
渡辺いっけい(わたなべ・いっけい)
1962年生まれ、愛知県出身。「劇団☆新感線」、唐十郎主宰の「状況劇場」と舞台での活動を経て、92年のNHK連続テレビ小説「ひらり」で注目され、ドラマ、映画、舞台に数多く出演。最近の主な出演作は「科捜研の女」シリーズ、映画『いつくしみふかき』、『開戦前夜』、『黒牢城』など。アニメーション「おしりたんてい」では吹替、ナレーションを担当。映画『つりこまち』が11月27日公開。
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新宿ゴールデン街、名画のポスターで飾られたバー「スイカズラ」。映画好きのマスター、「東京に映画を撮りに来た」と言い続けるテレビマンのギンジ、カウンターの最奥が指定席の‟画伯”ら、いつものメンバーが顔を揃える。1988年、他愛ないおしゃべり、終わらない議論。今宵も、グラスに氷のあたる音が響く――。63歳の新人、錦信次監督による映画『月影のゴールデン街』で、渡辺いっけいさんが主演を務めます。昭和、平成、令和、いつものバーで、相変わらずな時間を過ごす酔っ払いたちの35年を描くこの映画で、マスターの青木を演じたいっけいさんに聞きました。

(配給:マジックアワー)
監督/錦 信次
脚本/北里宇一郎
出演/渡辺いっけい、粟島瑞丸、前田亜季、松尾貴史 ほか
10月30日(金)~ テアトル新宿、アップリンク吉祥寺、テアトル梅田ほか全国順次公開
(C)2026 プロダクション銀次
ゴールデン街には馴染みがある、という感覚で
――『月影のゴールデン街』へのオファーが来たときは、どう思われましたか?
「昔、演劇の制作に携わっていた女性で20代から知る子が、ゴールデン街のお店を引き継いで。その店はいまもやっているので、ゴールデン街に通ってはいたんです。この映画のモデルとなった『あるぱか』というのは有名な店で、僕もチラッと行ったことがあります。ゴールデン街って特殊なところで。行きつけの店しか行かないという人もいらっしゃる。僕はお酒もそんなに飲めないし、足繁く通うわけではありませんが、何軒か行きつけのような店はあります。
それで…ゴールデン街のすぐ近くに、花園神社があります。若い頃に『紅テント』といって、テント芝居の興行をそこでしていました。だからあの辺はいまでも、ちょっとこう…モヤモヤしたとき、悩みを抱えたときに行って。リラックスするというか、昔のことを思い出したりする場所でした。それもあって、ゴールデン街には馴染みがあるという感覚です。だからこの映画のオファーをいただいたのは嬉しかったですね」
――すると、マスターの役はイメージしやすそうです。
「そうなんですけど…。その演劇をやっていた女性が、『あるぱか』の青木さんをよく知っていて。『いっけいさんはタイプじゃないよ』と言われたので、『ああそう?』って。『こういう感じの人で』というのを聞き、『それは僕とは違うね』という話になって。それで改めて、どうしようかなと。だから撮影に入るとき、ビジョンがビシッとあって現場に向かったわけではありませんでした。ただそこにいる感じで映るべきだなと。それはいつものパターンではありませんが、考えてみたら、マスターと呼ばれる人でよくしゃべる方もいらっしゃるけど、お客さんの話を聞くのが大事ですよね。だからこの役も、聞くことだよなと」
――とはいえ、ただカウンターのなかに立つというのも違うでしょうし。
「難しいですよね。僕は、能動的な舞台をやっていたころは特に、かなり動くタイプで。にぎやかしで場の空気をパッと変えるのが得意な役者でした。そこから時を経て、動かないでちゃんとお芝居ができる年齢になったのでそこを目指さなきゃ、そう思っていたときでもありました。作品を重ねるうち、何かをやるより、やらないことの大事さを考えたりする。もうあんまり…あのね、若いときって結果を残したいわけです」
――爪痕を残す、とか?
「そんなことばかり考えました、特に舞台では。共演者やベテランの方に怒られたりしながらも、へっちゃらで。若いときは何かしら、どこか尖っていますよね。そのときの、先輩からのアドバイスがじわじわ思い出されます。いまならわかるんです。どんな台本も、だいたい自分のセリフを覚えるのが基本です。だから最初は、自分のセリフばっかり読むんです。ところがですよ? 自分以外のセリフのなかに、その役のことが語られていたりする。そんなことを含め、演じ方もだいぶ変わったのかもしれません」

