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銀座という街で、多くの人たちが気軽にアートを体感できるよう、年間を通じて無料で観覧できる企画展を展開している『ポーラ ミュージアム アネックス』。11月10日からはグループ展/チャリティオークション企画「Plastic Revives(プラスチック リバイブス)」が開催されます。その出展作家19人の中のおひとりであるガラス作家のイイノナホさんに、「再生」をテーマにした今回の企画展に対する思いをインタビュー。併せて、イイノさんの代表作品の誕生にまつわる物語も語っていただきました。

ご自宅にうかがったのは、厳しい暑さが残る9月半ばの昼下がり。敷地内に設けられた工房から出てきたジーンズ姿のイイノさん。「すぐに着替えてきますね」とかけ上がった2階から、なんとモフモフのキジ白猫の「福ちゃん」を抱いてリビングに下りていらっしゃいました。この福ちゃんもキーパーソン(?)として、最後の方に登場します。どうぞお楽しみに。

ガラス作家 イイノナホさんと、インタビューに飛び入り参加した福ちゃん。

――『ポーラ ミュージアム アネックス』でのチャリティオークションは今年で4回目とのこと。イイノさんは過去の3回にも出展されていますね。

イイノ 1回目のチャリティオークションが開催された2019年は、私が『ポーラ ミュージアム アネックス』で初めて個展を開かせてもらった年でもあります。もともとコンセプトも含め、大好きなミュージアム。しかも、チャリティオークションという興味深い企画でしたので、オファーをいただいた時にはとても光栄に思いました。

――今回のテーマは「再生」。ポーラ・オルビスグループの化粧品容器から再生したプラスチックを使って参加アーティストのみなさんが作品を制作なさるとのこと。素材がプラスティックと聞いて、ガラス作家であるイイノさんは、それは無理、とお思いになりませんでしたか?

イイノ どちらかといえば、何ができるかな、って思いました(笑)。普段はガラスを使っていますが、それはたまたま私がガラスが好きで、ガラスがいちばん私が思っていることを表現できる素材ではあるのだけれど、自分の中での物づくりの考え方は、どんな素材でも変わらない気がして。それで、別の素材を使ってつくるのも楽しいかな、新しいチャンスと捉えて挑戦してみよう、と思いました。

作品のひとつひとつにある物語

――素敵な考え方です。そんなイイノさんのガラス作家としての歩みを辿らせていただきたいのですが。まずは、イイノさんの代表作として、たくさんの方に愛され続けている四葉のクローバーの『ペーパーウエイト』のお話から。

イイノさんの代表作であり、たくさんの人に愛され続けている『ペーパーウェイト・クローバー』。

イイノ 大学(武蔵野美術大学)では彫刻を専攻しましたが、どうしても好きなガラスをやりたくて、卒業後、アメリカはシアトルにあるピルチャック・グラス・スクールでガラス技法を学びました。20代の半ばにはガラス作家として仕事をしていましたが、27か28歳のころに、仕事にしないで制作することに集中したいと思った時期がありました。それで、1年と期間を決めて、作品を販売することを止め、代わりの仕事として“初めてのサラリーマン”をやってみたのです。

――初めて会社勤めをしたということですか?

イイノ 派遣社員として、あるメーカーの受付の仕事をしました。実家がレストランだったのですが、そこに来る常連のお客さんはデザイナーやコピーライターというフリーランスのクリエイターばかり。両親はもとより親戚にもサラリーマンがほとんどいないという環境で育ったので、全く知らない世界で仕事をしてみたいという思いもあったのです。それでお勤めを始めてみたら「個人ではできない大きな規模のものをクリエイトするのが会社なんだ」って知って、感動したんです。それで、この会社の人たちの力になりたいと思い、“スーパー受付”を目指しました。

――スーパー受付、ですか…。

イイノ 社員の方全員の内線番号を完璧に覚えて、お迎えしたお客さまを待たせることなく、さっと電話を繋ぐ。100%笑顔の接客です(笑)。そうしたら、会社のみなさんがとても可愛がってくれて。1年後に辞めるときに、そんなみなさんへの感謝の気持ちを伝えるプレゼントとして作ったのが、四葉のクローバーのペーパーウエイトでした。

――なぜ四葉のクローバーだったのですか?

