大人になった今だから心に刺さる名作がある

見果てぬ先に世界が広がり続いていた子どもの頃。むさぼるように読んだ名作漫画。今あらためて読み返すとき、私たちがそこから受け取るものは、あの頃とどこか同じでどこか大きく違っている。酸いも甘いも、ときには苦さも味わった今だから、大人は漫画を読むべきである。今回サライは、漫画家の諸星大二郎さんの仕事場へ。多くの傑作が生まれてきた現場を訪れた。

諸星大二郎(もろほし・だいじろう)
1949年、長野県生まれ。’70年『ジュン子・恐喝』でデビュー。’74年『生物都市』が第7回手塚賞入選。’98年『西遊妖猿伝』が第4回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。

諸星さんのアトリエは、東京西部の静かな住宅街にある。1階に招き入れられると、茶色の毛並みの猫が出迎えてくれた。

仕事部屋。「人を使うのが苦手」という諸星さん。「かつてはアシスタントを雇ったこともあるんですが、いつからかペン入れ、仕上げまで、ほぼすべて独りでやるようになりました。現在は原稿をデジタルに取り込んで、色をつけたり微修正しています」

応接室でもあるこの部屋の壁には、さまざまな諸星漫画のキャラクターのオブジェが置かれている。

「いろんな方が作ったといって送ってくださるんです」と穏やかでゆったりした口調で話す諸星さん。

仕事場は、2階のひと部屋をあてている。民俗学、古代史などの書籍が並ぶ書棚の奥には、半世紀以上にわたり数々の怪異譚を創作してきた仕事机がある。

多くの傑作を生み出してきた仕事机上に、愛用の筆や鉛筆が無造作に並ぶ。

手塚治虫とつげ義春に傾倒

その仕事場で諸星さんが語る。

「少年の頃は住んでいた足立区(東京)で、ケストナーの作品や『星の王子さま』『宝島』といった冒険譚、岩波少年文庫や児童書を手にしていました。ギリシア神話や北欧神話にふれたのもその頃でした。子どもにしてはペシミスティックな悲劇に惹かれていた気がします。

漫画は、貸本屋に通い詰めて、手塚治虫一辺倒でしたね。光文社から出ていた1冊100円の選集も縁日で買ってもらったりして読んでいました。『鉄腕アトム』の『海蛇島の巻』(原題・アトム赤道をゆく)は当時としては残酷な描写も出てきて、子ども心に記憶に残っています。

創造の源ともなる膨大な蔵書。

青年期にはブラックウッド、アーサー・マッケン、ラヴクラフトなど、幻想怪奇小説に傾倒した時期もありますが、先日読み直したら、驚くほど内容を覚えていませんでした。

その頃、漫画で夢中で読んだのは、つげ義春さんが『ガロ』に発表した『沼』や『山椒魚』ですね。こんな不思議な味わいのマンガもあるのかと惹きつけられました。

若い頃には勤め人も経験しましたが、自分には向いてないなと思い、漫画の投稿をはじめました。

民俗学や古代史の本が書棚にたくさんあるのは、『少年ジャンプ』でメジャーデビューして『妖怪ハンター』を5回ほど連載することになったんですが、最初の2回くらいで持ちネタが尽きそうになり、“引き出しを増やさないと”と慌てて資料を買い込みだしたのが、事の始まりでした。

コロナの流行以降、たまに吉祥寺の本屋に行くくらいで外へ出歩くことも減りました。最近はアトリエで注文がなくても鉛筆画を描いていると気が休まりますね」

愛猫と、ファン垂涎の諸星キャラクター造形物が目を惹く応接ルームでくつろぐ。

取材・文/山田英生 撮影/宮地 工

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