――撮影した映像を、現場でチェックする映像はご覧になりますか?
「観ないです。テレビの現場ではすぐにそうした映像を観られますが、映画は基本的にそうではないですし。今回はスケジュール的に、時間もありませんでしたしね」
――いつもと違うやり方で演じ、完成した映画をご覧になった感想は?
「もちろん台本を読んでいますし、客観的に自分に評価は下せません。いつもなら、ここでこうしてああしてと考えて場をにぎやかす役なら、自分のビジョンのままOKをいただけることが多いし、チェックを観なくてもどう映っているかはわかります。でも今回はわからなかった。そういう意味で、僕にとって新鮮でした。もちろん映画として面白かったし、音楽も素晴らしかったです。クラシックなジャジーで、雰囲気があって。うわ助けられているなぁって」
――ゴールデン街でこんなお客さんを見たことがあるかも、と思いながら、その場にいるような感覚になりました。
「そう! 役者さんも面白い人が多くて。和服を着た吉岡(睦雄)君なんて本当に…(拳をつくった右の二の腕を左手で叩きながら‟腕がある”という仕草)で。どの作品も、ぜんっぜん違う。いちど共演したことがありましたが、これとは全然違うサイコな役で。初めましてだったので、こういう人なんだ! と思って(笑)。それで今回はペラペラしゃべる江戸前の人らしい感じがよく出ていましたよね。感心しました」
――‟画伯”役の松尾貴史さんも、いつもとちょっと印象が違って。
「うん、そうね。お仕事で共演させていただくのは初めてかもしれません。知り合いではあって、大阪芸大の先輩にあたる方です。キッチュさん、楽しかったですねぇ。いつでもどこかふざけているというか、良い意味での遊び心を持って現場にいらっしゃる。非常に和みました」

――気になるセリフがいくつもありました。青木が店で飲みながら、「どこから仕事でどこから自分の時間かわからない。夢のなかをさまよっているみたいだ」と。
「含蓄のあるセリフでしたね。しゃべっていても…、どこまで伝えられているかわからないですけど、いいセリフでした。…セリフになんどか『荒野の決闘』の話が出てきますよね。それで改めて見直したんです。いまの映画のつくり方と違い、とても純粋というか…。ジョン・フォード監督の映画でも、かなり特殊に思えました。決闘のシーンがクライマックスではありますが、そこに至るまでが。クレメンタインという女性が現れ、主人公がどの瞬間に彼女を好きになったのか? 別に描かれているわけではなくて。でも確実に意識している、ジョン・フォードの描く愛みたいなものがベタではないんです。それであのときのヘンリー・フォンダがかわいいしね」
――先のセリフは、俳優という仕事にも重なる面があるのでしょうか?
「わかる、と言ってしまうと軽いけど、そういうところはありますね。それとは違う話になりますけど、演じていると、いつの間にか自分のパーソナルな部分がその役に侵食される。だから危険な役をやるときは気をつけたほうがいい、という話があったりしますよね。僕はわりと、そういう役者ではないよ、と思っていたんです。でものちのち考えると侵食されていたよね、ということが多いです」
――例えばどのように?
「お父さん役だと、僕自身に子どもはいませんが、父性のようなものがふだんから出て。まるで家族のようにその娘役の子を見たりします。そうして関わろうとする自分に気づいたり。『救命病棟24時』というドラマを撮影していたときは、ちょうど『千と千尋の神隠し』の公開と重なっていました。渋谷の映画館に自分で予約して、20席くらいかな。みんなで行こうよ! ってキャストの方と行きました。後にも先にも、そんな企画をすることはないわけです。医局長役だったからなんですよ、完全に。そうやって盛り上げようとした、ガラじゃないんですけど。それであとから気づくんです。あの役をやっていたからか! って」
――今回の青木役で、そういうことはありましたか?
「…青木さんのせいかわかりませんが、ずっと穏やかな気持ちでした。撮影中は大変だった記憶がまったくなくて。段取りのために、カウンターに入るでしょ。すると全員が見渡せます。だから、あそこの小道具が足りてないな、ということによく気がついたりしました。(取材に立ち会っていた本作の錦信次監督に向かって)…助監督さんって、いましたっけ?」
監督「いましたけど、ひとりだけで。スタッフは3~4人でした。実際の店舗で撮影したので狭く、監督と助監督は店の外にいて。撮影監督が照明を兼ね、モニターを外に置き、メイクと衣装さんがそこで見てチェックすると」
「だから、つながりなどは言われる前になるべく自分で…」
監督「はい、ありがとうございました」
「…というのをやってました。いま思い出しました、そうそう」
監督「完全にマスターでした」
「俯瞰で見ている役はもともとたぶん、好きなんですね。なんででしょう? 子ども心に、『ムーミン』のスナフキンとかすっごい好きでした。徒党を組まず、ちょっと離れたところにいる一匹狼な役が好きで」
――マスターってまさに、そういう役ですね?
「考えたらそうですね。博識で素敵な人だけど、自分のご家庭は…。店ではしっかりしているけど、少しそういうところがね、人間らしいじゃないですか。ダメダメな感じが面白かったですよね」
――これから映画を観る方にメッセージを。
「時代は変わっていくけど、やっぱりひとりでは生きていけない。他者との関わりは絶対に必要です。みなさんにとっての、そういう場所が見つかるといいですよね。これで言うと、みなさんにとっての『スイカズラ』がある人生だといい。ゴールデン街って、実はアナウンサーだったとか、素性を隠して飲んでいる人がいますが、わかる気がします。自分は出役なので隠すことはできませんが、そういう自分とちょっと離れた存在でいられる場所がある人は幸せかもしれません」

