
東京ではほとんど見られなくなった。生息環境の減少が理由だ。園では飼育と繁殖に力を入れ、30年近く生きる個体もいる。
バブル期、東京の自然が減りゆくなかで誕生した葛西臨海水族園には、イルカやラッコなどのスター動物はいない。開園以来、「海と人間との交流の場」を掲げ、多摩川、東京湾、伊豆七島、小笠原諸島に至るまで、東京の水辺や海で暮らすさまざまな生きものが展示されている。

園の3分の1を占める「東京の海」の展示のほか、「世界の海」、クロマグロが群泳する圧巻の大水槽、国内最大級のペンギンの展示施設などがあり、地球上の約500種の生きものに出会える。
今日、東京の水辺からは多くの生きものが消えている。開発により生息地が減ってきたためだ。教育普及係(取材時)の宮崎寧子さんは、「日本全体で見れば絶滅が心配されていなくても、東京ではいなくなってきています。たとえばカエルは、都心ではほとんど見かけることがありません」と話す。
そうしたなか、葛西臨海水族園では、希少種のトウキョウダルマガエルをはじめ、アカハライモリ、小笠原諸島固有の陸産貝類などを飼育、繁殖している。
「希少種を保全する必要性は高まっており、水族館の存在意義のひとつです。都立動物園・水族館ではライチョウやツシマヤマネコなど、日本や世界の希少種の保全にも取り組んでいますが、特に力を入れているのは東京の希少種。数を減らしている生きものを見てもらうことで、生きものや自然と共存する社会を醸成する役割を果たしたいです」(宮崎さん、以下同)

小笠原諸島には約100種のマイマイがおり、その9割以上が固有種。しかし外来種の捕食により、絶滅の危機にある。
生存戦略を伝える
展示では、生息環境をできる限り再現し、生きものの生存戦略を来園者自らが発見できるように工夫する。そこには特定の個体に愛着をもつのではなく、生物種として見てもらいたいという狙いがある。展示パネルには「生き抜くためのデザイン」「メスのふりをするオス」など、大人も子どもも気になるキーワードが並ぶ。
「海の生きものは環境に適応したさまざまな生存戦略を持っています。それを観察できるように環境とのかかわりを紹介するようにしています。生きものの凄さや面白さを発見してもらい、奥深い世界を探求してほしいです。人間には真似できないものも多いですが、多様性を知ることで、とらわれすぎる必要はないと、生きものから学ぶことができます」
お薦めの楽しみ方について宮崎さんは「気になった生きものを1分ほどじっと観察してみてください。何か発見があるはずです」と話す。生きものが活発に動いているなどする朝の時間帯や、餌をどうやって口に入れるかなど、珍しい姿を見られるかもしれない。
宮崎さんが見てもらいたいと推す生きもののひとつが、小笠原諸島に生息する「ヤセタマカエルウオ」。陸上に進出した魚の一種だと、目を輝かせながら語る。その姿を見ていると、海の生きものを愛する係員の存在も園の人気を支えていることがわかる。

水しぶきがかかる海の岩場で暮らし、水に入ることはめったにない。えら呼吸と皮膚呼吸をする。水がかかると、岩や水面を飛び跳ねる。
「科学的な根拠のある情報発信が求められている」
フィリピン沖から流れる黒潮に乗ってさまざまな生きものが運ばれてくる伊豆諸島近海。その海域を模した「伊豆七島の海」は、温帯性の色鮮やかな魚やイソギンチャクの暮らしを紹介している。
水槽の横のパネルには「きれいな魚には毒がある⁉」「ヒゲをもつ魚を探せ!」と観察のポイントが書かれており、それについて「水族園に来る前と後では、心のなかで何か違っていることが望みです」と宮崎さんは狙いを話す。
園は近年、正しい情報をわかりやすく伝えるために試行錯誤してきた。現在はインハウスデザイナーを採用し、文字の大きさや適切な情報量などに配慮した展示を行なっている。
国際的な問題となっている海へのプラスチックごみの流出について啓発する水槽もあり、行き交う子どもたちが不思議そうに「どうしてごみがあるの?」と親や先生に質問していた。こうした国境を越える環境問題は、子どもたちの未来に引き継がれるものだ。
「展示を通して、生きものと自然、人が共存できる社会がいいと思ってくれる人を増やしていきたい。地球温暖化も差し迫った問題になっています。正しい情報が見極められるように、科学的な根拠を持って情報発信をしていきたいですし、水族園にはその役割が求められていると思います」
東京の海の環境を再現

「伊豆七島」の魚を紹介する大水槽では、テングダイやタカベ、ミノカサゴなどさまざまな色や形の魚が遊泳する。

「東京湾」を紹介する展示では、小さな魚たちが暮らす海のゆりかご「アマモ場」や、プラスチックごみが沈む海も再現されている。

世界初の人工繁殖に成功
葛西臨海水族園は、ミナミイワトビペンギンの人工授精を海遊館(大阪府)とともに世界で初めて成功させた。南極大陸周辺に分布し、黄色い飾り羽が特徴のミナミイワトビペンギンは、国内の飼育管理数が120羽以下に減っている。世界的にも絶滅が危惧されている種であり、保全の観点からも野生の個体を導入することが難しいため、国内の個体数を維持するには人工繁殖が必要だ。
繁殖に携わる獣医師の吉本悠人さんは「ペンギンは同じペアで繁殖しますが、国内のミナミイワトビペンギンはオスとメスの数がアンバランスです。ペアをつくれる数が限られるため、子どもが増えづらい」と話す。オスが多い理由はわかっていないという。
「いまの状態が続くと20〜30年後には半分になり、さらには国内の動物園・水族館では見ることができなくなってしまう可能性もあります。そうならないように取り組んでいきたいです」(吉本さん)
「生態を比べることで、より深く知ることができる」
ペンギンと同じく海を泳ぐ鳥類で、空も飛べるウミガラスとエトピリカの水槽も人気の展示だ。直立した姿勢は似ているが、水中での翼の使い方などに生態の違いが表れる。夏羽ではウミガラスの頭部は黒く、一方エトピリカは白くなる。
水族園では、希少種を絶やさない繁殖技術と、展示を続けるための飼育・繁殖技術の確立に励む。さらに動物福祉への意識も高まるなか、より良い飼育環境づくりにも日々心を配っている。
「東京では自然に触れる機会が減っています。だからこそ、生きものに触れ、暮らしと生きものとのかかわりを知る機会を増やしていきたい」と宮崎さんは思いを込める。
海棲鳥類の生態を比較

空を飛び、海も泳ぐウミスズメ類。空を飛ぶときには大きく広げる翼を、泳ぐときには小さく折り曲げる。手前がウミガラス。

葛西臨海水族園では4種のペンギンを飼育する。ペンギンの翼は体に対して小さく、泳ぐのに特化した形をしている。

葛西臨海水族園
東京都江戸川区臨海町6-2-3
電話:03・3869・5152
営業時間:9時30分~17時(最終入園16時)
料金:一般700円、5月4日(みどりの日)、10月1日(都民の日)、10月10日(開園記念日)は無料公開
定休日:水曜(祝日や振替休日にあたる場合は翌日)
交通アクセス:JR葛西臨海公園駅より徒歩約5分
取材・文/小松遥香 撮影/横山新一
※『サライ』2026年6月号より












