動物園の取り組みについて解説したパネルを見る親子。地道だが、こうした啓発活動は少しずつ実を結んでいることが入園者の反応からわかるという(よこはま動物園ズーラシアにて)。

「いのちの尊厳を考えながら展示を楽しむ。それが私たちの提案する方向性です」

共に明治時代から日本人に親しまれてきた動物園と水族館。その役割は時代とともに変わってきたが、近年の位置づけは娯楽が中心だったかつてとは趣を異にする。

「動物園や水族館では珍しい生きものを見ることができます。では、なぜ珍しいのか。ひとつの理由は数が減っているから。珍しい動物が入ったので見にきてください、という感覚がもはや通用しないのは、自明の理といえるでしょう」

こう語るのは、よこはま動物園ズーラシアの園長で日本動物園水族館協会(JAZA)の会長でもある村田浩一さんだ。

人間活動によって環境が悪化した結果、絶滅の危機に瀕する種が増えている。現状をどう考え、どんな判断と行動をすべきかが、今動物園や水族館に突きつけられている課題だという。

JAZAは、世界の飼育展示施設の倫理づくりや保全活動の調整を諮る世界動物園水族館協会(WAZA)に加盟している。JAZAが掲げる「4つの役割」は、WAZAの理念を土台にした、いわば飼育展示の国際基準である。

役割を順に挙げると「種の保存」「教育(環境教育)」「調査研究」「レクリエーション」。筆頭の「種の保存」は、動物園と水族館が蓄積してきた飼育と繁殖の技術を自然保護に活かそうというもの。

欧米では、神の怒りで起きた大洪水を前に動物のつがいを箱舟に乗せた善男ノアの説話になぞらえ、動物園や水族館の役割を「種の方舟」と呼んできた。

2番目の「教育」には科学的な知識を深めるだけでなく、いのちへの思いやりといった情操を育む力もある。そして、専門家ならではの知見とネットワークを活かした「調査研究」。これらの成果は種の保存や教育にも還元される。

「レクリエーションの要素は、動物園と水族館に昔から期待されてきた役割ですが、先ほども言いましたように今はレクリエーションとは何かが問われています。

たとえばアニマルウェルフェア(※)の概念が提唱されてからは、動物に緊張や苦痛を与えるような飼育や展示はアウトになっています。本来は当然のこと。されて嫌なことはしないというのが人間社会の常識です。動物だからやってもよいだろうというのは人間の傲慢さそのものです」

※アニマルウェルフェア:動物福祉。動物が“その種らしい”健康で幸福な生活を送れるようにするための考え方と実践。

野生動物を巡る不都合な真実

「ただ私個人は、レクリエーションは大事な要素と考えます。動物園や水族館には人の心に安らぎや癒やしを与えてくれる潜在的な力があります。そこは信じたい」

野生動物の現状を巡っては、直視したくない事実もある。たとえば、絶滅危惧種のオカピがかろうじて生息するコンゴの熱帯林の現状を聞くと、背筋が寒くなる。

「近年の森林破壊の主な原因はレアメタルの違法採掘です。作業のために道路を切り開くと一獲千金を当て込んだ人たちがどっと入りこみ、食料調達のために野生動物の密猟が横行します。内戦の背景は政治的なこととは限らず、地下資源の争奪だったりするのです。では、そのレアメタルは何になるのか。たとえば、私たちも恩恵を受けているパソコンやスマホです」

世界には自然保護活動をしていると殺害される危険さえある国や地域が実在する。これも野生動物を巡る不都合な真実である。

「私たちがオカピのためにできることは何だろう。以前にコンゴから招いた環境活動家が質問に対しておっしゃった“希望を捨てないことだ”という言葉が、ずっと頭に焼き付いて離れません」

いのちに対して謙虚に向き合うことが求められる時代。展示の変化として、上記のような4つの新しい潮流も生まれ始めた。

すべてはいのちの平等のために。動物園と水族館の存在意義は、今まで以上に重みを増している。

いのちと向き合う、4つの新潮流

1 生きものを通じて地球環境の今を伝える

絶滅危惧種の繁殖と野生復帰のプロジェクトは、環境教育効果に直接つながる。写真は販売目的の乱獲で激減したカンムリシロムク。インドネシアのバリ島でしか見られなくなっていたが、繁殖が功を奏し劇的に回復している。

2 普通の種が人気になる“推し”の多様性

動物園や水族館の目玉といえば、かつては珍種に偏っていた。近年は様相が変わり、たとえばキツネやタヌキのような日本の普通種にも熱心なファンがいる。個体の“推し活”も盛んに。楽しみ方が多様化する傾向にある。

3 身近な自然の大切さも再評価してもらう

JAZAでは、昔はよく見かけたのに、いつの間にか消えてしまった地域の生きものの繁殖と野生復帰にも力を入れる。写真は横浜市内で地域絶滅の恐れがあるムカシツチガエル。横浜市北部でかつては普通に見られた。

4 アニマルウェルフェアが人の幸福につながる

ショーについては動物福祉の観点から否定的な意見もあるが、評価の視点はその個体がショーに満足を感じているか。写真のようなバードショーは鳥自身が飛翔を望んでおり、環境エンリッチメントともいえる。

インタビュー  村田浩一さん
(公益社団法人日本動物園水族館協会会長)

1952年、兵庫県生まれ。獣医学博士。神戸市立王子動物園での飼育係兼獣医師、日本大学教授を経て、2011年よりよこはま動物園ズーラシア園長、日本動物園水族館協会会長と兼務。

取材・文/鹿熊 勤 撮影/藤田修平 写真提供/よこはま動物園ズーラシア、横浜市繁殖センター

※『サライ』2026年6月号より

6月号特集は『新しい動物園と水族館の歩き方』

 

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