
「サザエさん」の作者として知られる長谷川町子さんのところには「世田谷区フグ田サザエ様」で手紙が届いたという話を聞いたことはありませんか? 昔、住所とは人が住んでいる場所を示すものでした。しかし、人口が増えたことでそれでは立ち行かなくなり、新たに場所を示すための制度が導入されました。
ところがそれが混乱の元となります。地図ソフトの開発に長年携わってきた河合太郎さんによると、日本の住所には簡単には解決できない「揺らぎ」があり、混沌に満ちていて、とにかく「ヤバい」のだそうです。
そんな河合さんの元に集まってきた住所の背景を調べ、掘り下げた最新著書『ヤバい日本の住所』(幻冬舎刊)には、驚きの住所が満載。そもそもなぜそんな仕組みになったのか、成り立ちからも見えてくる、日本の住所のヤバさを、ぜひ堪能してください。
今回は、『ヤバい日本の住所』から、同じ住所を表しているにもかかわらず、違う表記が採用されている例をご紹介します。住所を書く際、漢字が思い出せずにひらがなやカタカナを使ったことがあるという人も多いのでは? そんな「表記の揺れ」が日本の住所をますますヤバくしています。
文/河合太郎
「岐阜県岐阜市」と「ぎふ県ぎふ市」は同じもの
日本語は漢字・ひらがな・カタカナ・アルファベットにアラビア数字とその表記に多くの文字種が混在する言語であり、これは世界でも珍しい部類に入ります。これによって我々は、ある日には「三丁目」と書いた住所を別の日には「3丁目」と書いたとしても特に違和感を覚えることもありませんし、宛名を久し振りにペンで書こうとして漢字が思い出せず「ぎふ県ぎふ市」と書いてもちゃんと手紙は届きます。
余談ですが、阜という字は岐阜以外に使われることは非常に稀なので、岐阜県民以外の人は意外と書けないんじゃないかと思ってるんですがどうでしょうか。身の回りで聞いてみたところ、書けるという人は4人に1人くらいでした。
このように一つの対象にさまざまな表記があり得ることを「表記の揺れ」と称しますが、表記に揺れがあったとしても読み方として同じならばそれは同じものとして扱われるというのが原則であり、書く側からすれば前述のようにどう書いても大丈夫という利便性を享受する一方で、それを配達したり記録したりする側にしてみれば「岐阜県岐阜市」と「ぎふ県ぎふ市」を同じものとして名寄せしなければならない苦労があったりもします。
中には公式の表記や著名な施設の名称からして表記がバラバラという場合もあり、典型的な例としては茨城県龍ケ崎市が挙げられます。龍ケ崎市の表記は以前までは市の公文書等ですら「龍ケ崎市」と「竜ケ崎市」のどちらが使われるかはまちまちであり、1996年(平成8年)度以降ようやく龍ケ崎市に統一されることとなりました。
みんな正しい「龍ケ崎」「竜ケ崎」「龍ヶ崎」「竜ヶ崎」
では竜ケ崎市と表記するのは間違いになったのかというとそういうわけでもなく、龍ケ崎市が自身のウェブサイトで解説していますが(※1)、1958年(昭和33年)に「市町村の名称の字体が、常用漢字でない従来の字体である場合は、常用漢字を用いて書き表しても法令上有効である」という当時の自治省の見解が出ているため、民間含めどちらの表記を用いても問題はありません。

ということは、裏を返せばつまりどちらの表記も相変わらず混在し続けることになるわけです。そもそも親自治体である茨城県からして今ひとつ非協力的であり、龍ケ崎市が市として龍の方を推すことに決めたにもかかわらず、茨城県には公文書には常用漢字を使うことという文書管理規程があるために、県に所属する公共施設の名称は「竜」の方が使われています。
たとえば市立小学校は「龍ケ崎小学校」「龍ケ崎西小学校」ですが、県立高校は「竜ヶ崎第一高等学校」「竜ヶ崎第二高等学校」となっています。よく見ると「ヶ」も小さい方のヶが使われていますね。また、消防署は市区町村単位、龍ケ崎市の場合は稲敷広域消防本部として龍ケ崎市・牛久市・稲敷市・阿見町・利根町・河内町・美浦村を束ねて管轄しているので「龍ケ崎消防署」ですが、警察署は茨城県警の管轄なので「竜ケ崎警察署」となります。お気付きかと思いますがこちらの「ケ」は大きいケですね。
民間の例で言うと、龍ケ崎市内に支店がある銀行のうち、筑波銀行と水戸信用金庫は「龍ケ崎支店」ですが、常陽銀行は「竜崎支店」となっています。ついにケがないパターンまで出てきました。ケがなく安全にというわけでもないでしょうが、朝日新聞の記事(2017年4月19日付)によれば「なぜケがないのかはっきりしない」と当の常陽銀行自身もよく分かっていないようです(※2)。
※1)https://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/kurashi/todokede/jumintouroku/jumintouroku_faq/banchi/2013101602781.html
※2)https://web.archive.org/web/20170419000931/http://www.asahi.com/articles/ASK4K6KWJK4KUJHB011.html
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『ヤバい日本の住所』
文/河合太郎
幻冬舎 1056円(税込)

河合太郎
1973年、岐阜県生まれ。
名古屋大学教育学部を卒業後、株式会社アルプス社で地図ソフトの開発に従事していたが、会社が民事再生を申請。それを買収したヤフー株式会社でLatLongLabなど地図サービスの開発を行いつつ、Appleが新しく発表した自社製地図をdisっていたところを見つかりそのままAppleに転籍、渡米。「マップ」アプリの改善を担当する。現在サニーベール市在住。インターネット上の識別子はinuro。