俳優はオファーがないと成り立たない、特殊な仕事
インタビューは写真撮影からスタートした。カメラマンの「うん、格好いい!」という声に反応し、「格好いいってことはないですよ~」と照れるいっけいさん。
「今日は夜中の2時に、猫に起こされました。散歩に行くんです。昨夜9時半くらいに寝て、たぶんかみさんが2時に寝たんですね。そしたら僕が2時に起こされて(笑)。いつも4時半くらいに起こされ、猫と散歩したあとでジムに行くのがルーティン。いまは舞台の稽古中で、マッチョになりたいわけじゃなくて、整える。それでトレーニングをしています」
「笑顔をいただけますか?」というカメラマンの声に、また何事か思い出したよう。
「あるベテランの俳優さんが、こういう撮影で『面白くないのに笑うなんて』と。モデル出身の方とご一緒したときに、相談したことがあります。すると『楽しめる状況を自分でつくるんです。気持ちを上げるために、例えばこれ(とテーブルに置かれたチョコに手を伸ばす)でもなんでもいい。するとちょっと楽しくなりますよね。自分が解放されることが大事で』と言われて、なるほど~勉強になります! って」
雑談が楽しい。
――改めてプロフィールを見て、出演作の多さに驚かされました。
「特殊な仕事ですよね、オファーがないと成り立たないのですから。昔、亡くなった市川準監督が、『履歴書の職業に、役者と書く人が何万人かいるだろうけど、役者の仕事だけで食べられる人は本当に限られているよね』と。アマチュアで演劇をやる人もいるでしょう。でもそれでお金をもらっているという状況がまあ…ふつうではない仕事で。渡辺いっけいを使いたい、と思ってくださる人がいないと成立しないのですから」
――60歳を過ぎても全力で突っ走るには、「自分を飽きさせないことが必要」とおっしゃっていましたね?
「あと、怖がらないことです。やったことがないからそれは…、というのをなるべく止めて。飛び込むようにしています」
――年齢を重ねると、それが難しくなるのでは?
「体力的なことはあるかもしれません。でも精神的には、そんなことはありません。神経が衰えたらアウトですけど、なるべく新しい人たちとやって、刺激をもらったりします。いまやっている舞台の演出家は初めてご一緒する方で、みんな若くて。僕だけぽーんと60代。30代前半の人たちのなかだと、自分がよかれと思って『ふつうこういうときは…』なんて言ったりして。それで、『ふつうは…』としゃべり出すこと自体がもう経験則だけで語ろうとしているなと。それが、作品にとっての新鮮なこと、面白いこと、新しいことじゃないかもしれない。『こういうもんだよ』と言い出したらこれは老害と言われるだろう。そんな学びがあったんですよね」

カメラマン/横田紋子
取材&文 浅見祥子(映画ライター)
雑誌「BE-PAL」(小学館)、「田舎暮らしの本」(宝島社)、web「大人のおしゃれ手帖」(宝島社)、「シネマトゥデイ」などで映画レビュー、俳優&監督インタビューを執筆。また「芸能マネージャーが自分の半生をつぶやいてみたら」などの書籍ほか、赤楚衛二「A」、菅田将暉「着服史」、小関裕太「Y」、藤原大祐「FeaT.」、菅井友香「たびすがい」(すべてワニブックス)などでインタビューを担当。