イイノ その少し前に、生まれて初めて四葉のクローバーを見つけて、それがすごく嬉しかった。その嬉しい気持ちをガラスに込めてプレゼントしようと思ったのです。

――この四葉のクローバー、色も大きさも、まるで本物のようです。

イイノ 「本物ですか?」「四葉のクローバーいっぱい見つけましたね」って、よく言われます(笑)

長い竿の先に巻き取った高熱で溶かしたガラスを、ペーパーウェイトの丸みを帯びた優しいフォルムに整えていく作業。けっこうな力仕事です。
手のひらに収まる大きさのペーパーウェイトはプレゼントとして選ぶ人も多いという。

――イイノさんの作品の中でもアイコニックな作品として知られているのが、シャンデリア『バルーン(Balloons)』です。

イイノ この作品は1枚の写真から始まっています。「こういうシャンデリアが欲しいんだけど」とお客さまから見せられて。たぶん100年くらい前のイタリアの写真なのですが、そこに写っていたのはガラスの玉(球体)を組み合わせたシャンデリアでした。見て、かわいいな、と思いました。でも、もっと素敵にできる、とも(笑)。手がけたことのないものでしたが、お客さまの思いに応えて作りました。
そうしたら、そのお客さまのお宅に納めたシャンデリアの写真が、建築雑誌の表紙になったのです。それを見た建築家の妹島和代(せじま かずよ)さんから、ニューヨークの「ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート」の中に取り入れたいという連絡をいただきました。

――妹島さんは名実ともに日本を代表する建築家。2007年12月に再開館した「ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート」の建物の設計を手がけた建築家のおひとりですね。それで『バルーン』はどこに。

イイノ 1階のカフェです。妹島さんが設計した白い壁の建築の一部として『バルーン』が使われています。

――以来、たくさんの方から愛される作品になっていますが、オーダーをなさる方とはどのようなやりとりをされるのでしょう。

イイノ 取り付ける場所の図面を見せていただき、同時にイメージをおうかがいします。まずは私から提案して、お客様のご希望とすり合わせていきます。お話しているうちに、自然としっくりいく色が決まっていきます。なので、ひとつとして同じものができないので、とても喜んでいただいております。
何年も前になりますが、完成したシャンデリアを納めた方から、後に「玉だけが欲しい」という声があって使える形にしました。それが、この『バルーンベース』です。

――シャンデリアの玉と瓜二つの花瓶ですね。シャンデリアを見上げているうちに玉だけ手元に置きたくなった気持ち、よくわかります(笑)。

インタビューをさせていただいたイイノさんのご自宅のリビングにも『シャンデリア バルーン』が。
シャンデリアと同じ球体だが、重心を低くして安定感のある作りにしたバルーンベース。

――愛着のある作品を、もうひとつだけ挙げていただけますでしょうか。

イイノ 『時景』。時の景色と書いて「とけい」と読むのですが、これから正式に発表しようとしている新しい作品です。
数年前から、時間の概念に興味を持っていて、ガラスの中に時間のような空間を見つけたんです。『時』とタイトルをつけ始めたのはそのためです。

イイノさんの新たな代表作になるであろう『時景』。

――モザイクのようにも見える、青と緑、茶色の重なりがとてもきれい。じっと見ていると引き込まれてしまいそうです。

イイノ 工程でいうと、輪切りにした色の付いたガラスの小片を重ねていき、そのたびに焼いているのですが、焼くとその小片の色がスーッと広がっていくんです。その色の重なりが時のレイヤー(層)のようであり、広がっていく色の中に景色を見るような感覚にもなるんです。タイムスケープ(時間風景)という言葉もありますが、私は時景という漢字二文字の中に、時間と景色を表わしました。

――この作品はシリーズになっていくのでしょうか。

イイノ そうですね。この技法で試したいことが沢山あります。それがシリーズのようになるかと。来春には個展を予定していますから、その時にいくつかお披露目できると思います。

