「70歳のときに、モノになっていればいい」
定年後に頑張ろうと思っていた仕事が頓挫してしまったショックから立ち直るために、フリーランスで活躍している50歳の友人にSNSのメッセージを送った。
「彼女は以前、展示会で仕事をしたディスプレイのスタイリストで、SNSでつながっていたんです。おおらかな人で、あまりガツガツ仕事をせず、裕福で幸せな家庭を維持しており、子育て経験も豊富。落ち込んでいるときは、豊かで明るい人に会って元気をもらおうと、ランチに誘いました」
彼女に経緯を話すと「フリーで働いていると、よくあることですよ」と笑い飛ばしてくれた。そして、優子さんが定年10年前に後輩社員と仲良くしようと頑張ったことを話すと、「なんで? 定年で切れる関係なんだから意味ないじゃん。フリーランスの友達を作れば良かったじゃない?」と驚いていたという。
「その通りなんですよ! 私は当時、会社のことしか考えられなかったので、後輩とつながろうとしてしまった。定年って、会社とは無関係になるってことなんです。身内じゃなくて、お客様になるんです。しかもあんまり歓迎されていないお客様(笑)。50歳の頃の私に『外部の人とつながっておけ!』と言ってやりたいくらいですが、後悔先に立たずです」
でも、50歳といったらまだまだ現役だ。大企業に所属していると、“我々が一番だ”と考えてしまうところはあるだろう。それが組織というものだ。人はそのような空気に敏感だ。もし、50歳の優子さんがフリーランスの人々とつながろうとしても、うまくいかなかったのではないだろうか。
「言われてみるとそうですね。確かに、私は自分たちの会社が最高だと思っていた。実際、外部の人を『かわいそう』と感じたことは何度もあります。ウチの会社は働きやすく休みやすく、給料も悪くない。今、生活に不安がないのは、ウチの会社で働いたおかげです」
最後に友人は「ウジウジ考える前に、体を動かしたほうがいいですよ。まだ60歳なんだから。そうだ、めっちゃコンプレックスを感じていることを改善したらどうですか?」とアドバイスしてくれた。
「その後、ちょっと考えて、ダンスを習い始めたのです。ダンスができないことが、学生時代からのコンプレックスでした。そして、大手のダンススクールに申し込み、20〜40代のレッスンメンバーとヒップホップを習うことになったんです。当然、圧倒的にできないですよ。体が動かなくて恥ずかしくて悔しいのだけれど、ヒマすぎて通うしかない。レッスンに行きたくないと思っても、仕事を言い訳にできませんからね」
週2回のレッスンを半年くらい通ううちに、若手のメンバーとうちとけ「ゆうこりん」と呼ばれるようになる。
「今の若い子は優しくて、年上だからと馬鹿にしない。それどころか私が上達するようにアドバイスをしてくれたのです。そして『暇なんだよね』と話すと、30代の主婦の女性が『アプリのスキマバイトをやってみれば』とアプリのダウンロードと設定までしてくれたのです」
その後、「バイト行った?」としつこく聞かれ「まだ」と言うのが申し訳なくなり、居酒屋の皿洗いのバイトをやってみたところ、意外と楽しかったという。
「アプリのスキマバイトのいいところは、年齢で切られない。普通の面接だと60代はアウトだと思うのですが、それがないんです。そして、現場に行くとものすごく感謝される。こんな世界があるんだと思いました」
新しい世界を見るのが楽しくて、結婚式場の配膳、ドラッグストアの商品陳列、荷物の仕分けなどいろいろな仕事をしたという。
「最初は面白くて頻繁にバイトに行っていましたが、体がついていかなくて今は週1〜2回。現役時代に全く交わらない人たちと一緒に取り組み、時間を切り売りしてみて、やはり私は経験を生かした仕事がしたいと思うようになりました。今はまだ、模索中ですが」
レッスンに行くたびに、ダンスが少しずつ上達しているのも、心の健康に貢献しているという。
優子さんの経験から、定年後は、「やらなければいけないこと」「行かなくてはならない場所」を自ら作ることが大切なのではないかと感じた。そして、「私は10年後、どうなっていたいか」を考え、今の行動につなげることから、自分が納得できる未来は始まっていくのだ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。











