
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第27回。「本能寺の変」が描かれました。
編集者A(以下A):大河ドラマで過去最高の平均視聴率39.7%を記録した『独眼竜政宗』(1987年)第8回では、織田信長が本能寺で討たれたことが解説されました。この時までの大河ドラマ25作のうち、「本能寺の変」が描かれたのは『太閤記』『国盗り物語』『黄金の日日』『おんな太閤記』『徳川家康』の5作品であると紹介したうえで、『太閤記』『国盗り物語』『徳川家康』の「本能寺の変」の様子をダイジェストで放送したのです。この時、伊達政宗は藤次郎と名乗る少年(演・嶋英二)でした(長じてから渡辺謙さん)。
I:大河ドラマ65作目の『豊臣兄弟!』で「本能寺の変」は18作目。つまり『独眼竜政宗』以降の40作中13作で「本能寺の変」が描かれていることになります。
A:『豊臣兄弟!』では、信長(演・小栗旬)の実弟で謀反を起こしたことで殺害された信勝(演・中沢元紀)の忘れ形見信澄(演・緒形敦)の「復讐譚」であることが描かれました。当欄では「これまで見たことがない〈本能寺の変〉が展開される予感がする」と予想してきましたが、織田信澄黒幕とは、予想の遥か斜め上をいく展開でした。足利義昭(演・尾上右近)と明智光秀(演・要潤)のバディ感、長宗我部元親(演・磯部寛之)の登場ということで、いわゆる「四国説」+「足利義昭関与説」でくるのかと思っていただけに、びっくりもしましたし、うれしくもありました。
I:うれしかったんですか?
A:なぜ、うれしいのか、過去の大河ドラマでの「本能寺の変の動機に関する描写」を振り返りながら考察したいと思います。過去作の中で、ひときわ目立つのが、「光秀ノイローゼ説」とも称されるほど光秀が疲れていたこと。『信長 KING OF ZIPANGU』以外は、江戸時代の創作されたエピソードをベースに光秀の恨みが増すような要素が構築されていました。
背後に信澄の斬新さ
I:従来の大河ドラマで描かれた本能寺の変の動機を整理しましょう。
1.徳川家康を安土城で接待した際に起きた主に「膳の魚」をめぐる事件。「本能寺の変」の18日前の5月15日から安土城で徳川家康の接待が行なわれました。接待役は明智光秀。接待の際の饗応膳に腐った魚が供されたということで勃発した事件です。原典は『川角太閤記』。こちらは、『おんな太閤記』『徳川家康』『春日局』『秀吉』『利家とまつ~加賀百万石物語』『功名が辻』『軍師官兵衛』『おんな城主 直虎』『麒麟がくる』『どうする家康』でなんらかの形で描かれています。もともとの原典が「腐った魚」なのですが、「さすがに腐った魚は出さないだろう」という意識が働くのか、さまざまなアレンジが施される素材になっています。こちらは別稿でくわしくまとめました。(本能寺20 https://serai.jp/hobby/1274825)
2.武田家を滅ぼした直後、諏訪の法華寺で陣を張った際に、光秀が「骨を折った甲斐があった」とつぶやいたのを信長が咎めて、光秀を打擲したという事件です。『国盗り物語』『利家とまつ』『功名が辻』『天地人』『江 姫たちの戦国』『真田丸』で描かれました。信長が光秀の頭を欄干に激しく打ち付ける場面が定番です。
3.八上城での光秀の母磔刑事件。明智光秀の丹波攻略戦線の中で、八上城の波多野三兄弟との攻防で発生したと伝承された事件です。降伏してきた波多野三兄弟を安土に護送した光秀は、実母を八上城に人質に入れます。ところが、信長は波多野三兄弟を処刑してしまい、光秀の母が報復で殺害されたという事件です。『おんな太閤記』『秀吉』『春日局(台詞での説明のみ)』『利家とまつ』で採用されました。特に『秀吉』では野際陽子さん演じる光秀(演・村上弘明)の母美(よし)が磔にされる場面が描かれ衝撃を与えました。原典は『總見記』、別名『織田軍記』ですが、現在では創作という見方が定着しています。大河ドラマでは『利家とまつ』を最後に描かれていません。あるいは時代考証の先生から指摘があったのかもしれません。
4.丹波・近江を召し上げ出雲・石見を切り取れと命じられた事件もあります。出雲・石見は未だ敵国であるにも関わらず、両地を与える、ただし光秀自ら奪い取れ、というのです。『おんな太閤記』『徳川家康(光秀が誤解したという説)』『春日局』『秀吉』『利家とまつ』『功名が辻』『江』『軍師官兵衛』で描かれました。このエピソードの出典は、『明智軍記』という信憑性に疑問符がつけられることの多い軍記物。この説を支持する研究者はいないのが現状です。
A:ありていにいえば、これまでの大河ドラマの「本能寺の変」は、光秀の動機面の表現に関しては、江戸時代のクリエイターが創作したエピソードをトレースすることで成り立っていたともいえます。大河ドラマは「壮大なるエンターテイメント」ですから、それはそれでいいのですが、「本能寺の変」を描く大河ドラマが18作目という段階ですから、アレンジするだけはなく、新機軸を打ち出してほしいという願望が生ずるのは自然なことでしょう。そうしたなかで、『豊臣兄弟!』は、織田信澄が黒幕というこれまでにない斬新な「説」を披露してくれました。手あかのついた江戸時代の二次史料由来のエピソードを排した姿勢を絶賛したいと思います。あ、『豊臣兄弟!』でも家康接待が描かれて「鯉の煮付け」が登場しましたが、これはご愛敬。むしろ、『水戸黄門』の印籠のように「よく知られたエピソード」が登場しないと文句が出てくることもありますので、制作陣の苦悩の表れとも受け取れます。
I:しかし、「臭う」のは腐っていたからではなく「毒の臭い」だったというのですから、やはり新しいのではないでしょうか。では、「織田信澄黒幕」説についてどう受け止めますか?
