやってみよう」と、仕事も自分の好きなやり方でできますから。だから80を過ぎたら余計に仕事を好きになっていきます。それが真実だと思うんですが、それはやった人しか言えないからね。問題はそこなんですよ』
『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より
長い経験の蓄積から湧き上がる自由な発想を、二郎さんは「自分の宝」と言っています。自分で苦労して身につけた「自分の宝」は、なくなることがありません。「自分の宝」を持つ喜びは、仕事を続けてきたご褒美かもしれません。
「働くことは、一番の薬」
小野二郎さんは、2019年に最高齢のミシュラン三つ星レストラン料理長としてギネスブックに認定されました。「すきやばし次郎」には、毎日、世界最高の鮨を求めて、世界中の食のプロフェッショナルやセレブリティが訪れます。小野二郎さんは、98歳までは「すきやばし次郎」のカウンターに立っていました。現在は特別な場合以外は鮨を握ることはなくなりましたが、それでも現役の最高齢の鮨職人であることは変わりはありません。健康で働き続けられる秘訣は何でしょう?

「働くことは健康のもと。それだけは絶対ですよ。仕事に惚れて、仕事を一生懸命にやれば元気になるということです。だから、いい方へどんどん回転して行くようになるんです。サボってばかりいると、それが逆回りになってしまう」
「だれだって歳を取っていくんだから老いていくのは当たり前なんだけれども、別に急いで老いていくことはないんです。仕事ができる間は、ずっとやればいいんです。働いてるってのは本当に薬ですよ」
ともに『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より
二郎さんが大事にしているのは、自分の寿命を大事にして、長く仕事を続けるということ。そのためには食べることも大切。今でもロースカツや中華料理をペロリと食べるそう。二郎さんの主治医は、病気をしても手術をしても治りが早くて、脳年齢も若いのはいい食事をしているから、と言っているそうです。楽しみは、昔からの友人と月に1回食事会を開いて馴染みのお店や、独立した弟子の店に行くことだそうです。
「仕事には終わりがない」
『職人というのはね、自分の職に対して「止まる」ってことがないんですよ。いい職人は自分の仕事を、絶えず改善して、常に上を見て続けているんです。自分の仕事にはここでストップというのがないから、仕事をやっている間はいつでも上を向いているんです』
『美味しいものはいちばん簡単に人を幸せにできるんです。美味しいものは「また食べたい」、自分の大切な人や恋人とか奥さんや友人でも「大切な人に食べさせてあげたい」と思う。それが美味しいものの良さだと思うんです』
『ニッコリして、「美味しかったです。元気になりました。また、頑張ります」と言って帰るお客様もいる。そういうときはとても嬉しいんです』
すべて『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より

鮪は生が当たり前だった時代から冷凍鮪が普通になっても、質のいい魚が獲れなくなってきても、温暖化の影響で魚の旬が変わっても、二郎さんは自分の発想と腕で最高の鮨をつくってきました。そして百歳を迎えて、こう言います。
「鮨屋はいい仕事ですよ。誇りのある仕事です。それでみなさんが鮨を食べて喜んでくれたら、もっといいわけでしょう。私はいい仕事だと思っています」
『すきやばし次郎 百歳 「鮨がたり」』より
「誇り」という言葉を最近、耳にしていなかったような気がして、ハッとしました。二郎さんが大切にしてきたことが、お金でもなく、名誉でもなく、実は「誇り」だということに思い当たり、矜持を持って生きることが、人生で最も大切な幸せの秘訣かもしれない、と百歳の小野二郎さんに教わります。
「より良く生きる知恵」が詰まった小野二郎さんの痛快な一代記は、全国書店にて発売中。職人だけでなく、自分らしく生きたい人への示唆に富む一冊です。
【書籍情報】
『すきやばし次郎 百歳「鮨がたり」』
著者 小野二郎
定価:2,750円(税込)
四六判上製本 262ページ
小学館
著者プロフィール 小野二郎(おの・じろう)
大正14(1925)年、静岡県生まれ。昭和26(1951)年、東京・京橋の名店「与志乃」で鮨職人としてのキャリアを始め、昭和40(1965)年「すきやばし次郎」を開店。多くの著名人のほか、フランス料理のジョエル・ロブションら食のプロたちをも顧客として魅了。平成23(2011)年、アメリカで公開された映画『二郎は鮨の夢を見る』をきっかけに世界的名声を得る。平成26(2014)年、当時の安倍晋三首相とオバマ・アメリカ大統領が同店で会食したことが大きな話題に。同年、黄綬褒章受章。平成31(2019)年、ミシュラン三つ星レストランの最高齢料理長として、ギネス世界記録に認定。令和7(2025)年10月27日、百歳を迎えた。
すきやばし次郎
住所:東京都中央区銀座4−2−15 塚本素山ビルB1
電話:03-3535-3600
営業時間:11:30〜14:00 17:30〜20:30 *土曜日は昼のみ営業
定休日:土曜日午後、日曜、祝日
すきやばし次郎 六本木店
住所:東京都港区六本木6−12−2
電話:03-5413-6626
営業時間:11:30〜14:00 17:30〜21:00
定休日:水曜日
写真提供/泉 健太
構成・文/尾崎 靖 エディトリアル・ディレクター。小学館在職中に『鮨 すきやばし次郎』、『アート オブ シンプルフード』などの書籍や高砂淳二氏はじめ多くの写真家の写真集を編集。現在は、フリーランスで谷川俊太郎著『楽園』や本木雅弘作品集『awai 刹那と永遠のまにまに』などを編集。写真家のキャビネットに眠っているフィルムを発掘して発表する「Dear Film Project」としても活動している。