限りある資源を意識する中で改めてガラスという素材に惹かれる

――ガラス作家としての“時”を重ねてきたイイノさんですが、今、何か感じていることはありますか。

イイノ 私の世代は、消費を楽しんだ時代を経験しています。それが今、ここに来て、さまざまな資源やものが枯渇していくという環境の深刻さ、危機感を感じています。ガラスって何からできているかご存知ですか? すべて石や砂などから取り出される鉱物を原料にしているのです。なのでなおさらです。
でも、ガラスは100%リサイクルできるんです。ちょっと不純物が混じったり、色が変わったりしてクリアなガラスに戻すことはできませんが、ガラスという素材としては再生して使えます。もともとガラスが好きでガラス作家になりましたが、再生できるということも魅力的だなって、今改めて思っています。

――何かリサイクルすることを考えているのでしょうか。

イイノ 私は完成度の高い作品を制作するために厳しくチェックして、ちょっとした傷や汚れなどのあるガラスは外しています。工房には、そうした外したガラスを棄てずにとってあるんですが、それを“アートの力”でさらに価値のあるものに生まれ変わらせたいと思っています。

――素材はプラスチックに替わりますが、“アートの力”でということでは、今回の再生をテーマにした企画展とイイノさんの思いとが繋がります。出展なさる作品のテーマやデザインは決めていらっしゃるのでしょうか。

イイノ まだ考え中です。初めての素材なので、ガラスと同じように扱ってみて、どんな感触を得られるか、体得している段階です。

―― サンプル製作をなさっている最中ということでしょうか。

イイノ はい。今日も午前中から工房でアシスタントたちと打ち合わせをしていたのですが、小さな猫を作ってみています。出展まで2か月を切り、必死で格闘しているところなのですが、モデルが福ちゃんということもあり、格闘しながらも、どこかほっとした気持ちでもいられます。

炉のある工房の夏場の室温は60度くらいになることも。「今年の夏は気温の高い日が長く続いたので、たいへんでした」と。

――そんな大変な時期に、お話を聞かせていただきありがとうございました。11月に、ポーラ ミュージアム アネックスでどんな作品と出会うことができるのが楽しみにしています。そして、ご健闘をお祈りしています。

その取材から数日後、イイノさんから連絡が入りました。
「展示作品ですが、福ちゃん(猫)、うまくいきませんでした。残念です。気持ちを入れ替えて別のテーマでまた格闘しています」と。

インタビューを行った日、猫のしっぽ部分を炉で焼く準備をしていたところでした。型の中に入った黒い粒が素材となるプラスチック。
「福ちゃんは、名前を呼んだり、話しかけたりするとちゃんと返事をするんですよ」と愛おしそうに福ちゃんを見つめるイイノさん。

再生の象徴として三日月を

それから10日ほど経ち、秋の訪れを肌で感じられるようになった頃にいただいたメールは、次のような内容でした。
「今回は再生というテーマでしたので、三日月を作ってみました。
作品名は『時の素描 湖水平皿 三日月月光蓋』。湖水から眺める大きな三日月のイメージです。三日月を“再生プラスチック”で。そして、ガラスで作ったお皿を湖面に見立てた“組み”の作品になっています。
猫は作品になりませんでしたが、いつか福ちゃんを作ってみたいです」

ガラス作家イイノナホさんの「再生」への挑戦、ぜひとも銀座まで足を運んで、ご観覧ください。

イイノナホ Naho Iino
1967年 北海道洞爺湖温泉町生まれ、東京四谷育ち。武蔵野美術大学彫刻学科卒業後、シアトルのピルチャックグラススクールで学ぶ。時間をテーマにした独創的なオブジェを中心にランプやシャンデリアなど灯を使った造形作品を手がけるアーティスト。国内外の住宅や店舗、美術館向けのシャンデリアなども手がける。作品は全て自身による手吹きで制作され、ガラスの繊細さと手作業による温かみを備える。
イイノナホ 公式サイト/オンラインショップ:https://www.naho-glass.com

■チャリティオークション「Plastic Revives」展
会 期:2023年11月10日(金)―12月3日(日)入場無料/会期中無休
会 場:ポーラ ミュージアム アネックス(中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階)
主 催:株式会社ポーラ・オルビスホールディングス https://www.po-holdings.co.jp/m-annex/
展覧会詳細、オークション入札等についての詳細はホームページで確認を。なお、オークション、ドローイング及び関連グッズの販売収益は公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWF ジャパン)が行う海洋保全の活動へ全額寄付される予定です。

取材・文/堀けいこ 写真 小倉雄一郎(小学館)

 

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