死にたいと思い続けた50代の原因は更年期?

麻子さんの50代前半は「死にたい」と思う気持ちとともにあったという。

「毎日、『今日も生きてしまったか』と目覚め、会社に行って仕事をする。親しい友達と遊んでも、頭にもやがかかったようになる。今振り返るとあれは更年期だったのかもしれません。55歳で役職定年になる頃には視界が開け、60歳の定年時には気持ちが落ち着いてきたのです。雇用延長の話もありましたが、同じ仕事で給料は4割カットでしょう。それもどうなのかと思い、延長はしませんでした」

老後を賄えるお金はあるとはいえ、十分ではない。インフレや医療費負担増に備えるために、働かなくてはならない。

「人と話さず、“死に近い世界”に行きたいと、葬儀関連の仕事を探しました。求人サイトで葬儀社を探し、仕事内容をチェック。苦手な営業や運転などの下に、“院内搬送”とある。そこで問い合わせをしたら『病院内でご遺体を搬送する仕事です』と言われ、面接に行ったのです」

院内搬送とは、病院の近くにある待機所(アパートなどが多い)に出勤し、連絡があると病室や治療室で亡くなった人の衣服を整え、霊安室に運んだり、霊安室から霊柩車に運ぶ仕事だという。

「基本的に誰とも話さず、黙々と行う仕事です。死後硬直が始まる前に家族から受け取った服を看護師さんと共に着せて、ストレッチャーの上に乗せる。服も人によってまちまちで、多くが着物のような装束なのですが、80代の女性に真っ赤なドレス、70代の男性にスーツ、中国系の方にブルーの民族衣装を着せたこともありました」

洋装の場合、難しいのは袖だという。摩擦などで遺体に傷をつけてはいけないので、迎え袖をして腕を通していく。

「着替えのためにご遺体を起こしたときに、口から空気が出ることがあるのですが、それを見ている遺族が『生き返った!?』と驚くことがあるんです。そしてやはり亡くなっていることがわかると泣く。こうして送ってくれる家族がいるって、このご遺体は幸せな人生だったのだと思い、私ももらい泣きしそうになります。そういうことは伝わるのでしょうね。遺族から『丁寧に着せてくださってありがとうございます』と言われることが多々あります」

服を着せた遺体は、ストレッチャーに乗せ、シートをかけて霊安室まで運ぶ。エレベーターまでの廊下は、他の入院患者に見られないよう、パーテーションを立てることもあるという。

「霊安室までお運びして、場合によっては指定された遺体用保冷庫に入れる。葬儀社は病院と連携しているので、火葬のスケジュールなどを考慮して現場に指示しているようです」

麻子さんがよく待機する病院の保冷庫は6体が保管できるという。

「保冷庫から霊柩車に運ぶ手伝いをすることもあります。保冷庫の上のほうは、子供のご遺体が保管されると聞きました。いつも『上の扉を指示されませんように』と思っています。甥のことを思い出して辛くなってしまうし、子供の死は痛ましくて向き合えません」

スタッフは3交代制の24時間体制で待機しており、麻子さんは「かつての工場と似ています」と言う。

「深夜勤務は、車内待機もあるので男性限定です。私は早朝から夕方までが多いかな。人手不足ということもあり、週3希望なのに、5日も6日も出勤することがあります。待機だけで終わる日もあるのに、手取りは20万円以上になることもある。慣れないうちは腰も痛くなるし、見ず知らずの方の御遺体と向き合うのは気力も必要です。

でも慣れれば大丈夫。亡くなった方と遺族に寄り添えるので、私には向いていると思います。やはり収入があると、長生きする恐怖が克服できるんですよね。あと、この仕事を始めてから死は生きることの延長なんだと思えるようになり、『死にたい』と思う気持ちがなくなりました」

交代時に立ち話をするスタッフ仲間の女性と親しくなり、ランチや映画に一緒に行くようになったことも、働いていて良かったことだという。麻子さんは「定年は一回死んで、生まれ直すタイミングだ」と言っていた。これまでのキャリアを捨てて、全く違うことをする。その先に未来はひらけているのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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