A:斬新なオリジナルの説を以て視聴者に向き合おうとした制作陣に敬意を表して、いつもより突っ込みたいと思います。まず、織田信澄が復讐を考えていたかどうかです。信澄は琵琶湖畔の大溝城(滋賀県高島市)を与えられていました。ご存じの通り、琵琶湖畔には信長の安土城、光秀の坂本城、秀吉の長浜城がそれぞれ天守(安土城は天主)を擁した城が群立していました。1996年の大河ドラマ『秀吉』ではこのうち安土城、坂本城、長浜城を以て「ゴールデントライアングル」と称し、琵琶湖の水運を利用して自在に移動することが可能と紹介していましたが、信澄の大溝城も同様の「機能」を有していたということでしょう。天正9年(1581)の馬揃えでも、織田家の序列では、信長嫡男信忠、同次男信雄、信長弟信包、信長三男信孝に次ぐ位置につけています。
I:本来なら不満などあろうはずもない、というところですね。
A:そう。ただし、実の父親を殺されているという感情はあったでしょうから、「そんなのありえない」といわれないぎりぎりのところを挿入してきたところはすごいと思います。もちろん細かく吟味して、いろいろ指摘してくる方も出てくるでしょうが、単純に「なるほど、そう来たか」と拍手を送りたいと思います。
「もうわしを巻き込むな」
I:明智光秀が重臣斎藤利三(演・内藤剛志)を鞆の浦(広島県福山市)に滞在している将軍足利義昭の意向を確認するために派遣しました。光秀は旧主でもある義昭から背中を押して欲しかったんだろうと推察しました。
A:2020年の『麒麟がくる』では、光秀(演・長谷川博己)自ら鞆の浦に赴く場面が設定されましたが、本作では、光秀が重臣を遣わして義昭の意向を確認するという展開になりました。その結果、義昭の回答が「もうわしを巻き込むな」だったのです。
I:光秀はこの返答に衝撃を受けるんですよね。今まで誰のためにここまで耐えてきたのか、という話です。いつの間にか梯子を下ろされていた、という展開でした。
A:せっかく内藤剛志さんをキャスティングしたのですから、せめて利三と義昭の「談判場面」くらいは挿入してほしいところでした。これでは「画竜点睛を欠く」と敢えて指摘したいと思います。そして、義昭が「もうわしを巻き込むな」と回答したという設定は、ちょっと合点がいきません。義昭はこの段階で未だ現職の将軍で、毛利氏の庇護のもと鞆の浦に滞在し、別所長治や荒木村重などの信長陣営からの離反の裏には「義昭の影」があったともいわれています。当然、鞆の浦にあって、京都復帰を考えていたはずです。 15年流浪の末に将軍に復帰した足利義稙の労苦と比べても、義昭は京都追放からまだ10年も経っていませんから、まだまだ諦めていなかったと思います。
I:お、ここまでいうのは珍しいですね。ただそれはAさんが「足利義昭関与説」を支持しているからですよね。
A:誤解のないように説明しますが、支持というよりも、光秀はことが成った場合には、義昭を京都に戻して、女婿の細川忠興を管領に据えて、ということを考えていたのではないかと思っています。加えて、光秀自身の年齢の問題もありますし、佐久間信盛や林通勝(『豊臣兄弟!』では林秀貞)などの老臣追放をみて不安にも思ったでしょう。四国問題では、信長が「明智―長宗我部」よりも「羽柴―三好」を選んだという怒りと嘆きもあったのだと思います。もちろん長年の連戦の疲れもあったでしょう。さまざまな要因が積み重なって、最後の最後に感情が爆発したのではないかと思っています。私たちの周りでも「え? 今まで我慢してきたのに、この期に及んでそんなことでブチ切れる?」という場面に遭遇したことありませんか?
I:ああ、確かに。
A:義昭が関与していたという「信長包囲網」と称される「反信長陣営」最大の失態は、連携がとれなかったことです。もし、武田と朝倉がしっかり連携していたら、もし、荒木村重、別所長治、波多野秀治が連携していたら……という場面があまたあります。「本能寺の変」にしても、光秀は絶対に自分に味方してくれると信じていた面々が味方してくれなかった。この詰めの甘さが「室町幕府的クオリティ」。光秀はその最大の犠牲者ということになります。

小一郎がなぜ京都に?

I:さて、備中で毛利方と合戦している羽柴秀吉(演・池松壮亮)軍ですが、秀吉は、小一郎(演・仲野太賀)に信長の備中出陣のお供をせよと命じました。予告編に小一郎が炎上する本能寺の門前に立つ姿が描かれていたので、「いるはずのない小一郎が」とSNSをにぎわせました。
A:これは大河ドラマの王道の「主人公マジック」です。1996年の『秀吉』では、安土城での家康接待に合わせて石田三成(演・真田広之)が、2006年の『功名が辻』では同じく家康接待のタイミングで山内一豊(演・上川隆也)が秀吉の使者として安土を訪れ、いずれも信長の計らいで家康接待のタイミングで安土にいたという設定でした。石田三成は主人公ではありませんが、さすがに大将の秀吉が離脱することはできないですからね。
I:ということは、小一郎が京都にやって来ているのは、ある意味「大河ドラマの王道」ということなんですね。信長と小一郎の語らいもまた、小一郎の「決して抜けない青臭さ」をそのまま信長にぶつけていて、とっても感慨深いものでした。
A:そして、いよいよ本能寺の変です。こちらは「後編(https://serai.jp/hobby/1275117)につづく」ということで。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











